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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
92.首を傾げることが多いです
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香子の朝はそれほど早くない。
それは毎晩玄武や朱雀に貪られているからだということは周知の事実である。異国からの客人である紅児を四神宮の寮に住まわせる、ということについては白虎に許可をもらった。なのでそれは四神の総意ではあるのだが(四神は離れていても意志の疎通が可能)、人間に対しての嫉妬というか、香子に対する独占欲というのは理性でどうにかなるものではないらしい。昨夜は青龍も参戦しそうな勢いであったが「そういう気分ではない」のだとお断りした。別に青龍が嫌いなわけではない。ただ青龍と交わるには時間を確保する必要があるのだ。
(龍、なんだけど蛇に近いのよね……)
西洋のドラゴンだと見た目がトカゲやワニに近い気がするが、東洋の龍は習性まで蛇のようだと香子には感じられるのだった。
何もなければ長時間囚われても構わないのだが今は紅児のことが気になって仕方がない。そんな心理で抱かれても失礼でしょう? と小首を傾げたら、「……なれば気が済んだ際は一日」と約束を取り付けられてしまい冷汗をこれでもかとかいたのはつい昨日の話である。
どちらにせよいずれ四神の誰かには嫁ぐのだ。その後は愛欲の日々しか想像できない。エロマンガか。リミッター解除なのか、そうなのか。
香子はごろごろと玄武の床の上で転がり悶えた。
『香子、如何した?』
だが両脇には玄武と朱雀がいるわけでそれほど転がることができようはずもない。転がった拍子に朱雀に触れ、そのまま捕えられてしまった。
『……なんだか、すごく恥ずかしくなってしまったのです……もうっ、だから胸を揉まないでーっ!』
『香子……そなたは我をこれ以上夢中にさせてどうする気だ?』
何故か二神のスイッチが入ってしまったらしい。朝からどろどろとか勘弁してほしい。
『やですー! 朝はやですー! ごーはーんー!! 春巻ー! 饅頭ー! 炸餃(揚げ餃子)ー!』
色気のない叫びに二神は苦笑し、やっと香子を解放してくれた。
朝食は誰かの室に持ってきてもらうのが慣例である。四神が室の外で待機している黒月に伝えると、しばらくして朝食が運ばれてきた。
『?』
香子は首を傾げた。朝食に点心類が多いのはいつものことだが、今朝はその中に形がいびつな物や焦げているものがあった。
『これ馬が作ったのよね? 朝出てくるなんて珍しいけど、どうしたのかしら?』
それらは王城の外から来てくれている市井の調理人の馬遼が作ったものである。昭正公主の事件があった後四神宮の厨房で勤めることを許された馬は、二、三日に一度のペースで四神宮にやってきては市井の小吃を大量に作って帰っていく。大概朝早く来、ぬるま湯とも言える風呂で体の汚れを落とした後のんびり調理していくらしいので大体昼食に出てくるものだと思っていたが今日は違うらしい。
『おそれながら、本日は用事があるそうでございます』
陳秀美に厨房からの伝言を伝えられたが香子は首を傾げたままだった。馬が作る物はどれもおいしいし屋台で食べた物を彷彿とさせるのだが、今朝のこれらはどうも慌ただしく作ったようなかんじを受けた。
(何かあったのかしら?)
『香子、曲がっている』
玄武に優しく首を戻される。どこか引っかかるのだがすでに馬は帰宅してしまっている。気にしてもしかたないと香子は目の前のごちそうを食べることにした。
それが杞憂ではなかったとわかったのは、昼食後茶室に移動してからのことだった。
基本四神には眷属が付き従ってはいるが、四神は自分のことは自分でできるので眷属についてはいてもいなくてもいいような扱いである。その為こちらの生活に慣れてきた最近は黒月と誰かもう一人だけ残り、後は好きなように過ごしていることが多くなった。
なので紅夏が「失礼します」と茶室に来た時も、そういえばいなかったかぐらいの認識だった。が、その次に続いた言葉に香子は顔色を変えた。
『花嫁様、紅児の件なのですが今よろしいでしょうか?』
『何かあったの!?』
香子は思わず椅子から立ち上がった。あの苦労をしてきた少女のことを思うと胸が痛くなる。
十一歳の少女が、天涯孤独の身となり、言葉も知らない異国に取り残されたのだ。幸い養父母に引き取られたいへんながらも三年を過ごし王都へ出てきた。そして偶然にも香子の元へやってきたのだ。何がなんでも幸せにしてやる! と香子が考えていた矢先のことである。
紅夏は香子の剣幕に動じることなく四神宮の食堂で先ほど起こったことを話した。
曰く、紅児が馬の作った点心類を見て市井の食べ物のようだと思い、作った人のことを厨師に尋ねたらしい。馬、という姓は紅児の養父母の苗字と同じである。そこでもしや、と紅児は思い馬がまだ厨房にいるなら会いたい旨希望した。しかし聞いてみると馬に困ったことが起きたらしくすぐに帰宅したという。
その困ったことというのが厨師によると、馬の親戚が王都に出てきたが、その親戚が一緒に連れてきた子どもとはぐれたらしい。馬のぼやきから、親戚たちは人波に押されて離れ離れになってしまったこと、親戚が慌ただしくやってきて娘を一緒に探してほしいと言われたことなどがわかったという。
そこからその親戚というのが養父ではないかと、紅児がひどく取り乱したところに紅夏が通りがかったので報告しにきたようだ。
『そういうことなら馬に使いを出さないといけないわね』
白雲に頼むべきかと香子が逡巡していたら、
『我が参ります』
と紅夏が言ってくれたので頼むことにした。確かに直接紅児と話した本人が行ってくれるのが一番だろう。馬の親戚というのが紅児の養父であることを願う。
『できるだけ早くお願いね』
『是』
紅夏が去った後香子はまた首を傾げた。
『あれ? 紅夏って、そういえば人間みたいに食事をする必要ないんじゃ?』
香子の呟きに、黒月がそっと目線をそらしたがその時は誰も気付かなかった。
それは毎晩玄武や朱雀に貪られているからだということは周知の事実である。異国からの客人である紅児を四神宮の寮に住まわせる、ということについては白虎に許可をもらった。なのでそれは四神の総意ではあるのだが(四神は離れていても意志の疎通が可能)、人間に対しての嫉妬というか、香子に対する独占欲というのは理性でどうにかなるものではないらしい。昨夜は青龍も参戦しそうな勢いであったが「そういう気分ではない」のだとお断りした。別に青龍が嫌いなわけではない。ただ青龍と交わるには時間を確保する必要があるのだ。
(龍、なんだけど蛇に近いのよね……)
西洋のドラゴンだと見た目がトカゲやワニに近い気がするが、東洋の龍は習性まで蛇のようだと香子には感じられるのだった。
何もなければ長時間囚われても構わないのだが今は紅児のことが気になって仕方がない。そんな心理で抱かれても失礼でしょう? と小首を傾げたら、「……なれば気が済んだ際は一日」と約束を取り付けられてしまい冷汗をこれでもかとかいたのはつい昨日の話である。
どちらにせよいずれ四神の誰かには嫁ぐのだ。その後は愛欲の日々しか想像できない。エロマンガか。リミッター解除なのか、そうなのか。
香子はごろごろと玄武の床の上で転がり悶えた。
『香子、如何した?』
だが両脇には玄武と朱雀がいるわけでそれほど転がることができようはずもない。転がった拍子に朱雀に触れ、そのまま捕えられてしまった。
『……なんだか、すごく恥ずかしくなってしまったのです……もうっ、だから胸を揉まないでーっ!』
『香子……そなたは我をこれ以上夢中にさせてどうする気だ?』
何故か二神のスイッチが入ってしまったらしい。朝からどろどろとか勘弁してほしい。
『やですー! 朝はやですー! ごーはーんー!! 春巻ー! 饅頭ー! 炸餃(揚げ餃子)ー!』
色気のない叫びに二神は苦笑し、やっと香子を解放してくれた。
朝食は誰かの室に持ってきてもらうのが慣例である。四神が室の外で待機している黒月に伝えると、しばらくして朝食が運ばれてきた。
『?』
香子は首を傾げた。朝食に点心類が多いのはいつものことだが、今朝はその中に形がいびつな物や焦げているものがあった。
『これ馬が作ったのよね? 朝出てくるなんて珍しいけど、どうしたのかしら?』
それらは王城の外から来てくれている市井の調理人の馬遼が作ったものである。昭正公主の事件があった後四神宮の厨房で勤めることを許された馬は、二、三日に一度のペースで四神宮にやってきては市井の小吃を大量に作って帰っていく。大概朝早く来、ぬるま湯とも言える風呂で体の汚れを落とした後のんびり調理していくらしいので大体昼食に出てくるものだと思っていたが今日は違うらしい。
『おそれながら、本日は用事があるそうでございます』
陳秀美に厨房からの伝言を伝えられたが香子は首を傾げたままだった。馬が作る物はどれもおいしいし屋台で食べた物を彷彿とさせるのだが、今朝のこれらはどうも慌ただしく作ったようなかんじを受けた。
(何かあったのかしら?)
『香子、曲がっている』
玄武に優しく首を戻される。どこか引っかかるのだがすでに馬は帰宅してしまっている。気にしてもしかたないと香子は目の前のごちそうを食べることにした。
それが杞憂ではなかったとわかったのは、昼食後茶室に移動してからのことだった。
基本四神には眷属が付き従ってはいるが、四神は自分のことは自分でできるので眷属についてはいてもいなくてもいいような扱いである。その為こちらの生活に慣れてきた最近は黒月と誰かもう一人だけ残り、後は好きなように過ごしていることが多くなった。
なので紅夏が「失礼します」と茶室に来た時も、そういえばいなかったかぐらいの認識だった。が、その次に続いた言葉に香子は顔色を変えた。
『花嫁様、紅児の件なのですが今よろしいでしょうか?』
『何かあったの!?』
香子は思わず椅子から立ち上がった。あの苦労をしてきた少女のことを思うと胸が痛くなる。
十一歳の少女が、天涯孤独の身となり、言葉も知らない異国に取り残されたのだ。幸い養父母に引き取られたいへんながらも三年を過ごし王都へ出てきた。そして偶然にも香子の元へやってきたのだ。何がなんでも幸せにしてやる! と香子が考えていた矢先のことである。
紅夏は香子の剣幕に動じることなく四神宮の食堂で先ほど起こったことを話した。
曰く、紅児が馬の作った点心類を見て市井の食べ物のようだと思い、作った人のことを厨師に尋ねたらしい。馬、という姓は紅児の養父母の苗字と同じである。そこでもしや、と紅児は思い馬がまだ厨房にいるなら会いたい旨希望した。しかし聞いてみると馬に困ったことが起きたらしくすぐに帰宅したという。
その困ったことというのが厨師によると、馬の親戚が王都に出てきたが、その親戚が一緒に連れてきた子どもとはぐれたらしい。馬のぼやきから、親戚たちは人波に押されて離れ離れになってしまったこと、親戚が慌ただしくやってきて娘を一緒に探してほしいと言われたことなどがわかったという。
そこからその親戚というのが養父ではないかと、紅児がひどく取り乱したところに紅夏が通りがかったので報告しにきたようだ。
『そういうことなら馬に使いを出さないといけないわね』
白雲に頼むべきかと香子が逡巡していたら、
『我が参ります』
と紅夏が言ってくれたので頼むことにした。確かに直接紅児と話した本人が行ってくれるのが一番だろう。馬の親戚というのが紅児の養父であることを願う。
『できるだけ早くお願いね』
『是』
紅夏が去った後香子はまた首を傾げた。
『あれ? 紅夏って、そういえば人間みたいに食事をする必要ないんじゃ?』
香子の呟きに、黒月がそっと目線をそらしたがその時は誰も気付かなかった。
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