上 下
238 / 598
第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

84.その恋のゆくえ(延夕玲視点)

しおりを挟む
 あの方の姿が見たくて、少しでも側にいられるならばと女官になったのに。

(白雲様、何故その人なのですか?)


 *  *

 
 皇太后による強引な決定で延夕玲は”四神の花嫁”付の女官となった。
 四神宮に足を踏み入れれば明らかに空気が違った。清涼とも言える微かな風の流れは、緊張していた夕玲の心をほんの少しだけ落ち着かせた。
 四神宮では驚きの連続だった。まず毒見役は必要ないという。曰く、四神や眷属には効かないし入っているかどうかもわかるらしい。謁見については全て中書省の方で断っているのでよほどのことがない限り来客もない。たまに直接主官である趙文英に口利きを頼んでくる者もいるようだが全て断っているのだという。そして花嫁もめったに外出しない。まず四神宮を出ることがないので、特に女官の必要性を感じていなかったようである。
 理由はわかったがこれからは皇太后とのやりとりもあるだろう。それを伝えると「ああそうね……手紙とか自分で書けないし」と花嫁はのん気に言う。夕玲は脱力した。多少構えていた己が馬鹿みたいだった。
 花嫁の守護だという黒月には最初からよい感情を持たれていないのはわかっていた。けれど観察していくうちに、本当に花嫁のことを大事に思っていることがわかり夕玲は興味を持った。

「黒月さんは、花嫁様を大事にされていますよね」

 たまたま二人きりになった時呟くように言ったら睨まれた。

「……花嫁様に徒名すようであれば、容赦はせぬぞ」

 夕玲は肩を竦めた。そんなつもりは全くない。以前黒月が花嫁に冷淡であったと人づてに聞いていた。けれど今は花嫁様命とでも言い出しそうなほどずっと側に控えているのだという。その変化が何によるものなのか夕玲は知りたかった。

(黒月とは長期戦ね)

 やりとりを見ていればそのうちわかることもあるだろう。
 それよりも夕玲には確認したいことがあった。
 夕玲は白虎の眷属である白雲に想いを寄せていた。直接口を聞いたこともない、目も合ったことがない、ただ皇太后が白虎に会う時にその姿を見かけるだけであったが、彼女は確かに白雲に恋をしていた。
 それは本来初恋と言うべきもので、いずれ消えてしまうような淡い想いであったのだが、そう簡単に会える相手ではなかったことや、場合によっては人との結婚もできるようなことを聞いてしまえば、諦めることもできなくなってしまった。
 夕玲はちょうど結婚適齢期である。だから聞いてみたかった。自分に可能性があるのかと。
 もしなければ花嫁が四神の誰かに嫁いだ後諦めて家の為に縁談を受けようと思った。
 けれど四神宮に来て、彼女は気付いてしまった。

 白雲が、今まで見たことのない表情で誰かを追っているのを。

 相手はすぐに知れた。侍女頭の陳秀美だった。
 夕玲は花嫁付なので普段花嫁の部屋にいることになったが女官は基本主人がいなければ自由である。だからたまたま花嫁の部屋から出て一旦宿舎に戻ろうとした時見てしまったのだ。

「っ! まだ仕事中です……」
「これから昼食であろう。少しぐらい、よいだろう」
「白雲様!」

 触れようとする白雲と、それを満更でもない表情で避けようとする陳。
 カッと頭に血が昇る。どす黒い何かで全身が満たされたようになり、夕玲は胸を喘がせた。

(あれは、何?)

 信じられなかった。皇太后が白虎に会いに行った際、彼らは表情を変えることなどなかった。皇太后の我儘に白虎が一瞬眉を寄せることはあっても白雲の表情が動いたところなど見たことがない。

(どうして、どうして、どうして)

 あの瞳。
 あんな色を含んだ眼差しを夕玲は向けられたことなどない。そう、夕玲は白雲に興味を持たれたことなど一度たりともなかったのだ。
 彼女はそれに気付き、絶望した。
 ふらり、と身体が傾き回廊の欄干にぶつかりそうになった時、夕玲は誰かに支えられた。

(誰?)
「大事ないか?」

 ふい、と視線を向ければ美しい緑の髪と黒い瞳が夕玲の目に飛び込んできた。青龍の眷属である青藍だった。

(どうして……)

 その瞳は夕玲をまっすぐ見つめ、明らかに興味を持っているように見えた。彼女は泣きたくなった。

(どうして、この方なの?)

 静かな、涼やかな声が夕玲を案じていた。その眼差しと声に、彼女は気付いてしまった。
 四神もその眷属も人に対して感情を表すことはまずない。皇太后が会いに行っている白虎も基本は無表情で、何度もその姿を見ているから苦笑しているのだなとわかる程度だ。声も低くおごそかだがそこにはなんの感情も感じられなかったと夕玲は思う。それが花嫁に対してだけは違い、夕玲は驚いたものだった。
 そして今見た光景。あんなに白雲は表情が豊かだったのかと。
 そうか、と彼女は納得した。

 白雲は夕玲の相手ではなかったのだ。

 だからといってそこで気持ちが止まるほど簡単なことではない。

(私の想いは……この気持ちは……どうしたら……)

 夕玲の心の中は荒れ狂っていた。いつのまにか俯かせていた顔を上げると、まだ緑の髪の主がそこにいた。彼は静かにそこに在り、彼女の反応を待っているようだった。

(どうして……)

 たまらなかった。

「どうして……どうして貴方なのですか!? どうして貴方が私のっ……!!」
「何故かはわからぬ。だがそなたが我の”つがい”であることは間違いないようだ」

 静かな、涼やかな声にも夕玲の心が慰められることはない。夕玲は彼の胸を叩いた。何度も何度も叩いた。いつのまにか目元は濡れ、後から後からやり場のない思いと共に溢れ出し頬を濡らした。

「私はっ……あの方をずっと見てきたのにっっ……!!」

 優しく抱き寄せられる。その所作とは裏腹に彼の腕は逞しく夕玲を支えた。彼女は彼の上衣を指の色が変わるほどきつく握りしめ気がすむまで泣き叫んだ。
 何故か誰も通りかかることはなく、彼はずっと彼女を抱きしめていた。

―誰にも見せないように。
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...