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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
86.それは必要なことでした
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柔和に笑んでいるように見えるが、青藍の目は猛禽類を思わせるほど炯炯としていた。
返答次第によってはただではおかぬぞと全身で語っているのを見て香子は身震いした。
(おかしい……私は四神の花嫁のはず……)
それなのに最近眷属の態度が最悪である。もう少し彼らは自分を敬ってもいいはずだ! という思考が浮かんだが、当然のことながら全く解決には至らない。
『花嫁様、説明をしていただけますか?』
背筋をツツーっと脂汗が伝う。侍女頭の陳秀美と林雪紅に助けを求めたいが彼女たちがこの威圧感に対抗できるとは思えない。声は涼やかなのにどうやったらこの迫力が出せるのか。香子の思考は早くも逃避しようとしていた。
『え、ええと……何かあったみたいだけど、それをまず教えてもらっていい?』
小首を傾げてみる。青藍の口角が更に上がった。
『ああそうですね。気が急いてしまい申し訳ありませんでした』
そこで言葉を一旦切ると、青藍は香子たちが話し合っている間に何が起こったのかを話した。
昼時である。
たまたま従業員食堂の近くにいた青藍は延夕玲に会ったので(強引に)昼食を共にした。その後夕玲が香子の部屋に戻るというので青藍も青龍の室に戻る為一緒にいたのだという。そこに湯美明と侍女頭の次点とも目される女性である方一燕が通りかかった。
湯は青藍と夕玲が一緒にいるのを見ていきなり逆上した。
『どうして延様が青藍様と一緒にいらっしゃるの? 私の方が延様よりずっと青藍様のことを想っているのに!!』
唐突だった。何故そんなことを言われなければいけないのかと青藍は眉を寄せた。夕玲が一歩下がろうとするのを止める。
『なんのことだかわからぬが、我の”つがい”は彼女だ。そなたではない』
静かな声に湯は真っ赤になって夕玲を睨みつけた。
『でっ、でもっ、花嫁様が青藍様とのことは取り持ってくださるっておっしゃられたわっ!!』
『……え……?』
思いもかけぬことを言われて、夕玲は胸を押さえた。その瞳が動揺に揺れる。青藍の目は永久凍土を思わせるほど冷たくなった。
『それは初耳だ。どういうことか』
四神の眷属の怒りに触れ、湯は青くなった。付き添いの方は止められなかった申し訳なさで気絶する寸前である。二人が使い物にならないことは明らかだった。青藍はちょうどそこへ通りかかった白雲に夕玲を預け、方に湯をしっかり見張っているよう言いつけると花嫁の部屋に向かった。
(やってくれたわ……)
香子は頭痛が痛い、と思わず言いそうになった。
思い込みの激しい歳ではある。それは香子もわかっていたはずだった。
(十四、五歳、十四、五歳……昭正公主もそうじゃないか私のばかー……)
『……言い訳はさせてもらえるのかしら?』
『ご説明願います』
香子は内心嘆息し、先ほどのやりとりを話した。
『思い込み、ですか』
『それもあるかもしれないけど、嫉妬したのではないかしら。みんなにも説明しないとね』
『お願いします。連れてきますので』
そういう青藍はよくわかっていないようだった。四神とその眷属の思考や感情というものは人のそれとは異なる。後ほど例を上げて説明をしないと、例え今は夕玲とうまくいっているとしても早晩面倒なことになるのは間違いなさそうである。
まず湯と方を連れてきてもらう。衝立を置き、威圧感を与えないようにその後ろに陳と林には隠れてもらうことにした。
湯と方は案の定青ざめていた。
『青藍から聞いたわ。もしかしたら私、貴女に誤解を与えるような言い方をしてしまったかしら?』
きつくならないように優しく尋ねれば、
『も、申し訳ありませんっ!! 私、私っ……!!』
『花嫁様、申し訳ありませんでした!』
二人が土下座しかねない勢いで謝った。方は直接関係ないが湯を止められなかったという点では責任がある。そして湯については、
『……謝る相手は私じゃないでしょう? 貴女はきちんと夕玲と青藍に謝りなさい。それでおしまい。いいわね?』
『は、はいっ!! 花嫁様、ありがとうございますっ!!』
湯は今にもこぼれそうになる涙をこらえ、その場に跪いた。
どうにか湯が落ち着いてからまず夕玲を呼ぶ。さすがに人目のあるところで謝罪させるわけにはいかない。
『私は寝室にいるから終わったら声をかけてちょうだい』
香子は方に声をかけ、陳、林と共に寝室に入った。寝室に移動したからといって声が全く聞こえないわけではない。行儀は悪いが扉に耳をつけるようにして居間の様子を窺った。
冷静になった湯は素直に謝り、夕玲は一応それを受けた。あっけないほど簡単なやりとりである。
問題はその後だった。
方に呼ばれ居間に戻れば泣きそうな表情の湯と、困惑している様子の夕玲が待っていた。
『青藍に謝罪できる?』
改めて尋ねると『是』と応えられた。
方では荷が重いだろうと、付き添いは陳に代えた。香子は方、林、夕玲を先に寝室に入らせてから湯に、
『本当は二人きりになりたいだろうけど、それができないのはわかっているわね?』
と小声で念を押した。湯は素直に頷いた。
部屋の外にいるだろう青藍を呼ぶ。そして香子は再び居間を出た。
湯はどうにか謝罪と告白を終えたらしく、少しばかりすっきりした表情をしていた。
『花嫁様、ありがとうございました』
湯は香子に深く礼をする。
『勝手ではございますが、これでお嫁に行こうと思いました』
香子は笑んで頷いた。ちょっとした騒動にはなったが憂いなく嫁することができるならそれが一番である。陳が何か言いたげな表情をしているのに気づき促すと、彼女は恐縮しながらも口を開いた。
『実は、湯はもっと早くにこちらを辞める予定でした。ですが花嫁様が降臨されたことで実家から猶予を与えられ今まで勤めていました。ですので……』
『つまり明日辞めてもおかしくはないということね。それは趙も知っているの?』
『はい、存じています』
『なら後任の手配は彼らと協議してちょうだい。……貴女も、あと少しだろうけどよろしくね』
『はい! 花嫁様ありがとうございます!!』
侍女の手が足りていないところでまた一人辞めるのか、と香子はまた彼女たちが心配になった。
(後任が見つかるまでは部屋付きも一人でいいと思うのだけど……)
そういうわけにもいかないということはわかっている。香子はできるだけ侍女の手を煩わせないようにしようと思った。
ちなみに、今回の騒動については黒月と青藍によってかなり絞られた。
(私、これでも四神の花嫁なんだけどー……)
絶対眷属の態度は間違ってる! と香子は思うのだが、抗議なんてしようものなら百言ぐらい返ってきそうなので言いたくても言えないのだった。
返答次第によってはただではおかぬぞと全身で語っているのを見て香子は身震いした。
(おかしい……私は四神の花嫁のはず……)
それなのに最近眷属の態度が最悪である。もう少し彼らは自分を敬ってもいいはずだ! という思考が浮かんだが、当然のことながら全く解決には至らない。
『花嫁様、説明をしていただけますか?』
背筋をツツーっと脂汗が伝う。侍女頭の陳秀美と林雪紅に助けを求めたいが彼女たちがこの威圧感に対抗できるとは思えない。声は涼やかなのにどうやったらこの迫力が出せるのか。香子の思考は早くも逃避しようとしていた。
『え、ええと……何かあったみたいだけど、それをまず教えてもらっていい?』
小首を傾げてみる。青藍の口角が更に上がった。
『ああそうですね。気が急いてしまい申し訳ありませんでした』
そこで言葉を一旦切ると、青藍は香子たちが話し合っている間に何が起こったのかを話した。
昼時である。
たまたま従業員食堂の近くにいた青藍は延夕玲に会ったので(強引に)昼食を共にした。その後夕玲が香子の部屋に戻るというので青藍も青龍の室に戻る為一緒にいたのだという。そこに湯美明と侍女頭の次点とも目される女性である方一燕が通りかかった。
湯は青藍と夕玲が一緒にいるのを見ていきなり逆上した。
『どうして延様が青藍様と一緒にいらっしゃるの? 私の方が延様よりずっと青藍様のことを想っているのに!!』
唐突だった。何故そんなことを言われなければいけないのかと青藍は眉を寄せた。夕玲が一歩下がろうとするのを止める。
『なんのことだかわからぬが、我の”つがい”は彼女だ。そなたではない』
静かな声に湯は真っ赤になって夕玲を睨みつけた。
『でっ、でもっ、花嫁様が青藍様とのことは取り持ってくださるっておっしゃられたわっ!!』
『……え……?』
思いもかけぬことを言われて、夕玲は胸を押さえた。その瞳が動揺に揺れる。青藍の目は永久凍土を思わせるほど冷たくなった。
『それは初耳だ。どういうことか』
四神の眷属の怒りに触れ、湯は青くなった。付き添いの方は止められなかった申し訳なさで気絶する寸前である。二人が使い物にならないことは明らかだった。青藍はちょうどそこへ通りかかった白雲に夕玲を預け、方に湯をしっかり見張っているよう言いつけると花嫁の部屋に向かった。
(やってくれたわ……)
香子は頭痛が痛い、と思わず言いそうになった。
思い込みの激しい歳ではある。それは香子もわかっていたはずだった。
(十四、五歳、十四、五歳……昭正公主もそうじゃないか私のばかー……)
『……言い訳はさせてもらえるのかしら?』
『ご説明願います』
香子は内心嘆息し、先ほどのやりとりを話した。
『思い込み、ですか』
『それもあるかもしれないけど、嫉妬したのではないかしら。みんなにも説明しないとね』
『お願いします。連れてきますので』
そういう青藍はよくわかっていないようだった。四神とその眷属の思考や感情というものは人のそれとは異なる。後ほど例を上げて説明をしないと、例え今は夕玲とうまくいっているとしても早晩面倒なことになるのは間違いなさそうである。
まず湯と方を連れてきてもらう。衝立を置き、威圧感を与えないようにその後ろに陳と林には隠れてもらうことにした。
湯と方は案の定青ざめていた。
『青藍から聞いたわ。もしかしたら私、貴女に誤解を与えるような言い方をしてしまったかしら?』
きつくならないように優しく尋ねれば、
『も、申し訳ありませんっ!! 私、私っ……!!』
『花嫁様、申し訳ありませんでした!』
二人が土下座しかねない勢いで謝った。方は直接関係ないが湯を止められなかったという点では責任がある。そして湯については、
『……謝る相手は私じゃないでしょう? 貴女はきちんと夕玲と青藍に謝りなさい。それでおしまい。いいわね?』
『は、はいっ!! 花嫁様、ありがとうございますっ!!』
湯は今にもこぼれそうになる涙をこらえ、その場に跪いた。
どうにか湯が落ち着いてからまず夕玲を呼ぶ。さすがに人目のあるところで謝罪させるわけにはいかない。
『私は寝室にいるから終わったら声をかけてちょうだい』
香子は方に声をかけ、陳、林と共に寝室に入った。寝室に移動したからといって声が全く聞こえないわけではない。行儀は悪いが扉に耳をつけるようにして居間の様子を窺った。
冷静になった湯は素直に謝り、夕玲は一応それを受けた。あっけないほど簡単なやりとりである。
問題はその後だった。
方に呼ばれ居間に戻れば泣きそうな表情の湯と、困惑している様子の夕玲が待っていた。
『青藍に謝罪できる?』
改めて尋ねると『是』と応えられた。
方では荷が重いだろうと、付き添いは陳に代えた。香子は方、林、夕玲を先に寝室に入らせてから湯に、
『本当は二人きりになりたいだろうけど、それができないのはわかっているわね?』
と小声で念を押した。湯は素直に頷いた。
部屋の外にいるだろう青藍を呼ぶ。そして香子は再び居間を出た。
湯はどうにか謝罪と告白を終えたらしく、少しばかりすっきりした表情をしていた。
『花嫁様、ありがとうございました』
湯は香子に深く礼をする。
『勝手ではございますが、これでお嫁に行こうと思いました』
香子は笑んで頷いた。ちょっとした騒動にはなったが憂いなく嫁することができるならそれが一番である。陳が何か言いたげな表情をしているのに気づき促すと、彼女は恐縮しながらも口を開いた。
『実は、湯はもっと早くにこちらを辞める予定でした。ですが花嫁様が降臨されたことで実家から猶予を与えられ今まで勤めていました。ですので……』
『つまり明日辞めてもおかしくはないということね。それは趙も知っているの?』
『はい、存じています』
『なら後任の手配は彼らと協議してちょうだい。……貴女も、あと少しだろうけどよろしくね』
『はい! 花嫁様ありがとうございます!!』
侍女の手が足りていないところでまた一人辞めるのか、と香子はまた彼女たちが心配になった。
(後任が見つかるまでは部屋付きも一人でいいと思うのだけど……)
そういうわけにもいかないということはわかっている。香子はできるだけ侍女の手を煩わせないようにしようと思った。
ちなみに、今回の騒動については黒月と青藍によってかなり絞られた。
(私、これでも四神の花嫁なんだけどー……)
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