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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
90.綺麗な子がやってきました
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四神宮では最初に主官の趙文英と顔合わせをしなければならない。くだんの少女との挨拶が終った頃に呼ぶよう白雲と紅夏に言い置いて、香子は白虎の腕の中でいろいろ考えていた。
『わざわざ貿易商の親に着いてきたってことは跡取りだったのかなぁ。わざわざ秦皇島から出てきたってことは結婚はしてないですよねぇ……』
頭で考えていても整理できないのでぶつぶつ呟く。白虎には先に気にしないでほしいと言ってあるのでいらえはない。ただ髪に口づけたり、頬を舐めたりはされている。さすがに漢服の中に入ってこようとする手は軽く叩いて拒否を伝えている。傍から見れば砂がざんざか吐けそうな情景なのだが他に誰もいないので指摘されることもなかった。
『女の子自身はいい子でもその養父母が悪人だった場合は? 引き離すだけの権力はあるし……』
引き続き呟いていると表から声がかかった。趙との顔合わせが済んだのかと顔を上げると、侍女たちが入ってきた。
『お召し物はそのままでもよろしいですがお直しを』
にっこり笑んでそう言ったのは侍女頭の次点と目される方一燕だった。白虎と引き離されあれよあれよという間に全身を直される。唇に鮮やかな紅をひかれ、再び白虎の腕の中に戻される。侍女たちはしずしずと退出していった。
(プロだ……)
香子は目を丸くして彼女たちを見送ることしかできなかった。侍女たちも急いていたせいか鏡はちら、としか見られなかった。けれど彼女たちがいいかげんな仕事をするはずもないので気にはならない。
今度こそ謁見の間に行くよう呼ばれて室を出た。四神宮の門の前では延夕玲が待っており、先導されて謁見の間に足を踏み入れた。
『監兵神君、並びに白香娘娘のおなりである』
相変わらず鈴を転がすような美しい声で夕玲が告げた。
香子はそれよりも震えながら平伏している赤い髪の少女が気になってしかたがない。赤、と言ってもどちらかといえば朱紅色で、香子の髪の色とは違う。少女の斜め手前で陳秀美が平伏しているのに気づき、香子は声をかけた。
『陳、彼女を紹介してちょうだい』
威圧感を与えないように、できるだけ落ち着いた声音を発したつもりだがどうだろうか。
陳は香子がわくわくしているのに気付いているのか、特にもったいぶることもなく少女を紹介した。
『はい、紅児。こちらにいらっしゃるのが四神の花嫁様である白香娘娘です。花嫁様、馬紅児です』
(ん?)
『馬?』
どこかで聞いた苗字である。
『はい、養父の姓らしいです』
『そう……。紅児、顔を上げてちょうだい』
馬、という苗字は特段珍しい姓だとは思えないので、四神宮の厨房に出入りしている市井の料理人と関係があるとは考えにくい。
(引き合わせて違った時のショックが大きいしね。一応それとなく馬のおっちゃんに聞いてもらえるよう言っとこ)
内心そんなことを考えているとは全く思わせない表情で、おそるおそる顔を上げた少女―馬紅児を香子は見つめた。
(きれいな子……)
髪は朱紅色だが、香子を見つめる瞳は澄んだ緑色をしており、何よりもその肌の白さに息を呑んだ。
『わぁ……』
東洋人にはない血管が透けるような肌の白さというのだろうか、香子は一瞬置いて声を上げた。
『白人なのね。綺麗な肌……』
クラスメイトだったスイス人の男の子とかロシア人の女の子とかを思い出してついにこにこしてしまう。
色の白さは七難隠すとはよく言ったものだが、冷静に見ても綺麗な子だと香子は思った。
『香子』
紅児をよく見たくて無意識のうちに白虎の腕から身を乗り出そうとしていたらしい。咎めるような白虎の声に香子ははっとした。近寄っていいかと聞いたが後にしろと言う。香子は口を尖らせた。
それよりも気になることがあった。
『本名はなんというの?』
紅児は困ったような顔をし、『馬紅児です……』と答えた。香子は首を振った。
『違うでしょう?』
香子が聞きたいのは国での本名だ。紅児はもっと困ったような表情をした。
『その名は”赤い子供”という意味だわ。本当の名前を教えて?』
外国人の名前は発音しづらいということはわかる。だから髪の色から”紅児”と名付けられたのだろう。
自分の名前を呼んでもらえないのはつらくないだろうか。正しくは発音できないかもしれないけど、できるだけその名を呼んであげたいと香子は思ったのだ。
『エリーザ……エリーザ・グッテンバーグです……』
果たして、一度では正しく聞き取れなかった。
何度か発音させ、香子にとってできるだけ近い音を発声する。日本語の音自体が少ないので微妙な音の違いは判別しにくい。紅児の口の動きを見ながらまねると、近い音が出た。
『エリーザ……エリーザでいいかしら?』
紅児は目を見開き、そしてぽろりと涙をこぼした。
それは、香子が紅児を守ってあげたいと思ったきっかけとなった。
『わざわざ貿易商の親に着いてきたってことは跡取りだったのかなぁ。わざわざ秦皇島から出てきたってことは結婚はしてないですよねぇ……』
頭で考えていても整理できないのでぶつぶつ呟く。白虎には先に気にしないでほしいと言ってあるのでいらえはない。ただ髪に口づけたり、頬を舐めたりはされている。さすがに漢服の中に入ってこようとする手は軽く叩いて拒否を伝えている。傍から見れば砂がざんざか吐けそうな情景なのだが他に誰もいないので指摘されることもなかった。
『女の子自身はいい子でもその養父母が悪人だった場合は? 引き離すだけの権力はあるし……』
引き続き呟いていると表から声がかかった。趙との顔合わせが済んだのかと顔を上げると、侍女たちが入ってきた。
『お召し物はそのままでもよろしいですがお直しを』
にっこり笑んでそう言ったのは侍女頭の次点と目される方一燕だった。白虎と引き離されあれよあれよという間に全身を直される。唇に鮮やかな紅をひかれ、再び白虎の腕の中に戻される。侍女たちはしずしずと退出していった。
(プロだ……)
香子は目を丸くして彼女たちを見送ることしかできなかった。侍女たちも急いていたせいか鏡はちら、としか見られなかった。けれど彼女たちがいいかげんな仕事をするはずもないので気にはならない。
今度こそ謁見の間に行くよう呼ばれて室を出た。四神宮の門の前では延夕玲が待っており、先導されて謁見の間に足を踏み入れた。
『監兵神君、並びに白香娘娘のおなりである』
相変わらず鈴を転がすような美しい声で夕玲が告げた。
香子はそれよりも震えながら平伏している赤い髪の少女が気になってしかたがない。赤、と言ってもどちらかといえば朱紅色で、香子の髪の色とは違う。少女の斜め手前で陳秀美が平伏しているのに気づき、香子は声をかけた。
『陳、彼女を紹介してちょうだい』
威圧感を与えないように、できるだけ落ち着いた声音を発したつもりだがどうだろうか。
陳は香子がわくわくしているのに気付いているのか、特にもったいぶることもなく少女を紹介した。
『はい、紅児。こちらにいらっしゃるのが四神の花嫁様である白香娘娘です。花嫁様、馬紅児です』
(ん?)
『馬?』
どこかで聞いた苗字である。
『はい、養父の姓らしいです』
『そう……。紅児、顔を上げてちょうだい』
馬、という苗字は特段珍しい姓だとは思えないので、四神宮の厨房に出入りしている市井の料理人と関係があるとは考えにくい。
(引き合わせて違った時のショックが大きいしね。一応それとなく馬のおっちゃんに聞いてもらえるよう言っとこ)
内心そんなことを考えているとは全く思わせない表情で、おそるおそる顔を上げた少女―馬紅児を香子は見つめた。
(きれいな子……)
髪は朱紅色だが、香子を見つめる瞳は澄んだ緑色をしており、何よりもその肌の白さに息を呑んだ。
『わぁ……』
東洋人にはない血管が透けるような肌の白さというのだろうか、香子は一瞬置いて声を上げた。
『白人なのね。綺麗な肌……』
クラスメイトだったスイス人の男の子とかロシア人の女の子とかを思い出してついにこにこしてしまう。
色の白さは七難隠すとはよく言ったものだが、冷静に見ても綺麗な子だと香子は思った。
『香子』
紅児をよく見たくて無意識のうちに白虎の腕から身を乗り出そうとしていたらしい。咎めるような白虎の声に香子ははっとした。近寄っていいかと聞いたが後にしろと言う。香子は口を尖らせた。
それよりも気になることがあった。
『本名はなんというの?』
紅児は困ったような顔をし、『馬紅児です……』と答えた。香子は首を振った。
『違うでしょう?』
香子が聞きたいのは国での本名だ。紅児はもっと困ったような表情をした。
『その名は”赤い子供”という意味だわ。本当の名前を教えて?』
外国人の名前は発音しづらいということはわかる。だから髪の色から”紅児”と名付けられたのだろう。
自分の名前を呼んでもらえないのはつらくないだろうか。正しくは発音できないかもしれないけど、できるだけその名を呼んであげたいと香子は思ったのだ。
『エリーザ……エリーザ・グッテンバーグです……』
果たして、一度では正しく聞き取れなかった。
何度か発音させ、香子にとってできるだけ近い音を発声する。日本語の音自体が少ないので微妙な音の違いは判別しにくい。紅児の口の動きを見ながらまねると、近い音が出た。
『エリーザ……エリーザでいいかしら?』
紅児は目を見開き、そしてぽろりと涙をこぼした。
それは、香子が紅児を守ってあげたいと思ったきっかけとなった。
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