異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

文字の大きさ
上 下
214 / 608
第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

60.それは青天の霹靂です

しおりを挟む
『花嫁殿がしなければならぬことは他にあるのではないのかえ?』


 香子はとっさに返事ができなかった。
 そんなことは誰かに言われなくても香子自身がよくわかっている。
 香子は目を伏せた。そうしなければ皇太后を睨みつけてしまいそうだった。この場で言ってはならないことを言ってしまいそうだった。
 小刻みに震える手から、お茶の入った蓋碗を取られ、そっとテーブルの上に置かれる。そして守るように抱きしめられた。体温の高い体から与えられる熱に、香子は少しだけほっとする。思ったよりも身体が冷えてしまっていたようだった。

江緑ジャンリー

 香子の頭上からテナーが響く。

『そなたも四神の花嫁についてよく知らぬようだな』

 静かだが怒りを内包した声音に香子は肩を竦めた。ぶわっと溢れるように建物内を充満した威圧感に、恐ろしさと同時に頼もしさも覚える。

(随分遠くへきたものだわ……)

 ほだされている自覚はある。己が召喚された原因に縋るしかないという状態。
 そんなことを考えて現実逃避する。
 けれど皇太后の反応は意外だった。

『……ほ……差し出がましいことを申しました。どうかお許しを』
『皇后といい……二度目はないぞ。朱雀兄、戻りましょう』

 白虎が唸る。朱雀に腕を撫でられ香子は頷こうとしたが、少し気になることがあって顔を上げた。

香子シャンズ?』
『……あの……皇族ってどれぐらい四神や四神の花嫁について理解しているものなんでしょう?』

 皇帝はある程度知っていて当然だが、皇后や皇太后、そして皇太子たちはどうなのだろうと香子は疑問に思ったのだ。皇女に関してはいずれ降嫁するので知らなくても仕方がない。昭正公主のようにちょっかいをかけてくるのは論外だが。
 四神はこの国の守護。
 なのにその花嫁である香子への対応がどうしても解せない。
 皇太后の目が細められる。そして、

『お開きじゃ。花嫁殿とちと話がある故、そなたたちは戻られよ』

 優雅な所作で席を立った。
 皇后はなにか言いたそうだったが、黙って席を立つ。みな一度席を立ち、部屋を出た。
 皇后と徳妃たちは通り一遍の挨拶をすると慈寧宮を後にした。彼女たちの姿が見えなくなると門が閉められる。内密な話なのだなと香子は朱雀の腕の中で居住まいをただした。

『こちらへ』

 案内されたのは更に奥のこぢんまりとした部屋だった。そこが皇太后のプライベートスペースなのだろう。
 小ぶりの圓卓丸テーブルに、先ほどと同じく皇太后の左横に朱雀(香子付き)、右横に白虎が腰掛ける。延夕玲は今度は腰掛けず朱雀の後ろに控えた。侍女がお茶と茶菓子を運んでくる。卓のセッティングがされると皇太后は人払いをした。
 ぞろぞろ……という表現が正しく思えるほど侍女や女官が部屋を出て行き扉が閉められた。

『……誰もいなくなったかえ?』

 皇太后が呟くように言うと、

『大丈夫だ』

 と白虎が応えた。これで部屋の中にいるのは皇太后と夕玲を除いて四神関係者のみとなった。

(それでもけっこうな数だけど……)

 香子が遠い目をしそうになった時、皇太后が香子に向き直った。

『花嫁様』
『? は、はい……』

 聞き慣れない響きに香子も急いで居住まいをただした。

『図々しいことは重々承知しております。数々のご無礼、どうかお許しください』

 そう言うと皇太后は深く頭を下げた。
 後方に控えていた夕玲は目を見開き、黒月もまた眉をピクリと動かす。

(え?)
『あ、え、あのっ……顔を上げてください!』

 これはまさに青天の霹靂と言えよう。香子は慌てて皇太后に手を伸ばした。

『江緑、顔を上げよ』

 白虎は苦笑したようだった。皇太后はゆっくりと顔を上げたが、その表情はひどく硬い。
 その様子に、香子は今までの皇太后の態度が演技だったのだということを悟った。

(まぁ……"老佛爷ラオフオイエ"とまで呼ばれている方が本気で愚かな言動をしているとは思わなかったけど)

 おそらく香子の反応を見ていたのだろうが、そこまでしてリスクを冒す必要があったのかは疑問である。

『あの……老佛爷は何故あのような危険なことを?』

 もし四神の花嫁が本気で皇太后の言動に腹を立てていたらどういうことが起こるのか。それを皇太后本人がわからないはずはないのである。

(皇后は全くわかってなかったみたいだけど……)

 それはそれで頭が痛いが、香子が今考えることではないと頭を切り替える。
 皇太后は口元に笑みを浮かべた。

『……聡明な花嫁様には全て御見通しでしたか』
『いえ……私のような若輩者ではとても老佛爷の意図までは見抜けません。ですが、”四神の花嫁”に皇太后ともあろう方が尊大に振る舞われるのは奇異に感じました』

 素直に答えると、皇太后は声を上げて笑った。

『ほほ……花嫁様は正直でいらっしゃる。確かに妾は花嫁様を試すような真似をしました。誠に申し訳ありません』

 皇太后は言い訳をしなかった。しかしその理由も話す気はないらしい。

(なんとなく想像はつくけど……)

『……老佛爷のお考えあってのことでしょうから今までのことは咎めませんが、まさか本当に夕玲を白虎様の妾にすることなどは……』
『それはありえませぬ』

 皇太后はきっぱりと答えた。香子は内心ほっとする。こればかりはいくら白虎に”おあずけ”をさせている状態でも許容できることではない。

『ならばかまいません。ですが、いずれ理由をお聞かせ願いたいとは思います』
『はい、すぐにとはお約束はできませぬがいずれ』

 とりあえず皇太后が敵ではなかったというのは僥倖だろう。香子はぐったりと朱雀に身をもたせかけた。他にもいろいろ聞きたいことはあるが、今はもう四神宮に戻りたくてしかたない。

『江緑、そなたの侍女や皇后についてはどうするのだ』

 白虎は鋭い眼差しを皇太后に向けた。それに動じることなく皇太后はにっこりと笑む。

『その件につきましてはのぅ、妾が花嫁様の不興を買ったということにして抑えましょうぞ』
『え』
『それではまるで香子が悪いようではないか』

 白虎が唸る。香子は目を白黒させた。

『四神宮には手を出させませぬ。春の大祭の準備が始まる頃までにはおとなしくさせましょう』
『その言葉、違えるでないぞ』
『必ず』

 皇太后の返事を合図に朱雀と白虎が席を立つ。

『夕玲は今宵こちらで預かります』
『あ、はい。お願いします』

 上からではあったが香子は皇太后に頭を下げた。皇太后が満面の笑みを浮かべる。

『落ち着きましたら改めて茶会にお誘いします』
『……はい』

 どうやら香子は皇太后に気に入られてしまったらしい。理由はわからないが、ギスギスした関係よりはずっといいと思うことにした。


『先に戻る』

 建物から出ると、朱雀と白虎はそう言ってその場から消えた。一瞬で変わった景色に香子はきょろきょろする。この空間移動というやつは何度されても慣れることはない。

(そう頻繁でもないけど……)
『玄武兄もお待ちしていることだろう。湯を使うぞ』
『え』

 朱雀に抱かれたまま、香子が浴室に連れ込まれたのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

処理中です...