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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
73.どうしても葛藤するのです
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善は急げと言うことか、弾かれたような笑いが収まってからすぐに青龍は三神を招集した。
正直香子としては後がこわいが、今は考えないことにした。
四神同士は念話というテレパシーのようなものが使える。話し合いの場所は茶室ではなく玄武の室だった。お茶を入れた茶壺と茶杯だけ用意してもらい、白雲と黒月は室の外に待機させた。
『話があると聞いたが』
茶に口をつけ、まず声を発したのは朱雀だった。
四神の室は香子の部屋と違いそれなりに広いのだがそれでも四神が集まるととても狭く感じる。香子は青龍の膝の上に収まっていた。長椅子は四神クラスが三人座れる広い物である。青龍に抱かれた香子を真ん中として左右に玄武と朱雀、白虎は一人掛けの椅子に腰かけた。
香子はゴクリと喉を鳴らす。すごく緊張した。
『……やっぱり、私は”大祭”に出たいです』
『ならぬ』
即答だった。香子は息を飲む。しかしここで怯んでいては話にならない。
『何故ですか』
『”花嫁”は見世物ではない。そなたは”四神の花嫁”、人間の都合に合わせる必要はない』
感情を押し殺したような声だった。香子は言葉の意味を考える。それは香子にとって理由にならない。
『私が出たいと言っているのにですか?』
『……何故出たがる?』
『私はこの国がどうなっているか見たいのです。風景や人々、そして”大祭”というのも経験がない。私が四神のどなたかに嫁げば直接人に触れることはなくなるでしょう。せめてこの一年だけでも私の好きなようにさせてはくれませんか』
四神は考えるような表情をした。
『……それとも、”四神の花嫁”に自由は全くないのでしょうか……』
何度も香子の頭をよぎったこと。四神ははっとしたような顔をした。
『違う! 我らはそなたを縛りつけたいわけではない!!』
(でもやってることは違うじゃない)
香子は朱雀を睨んだ。最近こんなことばかりだと香子は思う。
『はっきりさせてください。私の”自由”はどこまであるのですか? 四神宮の表では必ず四神の誰かと一緒にいなければいけないことはわかっています。大祭でも朱雀様か青龍様と一緒にいればいいのではないですか? 私をできるだけ人に見せたくないというのであれば、行程もそのように考えさせればいいだけのこと。それともあれですか、青龍様に抱かれていないから大祭には出られないというのが本当の理由ですか?』
『それもあるが……』
朱雀がまっすぐ香子を見る。
『すまなかった。そなたの気持ちをおろそかにした』
真摯な黒い瞳が香子だけを映す。だからなのか手を取られても振り払おうとは思わなかった。
『そなたはずっと外へ出たいと言っていたな』
『はい』
朱雀の大きな手が香子の手を包み優しくさする。
『我らと共にあればどこに行ってもかまわない。だが、大祭に出るのであれば青龍に抱かれていることが必須条件だ。我らが支援はするが丸一日抱かれ続けることになる。異存はないか』
『え』
香子は振り返って青龍を見る。丸一日とは聞いていない。青龍は口元に笑みを浮かべていた。
『う、うーん……』
複雑である。丸一日以前に”大祭”に出たいから抱かれるというのがそもそも香子としてはどうかと思っているところだ。
(しかも丸一日……)
想像できない。
『即答しかねます……』
やはり青龍に抱かれなければいけないらしい。ただそれ以外は尊重してくれるのだろう。
『でも……もしも青龍様に抱かれたら、その時は大祭に出てもいいですか』
『我らの条件を皇帝が飲めばな』
『その条件とは?』
『行程にもよるが、乗り物以外のそなたの移動は我か青龍が抱いていく。それから、そなたを極力人間に見せないことだ』
全て細かくチェックするつもりらしい。香子はげんなりした。そこまでして、と思わなくもなかったがここでやっぱりいいなどと言おうものなら絶対に外へ出ることはできないだろう。そして当然のことながら外へ出ても自由に何かをすることはできないだろう。きっととても疲れるに違いない。
それでもここにずっと籠っているよりはましだと思う。
どちらにせよ皇帝側が出てほしいと言っているのだ。大概のことはどうにかなるはずである。
『わかりました』
あとは香子の気持ちだ。
(自分が一番厄介かも……)
流されてしまえばいいとも思う。ただこんな気持ちで抱かれて後悔しないだろうか。
香子は首を巡らし、改めて青龍を見る。
青龍はあまり表情が動かないが、今はなんだか嬉しそうに見えた。
四神はまっすぐ香子だけを想っているのにその想いになかなか答えられない自分。香子の倫理観もまた邪魔をする。
それらについて一人で考えればいいのか、それとも誰かに相談した方がいいのかすらわからない。
『香子は困ってばかりだな』
青龍に言われてはっとした。
『我らが困らせているのだ。しかたあるまい』
白虎が言う。本当だよ、と思いつつ、困らせている自覚はあるのだなと確認した。
『……困ってるんですよ。だって恋愛は1:1でするものだと思ってますし。なのにすでに玄武様、朱雀様としちゃってますし。現時点で矛盾してるのに更に青龍様、白虎様となんて』
『複数、という概念であれば二人も四人もかわらぬだろう』
『白虎様、それは極論です』
『……香子には香子なりの考えがあろうが、”四神の花嫁”は四神を受け入れて初めて安定する。そなたの不安定はそこに端を発していると思うが如何か』
それまで黙っていた玄武の言葉になんだか納得した。
”四神の花嫁”はそのようにできている。
(結局……開き直りが肝要なのね……)
それに気付いたからといって青龍にすぐ抱かれるという選択肢はないのだが。
『……少し時間がほしいです。気持ちを整理したいですし……お話もしたいかな』
四神が頷く。話はそれでお開きになった。
香子は嘆息する。
また青龍の室に戻された。とりあえずはこれから青龍を説得しなければならない。
正直香子としては後がこわいが、今は考えないことにした。
四神同士は念話というテレパシーのようなものが使える。話し合いの場所は茶室ではなく玄武の室だった。お茶を入れた茶壺と茶杯だけ用意してもらい、白雲と黒月は室の外に待機させた。
『話があると聞いたが』
茶に口をつけ、まず声を発したのは朱雀だった。
四神の室は香子の部屋と違いそれなりに広いのだがそれでも四神が集まるととても狭く感じる。香子は青龍の膝の上に収まっていた。長椅子は四神クラスが三人座れる広い物である。青龍に抱かれた香子を真ん中として左右に玄武と朱雀、白虎は一人掛けの椅子に腰かけた。
香子はゴクリと喉を鳴らす。すごく緊張した。
『……やっぱり、私は”大祭”に出たいです』
『ならぬ』
即答だった。香子は息を飲む。しかしここで怯んでいては話にならない。
『何故ですか』
『”花嫁”は見世物ではない。そなたは”四神の花嫁”、人間の都合に合わせる必要はない』
感情を押し殺したような声だった。香子は言葉の意味を考える。それは香子にとって理由にならない。
『私が出たいと言っているのにですか?』
『……何故出たがる?』
『私はこの国がどうなっているか見たいのです。風景や人々、そして”大祭”というのも経験がない。私が四神のどなたかに嫁げば直接人に触れることはなくなるでしょう。せめてこの一年だけでも私の好きなようにさせてはくれませんか』
四神は考えるような表情をした。
『……それとも、”四神の花嫁”に自由は全くないのでしょうか……』
何度も香子の頭をよぎったこと。四神ははっとしたような顔をした。
『違う! 我らはそなたを縛りつけたいわけではない!!』
(でもやってることは違うじゃない)
香子は朱雀を睨んだ。最近こんなことばかりだと香子は思う。
『はっきりさせてください。私の”自由”はどこまであるのですか? 四神宮の表では必ず四神の誰かと一緒にいなければいけないことはわかっています。大祭でも朱雀様か青龍様と一緒にいればいいのではないですか? 私をできるだけ人に見せたくないというのであれば、行程もそのように考えさせればいいだけのこと。それともあれですか、青龍様に抱かれていないから大祭には出られないというのが本当の理由ですか?』
『それもあるが……』
朱雀がまっすぐ香子を見る。
『すまなかった。そなたの気持ちをおろそかにした』
真摯な黒い瞳が香子だけを映す。だからなのか手を取られても振り払おうとは思わなかった。
『そなたはずっと外へ出たいと言っていたな』
『はい』
朱雀の大きな手が香子の手を包み優しくさする。
『我らと共にあればどこに行ってもかまわない。だが、大祭に出るのであれば青龍に抱かれていることが必須条件だ。我らが支援はするが丸一日抱かれ続けることになる。異存はないか』
『え』
香子は振り返って青龍を見る。丸一日とは聞いていない。青龍は口元に笑みを浮かべていた。
『う、うーん……』
複雑である。丸一日以前に”大祭”に出たいから抱かれるというのがそもそも香子としてはどうかと思っているところだ。
(しかも丸一日……)
想像できない。
『即答しかねます……』
やはり青龍に抱かれなければいけないらしい。ただそれ以外は尊重してくれるのだろう。
『でも……もしも青龍様に抱かれたら、その時は大祭に出てもいいですか』
『我らの条件を皇帝が飲めばな』
『その条件とは?』
『行程にもよるが、乗り物以外のそなたの移動は我か青龍が抱いていく。それから、そなたを極力人間に見せないことだ』
全て細かくチェックするつもりらしい。香子はげんなりした。そこまでして、と思わなくもなかったがここでやっぱりいいなどと言おうものなら絶対に外へ出ることはできないだろう。そして当然のことながら外へ出ても自由に何かをすることはできないだろう。きっととても疲れるに違いない。
それでもここにずっと籠っているよりはましだと思う。
どちらにせよ皇帝側が出てほしいと言っているのだ。大概のことはどうにかなるはずである。
『わかりました』
あとは香子の気持ちだ。
(自分が一番厄介かも……)
流されてしまえばいいとも思う。ただこんな気持ちで抱かれて後悔しないだろうか。
香子は首を巡らし、改めて青龍を見る。
青龍はあまり表情が動かないが、今はなんだか嬉しそうに見えた。
四神はまっすぐ香子だけを想っているのにその想いになかなか答えられない自分。香子の倫理観もまた邪魔をする。
それらについて一人で考えればいいのか、それとも誰かに相談した方がいいのかすらわからない。
『香子は困ってばかりだな』
青龍に言われてはっとした。
『我らが困らせているのだ。しかたあるまい』
白虎が言う。本当だよ、と思いつつ、困らせている自覚はあるのだなと確認した。
『……困ってるんですよ。だって恋愛は1:1でするものだと思ってますし。なのにすでに玄武様、朱雀様としちゃってますし。現時点で矛盾してるのに更に青龍様、白虎様となんて』
『複数、という概念であれば二人も四人もかわらぬだろう』
『白虎様、それは極論です』
『……香子には香子なりの考えがあろうが、”四神の花嫁”は四神を受け入れて初めて安定する。そなたの不安定はそこに端を発していると思うが如何か』
それまで黙っていた玄武の言葉になんだか納得した。
”四神の花嫁”はそのようにできている。
(結局……開き直りが肝要なのね……)
それに気付いたからといって青龍にすぐ抱かれるという選択肢はないのだが。
『……少し時間がほしいです。気持ちを整理したいですし……お話もしたいかな』
四神が頷く。話はそれでお開きになった。
香子は嘆息する。
また青龍の室に戻された。とりあえずはこれから青龍を説得しなければならない。
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