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第4部 四神を愛しなさいと言われました
85.思いつきもほどほどにした方がいいみたいです
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書を習った後は、茶室で張錦飛と共に香子はお茶をする。
『これはとてもよき香りですな』
『龍井です。そろそろ新茶の季節ですね』
香子はにこやかに伝えた。そして昨日のことを張に話す。
『ほほう、玄武様の領地の湖ですか』
張はにこにこしながら香子の話を聞いた。
『はい、とても大きくて、周りに山があって……この時期ですからところどころ凍っていたのです。張老師ならばご存知ではないかと思いまして』
張は考えるような顔をしながら、白い顎髭をいじった。こうして見ると仙人みたいだと香子は思う。笑うとバルタン星人をいつも思い浮かべてしまうのだが。
『そう、ですな。玄武様の領地というと北の、俄罗斯との国境に接しているところまでですか。いくつか湖はあるはずですが、はて……』
張は物知りではあるが、歴史学者である。地理に明るいとは言えないかもしれなかった。
『花嫁様の姿を映したいと思われたのでしたら、もしかしたらそれは鏡泊湖かもしれませんな』
『鏡泊湖、ですか?』
『さよう。とても綺麗で広い湖だと聞いたことがあります』
『そうですか。ありがとうございます』
あの湖のことを玄武と黒月に聞いたが名前までは知らないようだった。特に黒月は眷属の中でも少ない女性なので、あまり玄武の館から出たことはないらしい。そういえば眷属の女性は大切に育てられるのだったなと香子は思い出した。見た目はすでに成人している女性のようだが、黒月はまだ未成年である。確かに玄武の領内であってもあまり見たことはないのだろうと納得した。
『張老師は本当に物知りでいらっしゃいますね』
『なに、ただ”知っている”というだけでございますよ。わしは読むことや調べることが元々好きな性分でしてな。ですが”知っている”場所へ行ったこともなければ、経験もほとんどございません。今思えば、もう少しいろいろなところへ足を伸ばせばよかったと後悔しております』
『そうですか……』
写真があればせめて写真を見せることも可能だが、画と書だけでは知識欲は満たせても経験はできないだろうと香子は思う。
そして、ハッとした。
確かに景色などの写真はほとんどないが、友人たちを写した写真を香子は持っている。
見せてまずいというようなものは、もう今の香子にはない。写真は退色しないように四神が何かを施してくれたので、直接触ってももう指紋がつくこともない。そういえば張には見せていなかったことを思い出した。
『張老師、少々お待ちいただくことは可能でしょうか?』
『はい、お待ちします』
茶室の前にいた黒月に声をかけて部屋へ一度戻る。寝室の戸棚にしまってあったカバンを出し、そこからアルバムを取り出した。この戸棚も、四神によって香子以外が物を取り出せないようになされているから安心だった。
『おせっかい、かなぁ……』
自分がただしたいだけだということを香子は理解している。それでも見せたいと思ってしまったのだ。反応については期待しないと自分に言い聞かせて、香子は茶室へ戻った。
『張老師、お待たせしました』
『ほう、それはなんですかな?』
張はさっそく香子が持っている物に興味を示した。
『これは、私がいた世界の物で”写真”と言います。そのままの姿を写し取ることができる機械がありまして……』
そう説明しながら、香子はおそるおそる張にアルバムを見せた。
『ほう! ほうほうほう! これはすごい! なんと精巧な写し絵じゃ!』
張は目を見開いて写真をまじまじと見た。驚きすぎて語尾がおかしくなっている。というよりは、元々の言葉の語尾は”じゃ”だったのかなと香子は思った。
『花嫁様、これはすごいものでございますな!』
張はとても興奮している。そんなに興奮して大丈夫なのかと香子は心配になった。
『張老師、少し落ち着いてください。写真は逃げませんから……』
『おお! わしとしたことが……つい取り乱してしまいましたな』
張は恥ずかしそうに顎鬚を撫でた。
そうして、お茶を飲みながら写真について説明することとなった。張は香子の振袖姿や、洋服、少数民族の衣裳を着た時の姿などにいたく興味を示した。そして香子の友人たちについても気になったらしく、いろいろ質問をした。もちろんそれだけでなく、背景に写っている景色も気になったらしい。ここはどこかなどとても詳しく聞かれ、香子はしどろもどろになりながらも覚えている限りで紹介したのだった。
おかげで張が帰る頃には香子は疲れていた。
『それではまた三日後を楽しみにしておりますぞ』
『ありがとうございました。張老師、写真はこれ以上ありませんので』
『そうですか。それは残念ですな』
張は本当に残念そうに言うと、帰っていった。
香子はぐったりした。
張は本当に知識欲が旺盛である。
『……写真を見せるより、どこかへ連れて行った方がいいんじゃないかしら……』
意外と矍鑠としているし、と香子は思う。
『香子、遅いぞ』
思ったより写真を見せていた時間は長かったらしい。少し不機嫌そうな白虎に捕まってしまった。
『白虎様、すみません……』
侍女たちが片付けをしているというのに白虎は香子を抱き上げた。その胸に香子は頭をもたせかけた。
『ちょっと、疲れました』
『そうか』
『白虎様に触りたいです』
『……玄武兄を呼ぶ』
白虎は優しい。香子は嬉しくなって、白虎の胸に顔をすり寄せたのだった。
『これはとてもよき香りですな』
『龍井です。そろそろ新茶の季節ですね』
香子はにこやかに伝えた。そして昨日のことを張に話す。
『ほほう、玄武様の領地の湖ですか』
張はにこにこしながら香子の話を聞いた。
『はい、とても大きくて、周りに山があって……この時期ですからところどころ凍っていたのです。張老師ならばご存知ではないかと思いまして』
張は考えるような顔をしながら、白い顎髭をいじった。こうして見ると仙人みたいだと香子は思う。笑うとバルタン星人をいつも思い浮かべてしまうのだが。
『そう、ですな。玄武様の領地というと北の、俄罗斯との国境に接しているところまでですか。いくつか湖はあるはずですが、はて……』
張は物知りではあるが、歴史学者である。地理に明るいとは言えないかもしれなかった。
『花嫁様の姿を映したいと思われたのでしたら、もしかしたらそれは鏡泊湖かもしれませんな』
『鏡泊湖、ですか?』
『さよう。とても綺麗で広い湖だと聞いたことがあります』
『そうですか。ありがとうございます』
あの湖のことを玄武と黒月に聞いたが名前までは知らないようだった。特に黒月は眷属の中でも少ない女性なので、あまり玄武の館から出たことはないらしい。そういえば眷属の女性は大切に育てられるのだったなと香子は思い出した。見た目はすでに成人している女性のようだが、黒月はまだ未成年である。確かに玄武の領内であってもあまり見たことはないのだろうと納得した。
『張老師は本当に物知りでいらっしゃいますね』
『なに、ただ”知っている”というだけでございますよ。わしは読むことや調べることが元々好きな性分でしてな。ですが”知っている”場所へ行ったこともなければ、経験もほとんどございません。今思えば、もう少しいろいろなところへ足を伸ばせばよかったと後悔しております』
『そうですか……』
写真があればせめて写真を見せることも可能だが、画と書だけでは知識欲は満たせても経験はできないだろうと香子は思う。
そして、ハッとした。
確かに景色などの写真はほとんどないが、友人たちを写した写真を香子は持っている。
見せてまずいというようなものは、もう今の香子にはない。写真は退色しないように四神が何かを施してくれたので、直接触ってももう指紋がつくこともない。そういえば張には見せていなかったことを思い出した。
『張老師、少々お待ちいただくことは可能でしょうか?』
『はい、お待ちします』
茶室の前にいた黒月に声をかけて部屋へ一度戻る。寝室の戸棚にしまってあったカバンを出し、そこからアルバムを取り出した。この戸棚も、四神によって香子以外が物を取り出せないようになされているから安心だった。
『おせっかい、かなぁ……』
自分がただしたいだけだということを香子は理解している。それでも見せたいと思ってしまったのだ。反応については期待しないと自分に言い聞かせて、香子は茶室へ戻った。
『張老師、お待たせしました』
『ほう、それはなんですかな?』
張はさっそく香子が持っている物に興味を示した。
『これは、私がいた世界の物で”写真”と言います。そのままの姿を写し取ることができる機械がありまして……』
そう説明しながら、香子はおそるおそる張にアルバムを見せた。
『ほう! ほうほうほう! これはすごい! なんと精巧な写し絵じゃ!』
張は目を見開いて写真をまじまじと見た。驚きすぎて語尾がおかしくなっている。というよりは、元々の言葉の語尾は”じゃ”だったのかなと香子は思った。
『花嫁様、これはすごいものでございますな!』
張はとても興奮している。そんなに興奮して大丈夫なのかと香子は心配になった。
『張老師、少し落ち着いてください。写真は逃げませんから……』
『おお! わしとしたことが……つい取り乱してしまいましたな』
張は恥ずかしそうに顎鬚を撫でた。
そうして、お茶を飲みながら写真について説明することとなった。張は香子の振袖姿や、洋服、少数民族の衣裳を着た時の姿などにいたく興味を示した。そして香子の友人たちについても気になったらしく、いろいろ質問をした。もちろんそれだけでなく、背景に写っている景色も気になったらしい。ここはどこかなどとても詳しく聞かれ、香子はしどろもどろになりながらも覚えている限りで紹介したのだった。
おかげで張が帰る頃には香子は疲れていた。
『それではまた三日後を楽しみにしておりますぞ』
『ありがとうございました。張老師、写真はこれ以上ありませんので』
『そうですか。それは残念ですな』
張は本当に残念そうに言うと、帰っていった。
香子はぐったりした。
張は本当に知識欲が旺盛である。
『……写真を見せるより、どこかへ連れて行った方がいいんじゃないかしら……』
意外と矍鑠としているし、と香子は思う。
『香子、遅いぞ』
思ったより写真を見せていた時間は長かったらしい。少し不機嫌そうな白虎に捕まってしまった。
『白虎様、すみません……』
侍女たちが片付けをしているというのに白虎は香子を抱き上げた。その胸に香子は頭をもたせかけた。
『ちょっと、疲れました』
『そうか』
『白虎様に触りたいです』
『……玄武兄を呼ぶ』
白虎は優しい。香子は嬉しくなって、白虎の胸に顔をすり寄せたのだった。
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