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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

63.展開が急でついていけません ※R15

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 一瞬、どこにいるのか、自分が何者なのかわからなかった。


『……香子シャンズ、大丈夫か』

 何故かうろたえた声音で問われ、香子は瞬きをした。目尻や頬が濡れているような気がして、眉を寄せる。
 美しい面が近づいてき、香子の目元や頬を優しく舐めた。

『……玄武様、汚いですよ』
『そなたに汚いところなどあるものか』

 言っても否定されるだろうが言わずにはいられない。顔を舐められながら香子はぼうっと先ほど見ていた夢を反芻する。夢とはよく言ったもので、もうほとんど内容を覚えていなかった。

(胡蝶の夢みたいだった……)

 他人の夢を見させられたような、それとも今のこの現実が夢なのか気持ちも含めてふわふわしている。

(私が先代の花嫁なのかしら……)

 そう一瞬考えてゆるゆると首を振る。そんなはずはなかった。
 あれは明らかに自分ではない。
 根拠はないが香子は確信していた。非科学的だがきっと白虎に寄り添っていた思いが香子の夢に入り込んだのだろう。

(本当のところはわからないけど……)

 ぼうっとしている間に何故か夜着の前がはだけられていた。

『……朱雀様、何をなさっているんです?』

 後ろからするすると手が伸びてきて夜着の中に入り込み、やわやわと香子の膨らみを揉んでいる。

『だめか?』
『ッッ!? ……だめです……』

 甘いテナーの囁きに屈しそうになる己を香子はどうにか抑えた。

『そうか……残念だな……』

 そう言いながらも手の動きはなかなか止まらず、さすがに下に動いていこうとしたのを香子がギュッと掴んだことでやっと止まった。


(朱雀様もデリカシーがないのよね……)

 白虎とは違うが、朱雀は無意識に手が出ているようなかんじだと香子は思う。
 自分の部屋で侍女たちに支度をしてもらいながら、夢の内容を再び反芻しようとしたがあまりうまくいかなかった。霧散、ではなく夢散したようである。

(でも最後に確か、すごく腹が立った気がするのだけど……)

 それが己や前の花嫁を召喚した天皇ティエンホワンに対してなのか、それとも違う何かに対してなのか思い出せない。そしてそれが何故かとても重要なことに思えて香子は眉を寄せた。

(何に怒っていたのかしら?)

 つかめそうでつかめないもどかしさ。そのもやもやはかなり長いこと続いた。


 その日は青龍と過ごすことになっていた。
 その前に二日続けて白虎と過ごしたので、香子は少し申し訳ない気持ちでいた。

『先日は疲れただろう』
『はい、精神的に疲れました……』

 甘えるように寄り添うと当然のように青龍が抱え直してくれた。その秀麗な表をじっと観察する。

(嫌いじゃないわ……)

 最初のうちは生意気な青二才という風情だったが、今は優しい美形の青年という印象である。髪が緑なのを除けば違和感は全くない。

(……白虎様とも仲良くしてほしいって言われたのよね……)

 先日皇太后からかけられた言葉を思い出す。それはただ一緒にいて話をする、という表面通りの”仲良く”ではないだろう。身も心も白虎に捧げろと暗に言われたのだ。青龍と一緒にいる時に他の男のことを考えるのはルール違反ではないかと香子も思うが、白虎のさがを考えた時、白虎に身を許す前に青龍にも抱かれておかなければならない。
 そうしなければ青龍は白虎が身罷るまで香子に触れることができなくなる。

(とても失礼だとは思うけど……)
『どうした?』

 あまりにもじっと見つめていたせいか青龍が困ったように笑んだ。

(うっ……)

 美形の至近距離の笑みには玄武と朱雀で慣れているはずだが、それでも胸がきゅんとしてしまうのは香子が浮気性なだけなのか。

『い、いえ……いろいろ、その、困ったなぁと思って……』

 己が浮気性なのかと一瞬考えて香子はひどくうろたえてしまった。おかげで青龍への返事もしどろもどろになってしまう。

『何を憂う? 我とのことか?』
『……あの、青龍様にはとても失礼をしていると……』
『失礼?』

 香子はあわあわと口をぱくぱくさせた。なんと青龍が香子の顎をクイ、と軽く持ち上げたのだ。途端香子の顔が赤くなる。

『どういうことか?』
『……だって、私……白虎様のことばかり気にしてて……』
『我のことはそれほどでもないと?』
『そ、そういうわけではないんですけど……』

 青龍の目が意地悪そうに細められる。そんな表情も新鮮で香子は顔がひどく熱を持つのを感じた。

『では、試してみるか?』
『え……』

 顔が更に近づいてきて……。

『んんっ!?』

 半開きになっていた口唇の間にするりと舌が入り込み、香子の舌を絡めとる。とっさに逃げを打つ体はやんわりと抱き込まれ、身動きがとれなくなった。

(うそっ……)

 香子からしたら無害だと思っていた草食系男子に襲われているような状況である。以前無害ではないと証明されていたがそれでも油断してしまった。
 青龍の口づけは朱雀や白虎のように奪う、というかんじではない。けれどどうしてか全身を絡めとられているような、そんなとても濃いものだった。香子の目にうっすらと涙が浮かぶ。

(やー……ぁん……)

 以前受けた口づけはこんなものではなかった。青龍の本気を感じ取り、香子は少し怖くなる。
 けれど嫌ではないのが不思議だなとぼんやり思った。
 胸には触れていいと以前言ってしまったせいかそっと漢服の合わせから手が入り込んでくる。大事な部分だと思うのでそんなに触れないでほしかった。

『香子……』

 至近距離で囁くのはやめてほしいと香子は思う。涼やかな声に色を含み、ゾクリ……と背筋が疼いた。

『あっ、の……こんな、こんな体だけというのは……』
『ん?』
『体だけ、その、持って行かれるのは嫌なんです……あんっ……』

 やわやわと胸を揉みながらその頂をキュッとつままれる。小さな突起でひどく感じてしまうのが嫌だった。

『……そなたは我らの”花嫁”、我らに触れられて感じるのは当然のことだ。恥ずかしがることはない。それに、我に対して悪いと思う必要もない』
『あ……』

 香子ははっとした。
 青龍はわかっているのだ。香子の気持ちは白虎に傾いているのだと。そして青龍に対してはまだそれほどでもないと。

『でも……』


『悪いと思うなら我に抱かれよ。そなたを、我の虜にしようぞ……』


『え……』

 色を含んだ眼差しで見つめられながらの言葉に、香子は全身が一気に熱を持つのを感じた。
 身体から捕らえられてしまうなんて。そのまま心まで囚われてしまうなんて。
 想像しただけで香子は身震いした。
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