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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

80.バカにするにもほどがあります

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 天壇とは、王宮の南東に位置した唐最大の祭祀施設である。
 皇帝が祭祀を行う為の施設なのでもちろん一般人は入れない。庭園を模した中に建物が南北一列に整然と並んでいる。
 広大な敷地内を管理するのは神官である。神官は仕える神毎にまとめ役がおり、それを束ねるのが神官長だ。とはいえ天皇、地皇、人皇については地上に降りてくることはないので神官が各二名ずついるぐらいだという。またここには人間からなった神は祀られていない。ちなみに三国志に出てくる関羽は各地で関帝として祀られているが、天壇に廟はなく前門にある。
 神官の話である。四神はその領地を唐の四方に有している。各領地には四神の為の廟があり、そこにも神官がいる。一般庶民に開放されている参拝施設には神官がおり、その奥の広大な屋敷には四神とその眷属が住んでいる。各領地にはそれぞれの神官がいるが、天壇には四神全ての神官がいる。
 王都は玄武の範囲なので玄武を祀る神官が多い。次に”春の大祭”で祭祀を行う為朱雀と青龍の神官。白虎の神官は一番数が少ない。彼らは基本粛々と天壇を掃き清め、天に祈りを捧げているが、今年はさすがに浮足立っていた。


『え? 呼び出し? しかも皇帝から?』

 沢山の布に囲まれてへとへとになった数日後、香子と四神は皇帝からお茶に誘われた。どう考えても四神を呼び出したいがための声かけなのだが、四神は皇帝に声をかけられても面倒くさがって絶対に出て行かない。そこで香子にもお呼びがかかるわけである。
 名目は四神の花嫁に、朱雀と青龍を連れてこいという話だ。そしてどうするかの判断は香子に託される。
 香子は嘆息した。
 行かないわけにもいかないだろう。

『昼食後ですか? どちらへ向かえばいいかしら?』

 王英明は拱手した。四神宮と中書省の連絡役などやらされてこの人もお疲れ様だなと香子は思う。

『未の三刻頃お迎えに上がります』

 わざわざ迎えを寄こすということはそれだけ厄介なのだろうか。香子は眉を寄せた。

(二時半頃のお迎えってことは三時開始か。本当にお茶だわね)

 香子たちは基本朝が遅い。八時頃に起き出し四神の室で朝食を取り、部屋に戻って身だしなみを整えてから動き出すと言う形になる。つまりどんなに早くても謁見は九時半以降だ。対する王宮の朝議は夜明けを少し過ぎた辺りで始まる。順調であれば香子たちが起き出した頃に終っている場合もある。だが大体だらだらとかかる為、終わるのは早くて十時前後との話だ。
 書を習うのは明日だし問題ないだろうと香子は四神を窺う。今香子を抱き上げている玄武が頷いた。
 昼はこれまで通り白虎と青龍と交互に過ごすことにした。青龍と交わるのはとにかく時間がかかる。その為毎晩というわけにもいかない。ただ”春の大祭”が近いということもあり昼に朱雀と出かけることも増えそうなので、香子は玄武にも日中時折は共にいてもらうよう頼んでいた。四神同士が嫉妬することはないが、夜だけしか過ごせないというのは香子も寂しいからだった。

『香子、応じる必要はないのだぞ』

 謁見の間を出た後玄武にそう言われた。黒月が頷いているのが玄武の肩越しに見えて香子は思わず笑んでしまう。

『なにか話があるのでしょう。聞くだけ聞いてきます。だから、それまで一緒にいてください』
『もちろんだ』

 玄武の緑の瞳が優しく細められるのを見て香子は嬉しくなった。


 王に先導され、香子は朱雀に抱かれたまま皇帝との謁見の間に通された。

『皇上、万歳万歳万々歳!』(皇帝陛下、万歳!)
『平身』(なおれ)
『謝皇上。(陛下、ありがとうございます)陵光神君リングワンシェンジュン孟章神君モンジャンシェンジュン白香娘娘バイシャンニャンニャンをお連れしました』

 王と皇帝のやりとりを見て、そういえばそういう立場だったなと香子は思い出した。基本四神宮の謁見の間でそれらのやりとりは省略させているからだった。
 謁見の間には護衛や女官たちの他に中書令の李雲もいた。なんだか厄介ごとの匂いがして香子は内心げんなりした。

『四神と花嫁様にはご足労おかけしました。此度いらしていただいたのは他でもない、天壇の神官長が大祭の前に一度ご挨拶したいという申し出によります』

 李雲が告げる。皇帝は頷いた。李雲はさすが宰相といおうか淡々としているが皇帝は不満を隠しもしていない。どうやら天壇の神官長とやらがごり押ししてきたようである。

(面倒くさい……)
『必要ない』

 当然のことながら朱雀がばっさり切る。そのまま踵を返すと、目の前に黒い衣裳を着た恰幅の良い壮年が叩頭していた。

『陵光神君、孟章神君、お初に御目文字いたします』

 朱雀はあからさまに不快な表情をした。壮年の後ろには更に二人いてそちらも叩頭している。

『光基、これはなんだ?』

 朱雀のテナーが低く皇帝の名を呼ぶ。相当怒っているということがわかって香子は朱雀に身を寄せた。そして肩口を軽く叩く。

『朱雀様、とりあえず話を聞きましょう』

 小声で促す。一応相手は天壇の神官なのだ。今回の祭祀の件に違いない。

『天壇の神官長、高進です。随分と気が逸っているようでして、申し訳ありません』

 淡々と李雲が告げた。この強引さは皇帝側として本意ではないらしい。だからといって皇帝側に非がないわけではないのだが。

『何用か?』

 朱雀が不機嫌を一切隠さずに声をかけた。

『四神におかれましてはご機嫌麗しく……』
『麗しくはない。何か?』

 取りつく島もないとはこのことだが、それをわかっていても声をかけようとする神官長は相当面の皮が厚いと香子は思う。

『それでは単刀直入に申し上げます。此度の大祭、四神の花嫁におかれましては舞をお願いしたく存じます』
『え』

 全く思ってもみなかったことを言われつい声が出てしまった。

(舞って……)

 運動神経がよくないというのもあるが、大祭で四神の花嫁が舞う、ということの意味をわかっているのだろうか。少し頭を上げこちらを窺っている神官長を見下ろす。どう見ても悪役顔だった。

『……笑えぬ冗談だな』

 怒りのオーラをまとい、朱雀が呟いた。香子の背に冷汗が流れる。完全に地雷である。

『舞は巫女がお教えしますので、大祭の前に天壇にお越しください。覚えていただくまでにはそう五回ほどでしょうか……』
『貴様、誰に物を言っている』

 青龍だった。ぺらぺらとしゃべる内容に腹を立てたのは朱雀だけではなかったようである。

『四神も花嫁の舞を見たくはございませぬか。天皇もさぞ喜ばれると……』
『黙れ』

 青龍の手が勢いよく下に振り下ろされる。直接触れたわけではないのに神官長の頭が地板磚(レンガの床)に打ち付けられた。

『ぐっ……!!』
『神官長とやらを挿げ替えよ。花嫁に舞をさせよと誰が言ったのか』

 神官長の後ろに控えている神官は可哀想にがくがくと震えていた。

『……し、神官長にございます……』
『ほう。して誰も止めなんだか』
『し、四神の神官はっ、ことの詳細を知らず……たいへんなご無礼を……』

 神官たちが震えながらも必死に言い募る。彼らの言い分が本当ならばこれは神官長の独断のようである。

(なんでなのー? なんで神官長なのにわかんないのー?)

 なんというかもう朱雀、青龍、黒月の怒りっぷりがすごいのでどうにかしてほしい。白雲も付き従ってはいるが我関せずという体である。

『貴様たちは何か?』
『し、四神の神官でございます。立場としましては神官長補佐に当たりまして、私が陵光神君のまとめ役をしております。こちらは孟章神君のまとめ役でございます』

 さすが四神の神官と言うべきか、震えながらもきちんと受け答えしている。香子は素直に感心した。

『貴様たちも花嫁に舞をさせよと申すか』
『滅相もない! 四神、並びに花嫁様が大祭に参加していただけるなどこれ以上の誉れはございませぬ! 是非ゆっくりとしていただきたく……』
『なればよい。それが今後神官を名乗ることはまかりならぬ。……花嫁が我らを求めるのではない。我らが花嫁に愛を乞うのだ』
『はっ。天壇の神官一同、四神と花嫁様をお待ち申し上げております』

 神官たちは神官長であったものを引きずるようにして下がっていった。おそらく先ほどの件で気絶したのだろう。同情の余地はなかった。
 さらりと朱雀がとんでもないことを言ったが香子は聞かなかったことにする。

『お見事だ! 再三四神に会わせろとしつこくてな』

 皇帝の声に朱雀は振り向いた。

『それを止めるのがお前たちの仕事であろう』
『それもそうですが祭祀の中身は神官たちが決めているのです。祭祀の件と言われればお声掛けしないわけにもいかない。こちらもつらい立場なのですよ』

 全くつらいなどと思っていない表情だ。朱雀が嘆息する。過ぎたことはしかたないと流すのも朱雀のいいところではあるが香子は腹を立てていた。

『……それだけではないでしょう?』
『花嫁様?』

 いつになく低い香子の声に李雲の声がかかる。

『陛下、四神を利用しましたね?』

 睨みあげて言うと皇帝が苦笑したように見えた。

『なにを……』
『天に祈りを捧げたのは皇帝のはず。神官には皇帝に逆らう権限などありはしない。違いますか?』

 わかりやすく言えば時の皇帝が天に祈り、四神を地上に派遣してもらったのである。つまり本来神官というのは形骸化しているだけでなんの力も有していない。それを理解しているからわざわざ四神を引っ張りだした皇帝に香子は腹を立てたのだった。
 皇帝は肩を竦めた。

『こんな茶番に四神を呼び出さないでください。次はありませんよ』
『……肝に銘じよう』

 香子は頷くと朱雀に離脱するよう求めた。まだお茶も飲んではいなかったがもうこんなところに片時もいたくなかった。
 すうっと一瞬で四神宮の朱雀の室に着く。
 どいつもこいつも四神や花嫁を侮りすぎている。そう簡単には怒りが収まりそうにないので今度は白虎に八つ当たりすることにした。
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