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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

68.なんとなく平和です

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『春の大祭?』

 聞き慣れない言葉に、香子は首を傾げた。

『さよう。今年は四神も勢ぞろいされていますし、花嫁様もいらっしゃる。みなはりきって準備を始めているようです』
『はぁ……』

”書”を習った後のお茶の時間である。張錦飛は楽しそうにふぉふぉふぉと笑った。

(バルタン星人か)

 などとくだらないことを考えつつ、かつて耳にしたことがあったかどうか記憶を探ったがわからなかった。

『不勉強で申し訳ないのですが、その”春の大祭”とは具体的にどのようなことを?』
『花嫁様の世界にはありませんでしたか。簡単に申しますと、陛下が天と四神に五穀豊穣の祈りを捧げ、みなでちまきを食べるのです』
(端午の節句……?)

 有名な童謡を思い出す。確か”背くらべ”というタイトルだった。
 大陸は陰暦である。その為”春の大祭”と言うよりは初夏の大祭と言った方が正しい。

(六月ぐらいだったような……でも五穀豊穣の祈りをささげるような日ではなかったと思うけど)

 そこらへんは微妙に違うのだろう。

端午節ドゥワンウージエですか』
『はい』
『私のいたところでは、屈原を偲ぶ日であり、無病息災を祈念した日でもありましたがその意味合いはないのでしょうか?』
『ほうほう……花嫁様のお国でもそうでしたか。元々はそうでしたが時代の変遷、というのですかな。一部の地域ではその風習も残っているようですが、一般的な認識としては五穀豊穣を祈念する大祭となります』
『無病息災から五穀豊穣ですか』
『両方を祈念しているととらえてもよろしいかと。国全体としてはそれほど影響があるわけではないのですが、ここ二、三百年程王都周辺の気候は決してよいとは言えぬのです。しかしおいそれと遷都はできません。それもあって祈りが変わってきたのではないかと思われます』

 二、三百年、と言われてなんとなく香子も合点がいった。おそらく四神の加護が続く期間と関係しているのだろう。しかしさすが大陸といおうか、数十年ではなく数百年単位である。唐という国が比較的平和に続いているからかもしれないが単位が大ざっぱだなと思う。

『二、三百年あれば遷都も可能だったのではないですか?』
『そうですなぁ。おそらくそうした方がいい時期を逃したのやもしれませぬ。当時の方々の考えがわかれば歴史を紐解くのももっと有意義だとは思うのですが』
『確かにそうですね』

 話はそれてしまったが楽しい時間であった。張を見送った後はいつも通り昼食前の支度である。


 ここ三日程も変わらず昼間は青龍と白虎のどちらかと過ごしているが、本来仕えているはずの青藍と白雲の姿を見ていない。黒月から聞いたところによると、一応は仕事の邪魔をしないようにしながらお互いの”つがい”に構っているという。当然のことながらあまり相手にはされていないらしい。
 いい気味だとは思うがつれなくするにも限度というものがある。

(うーん、でも余計なお世話かな……)

 延夕玲にはそれとなく注意しておいた方がいいかもしれないが、結局どうするか決めるのは本人である。
 どちらにせよ陳秀美と夕玲は眷属に嫁ぐことになるだろう。せめてその時に幸せそうな顔をしてくれるのを願うばかりである。


 その翌朝、夕玲がまた少し困った顔をしながら手紙を持ってきた。
 皇太后からの文である。
 あれからまだろくに日は経っていないが、昼に御花園で茶宴を設けるから出席するようにとの連絡だった。

(参加必須なのね)

 香子は苦笑した。

『どなたが参加されるのかしら?』
『ただいま趙主官がお伺いに』
『じゃあ、戻ってきてからお願いね』

 参加者に誰がいようと出席しないという話ではないが、例によって四神の誰かと一緒でなければいけない。

(白虎様は必須でしょ。あとは玄武様か朱雀様だよね……)

 と思っていたのだが今回は違ったらしい。何故か青龍と朱雀を指名された。
 まだ昼なので青龍の腕に収まる。青龍に抱かれて四神宮の外に出たのは初めてかもしれない。そう思ったら香子はなんだか落ち着かない気持ちになった。その様子に四神が気付かないわけもなく、朱雀と青龍は口元にうっすらと笑みを浮かべた。


 黄砂の量は大分落ち着いてきているらしく、以前埃っぽいと感じた回廊も綺麗に見えた。

(もう少ししたらポプラが飛び始めるのかな)

 北京の春は黄砂がひどいが、その後暑くなってくるとポプラの綿が飛び始める。綿毛には種子がついており、ポプラが多いところでは地面が真っ白になることもある。香子がいた北京はまさにその状態で、留学生の間では「五月になると溶けない雪が降る」とも言われていた。ただ香子のいた世界の話では、中国のポプラは植林されたものである。こちらでも大規模な植林がされているかどうかはわからなかった。
 そこここに記憶が散らばっている。王城に、季節に、暮らした年数に。
 いずれこれらも風化してしまうのだろうかと香子はぼんやり思う。

 そうしているうちに御花園の大きな四阿に着く。皇太后が満面の笑みを浮かべて待っていた。
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