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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
59.宮廷料理は最高なのです
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晩餐の大まかな流れは前菜、湯、主菜(焼き物類含む)、主食、甜品である。前菜の前に茶とちょっとしたお菓子(豆菓子など)がふるまわれた。
前菜からして量が多く、香子は目を白黒させる。それらが当たり前のように取り分けられるのだが、どうやって食べたものかと香子は困っていた。何故かといえば、今回はとうとう伸ばした爪を保護する為だと装飾を施された指甲套(爪カバー)をつけられてしまったのだ。どうにかお茶の碗を持つことはできたが箸を持つのは難しい。どうしたらいいのだろうかと眉を寄せていたら、当たり前のように口の前においしそうな皮蛋を運ばれたのでついパクリと食べてしまった。
(うん、おいしい。生姜乗せかな。上品だけどこの醤油味がたまらない)
軽く頷いてから、香子は現状を思い出し固まった。
しかしまたも口の前に味付けのうずらの卵が差し出される。いろいろなスパイスの香りが脳を刺激する。
(五香かな。八角の香りがする……)
やはり耐えることができず、香子は諦めて口を開けた。彼女の椅子兼給餌をしている朱雀は上機嫌である。それとは対照的に左隣からきつい視線を感じたが、さすがに口を出すことはしないだろうと香子はほっておくことにした。右隣の皇太后からは特に敵意は感じられなかったからである。
しかし当然のことだが、皇太后が黙っているはずもなく。
『四神宮では毎回こうなのかえ?』
笑いを含んだ声で聞かれ、香子はうっと詰まった。
もちろんこんなことはめったにない。先日は爪がなかなか乾かなかったせいだし、と思ったところで赤面した。そういえば朝食は手で食べられる物が多いせいか玄武や朱雀の手から直接食べていることもあり……。
(うわあああああ!!)
内心叫びながらもぎゅもぎゅと咀嚼する。今度は琥珀茸の和え物である。これがまたおいしい。
『残念ながら毎回ではない。我らとしては毎回でもいいのだが』
不機嫌さを隠しもせず、白虎がさらりと言う。皇太后は笑った。
『確か、”手ずから食べさせる”意味は求愛なのだとか……以前聞いたような気がしますな』
『それもあるが、正確ではない。”食べさせる”のは唯一無二の証。そなたに茶化されるようなことではない』
香子を置いてなされる会話にいたたまれなくなる。白虎の機嫌がどんどん降下しているのがわかるだけに尚更。
『それは失礼しました。茶化したつもりはありませぬ。ただ、このような光景は初めて目にしましたから』
『先帝とは仲がよかったと聞いたような気がしたが』
『まぁ……白虎様ったら』
矛先が自分からそれて香子はほっとした。野菜や揚げた魚、卵類を食べさせると、朱雀は当たり前のように肉類を己の口に運ぶ。肉が嫌いなわけではないのだが、どうも大陸の肉の匂いはきつくて香子の口に合わない。それを理解してスマートに避けてくれるところに惚れ直してしまう。
特にゲテモノがないことに香子は内心ほっとした。宮廷料理というと上品というイメージもあるが、中国人は食を追求するところがあるのでゲテモノも多いという印象があった。
前菜だけでも沢山の種類があり、これだけでお腹いっぱいになりそうである。
けれど基本残すのが美徳なので、大皿に料理が残った状態で下げられてしまい湯を出された。
(海老のにんにく蒸しいいいいい!)
とまだ皿に乗っていた物に未練を残してしまうのはやはり庶民ゆえなのか。しかし湯を見て香子は目を輝かせた。
(この……白いものはもしや……アワビ?)
白い湯の中にしめじと野菜、きくらげ、そして貝のようなものが見える。給仕が『アワビのスープでございます』というのを聞いて香子は相好を崩した。朱雀に食べさせてもらわないといけないのが不満といえば不満だが、それを凌駕するほどアワビはおいしかった。
(大きいし、しかもこのコリコリとした食感がたまらん!)
湯の後は主菜である。野菜はほとんどなく肉や海産物が主なのはしかたない。
(北京は内陸なのによくもまぁ……)
中国の地図を見ると北京は比較的海に近い方だが、一番近い海沿いの街である天津まで直線距離で百十公理はある。現代ならいざ知らず、そこから運ぶというだけでもたいへんなはずだ。
桂魚の姿蒸し、なまこと蟹味噌入りイカ団子、羊肉の丸焼き、フカヒレの姿煮、伊勢えびの唐辛子炒め、北京烤鸭ほか錚々たるラインナップである。
(さ・か・な! フ・カ・ヒ・レ! 北京ダック!)
さすがにここまでくると香子は遠慮を忘れることにした。桂魚は淡水魚である。白身で癖がなくプリッとした食感で香子も何度か食べたことがある高級食材の一つだ。
フカヒレはいうまでもなくまっしぐらな食材といえよう。身は箸でしっかり持てるのに口どけのなんとよいことか。まさに天にも昇る心地とはこのことである。
北京名物で有名である北京烤鸭はその場で切り分けられた。パリパリの皮だけでなく内側の肉も一緒に豪快に切り分けたそれはなんともおいしそうだった。肉があまり好きでない香子も食べるぐらい北京烤鸭はおいしい。
手のひらより一回り大きいぐらいの円いクレープ生地のような物にきゅうりの細切り、白髪ねぎ、たれをつけた肉を乗せ包んだものが差し出される。かぶりつけばジューシーな肉の食感ときゅうりのパリパリ感に香子は思わず笑みを浮かべた。
『……ほんに花嫁殿はおいしそうにいただきますな』
(おいしいですから!)
皇太后の呟きに口の中の物を咀嚼しながら心の中で返事をする。やはり中華料理は最高、中華料理万歳である。
その後北京烤鸭の内側の肉を使った炒飯や海老入りの水餃子などが出てきて香子はご満悦だった。
なにせ使われている海老の大きさが違う。それだけで幸せというものだ。
一通り食べると最後に甜品が出てきた。果物の盛り合わせや棗、無花果のシロップ煮、マンゴープリンなど普通の人なら食べきれない量である。
それらをあらかた食べ終え、香子はお茶に口をつけた。ほうっと満足のため息をつく。
しかし当然ながらそれだけで終わるはずはない。
『花嫁殿はお茶だけでなく歴史にも興味があるとか』
『あ、はい……。私がいたところとは歴史が違うので興味があります』
答えると、皇太后は口元に笑みを浮かべた。けれど目は笑っていない。
『じゃがのう……』
その後に続けられた言葉に、香子は顔色を無くした。
前菜からして量が多く、香子は目を白黒させる。それらが当たり前のように取り分けられるのだが、どうやって食べたものかと香子は困っていた。何故かといえば、今回はとうとう伸ばした爪を保護する為だと装飾を施された指甲套(爪カバー)をつけられてしまったのだ。どうにかお茶の碗を持つことはできたが箸を持つのは難しい。どうしたらいいのだろうかと眉を寄せていたら、当たり前のように口の前においしそうな皮蛋を運ばれたのでついパクリと食べてしまった。
(うん、おいしい。生姜乗せかな。上品だけどこの醤油味がたまらない)
軽く頷いてから、香子は現状を思い出し固まった。
しかしまたも口の前に味付けのうずらの卵が差し出される。いろいろなスパイスの香りが脳を刺激する。
(五香かな。八角の香りがする……)
やはり耐えることができず、香子は諦めて口を開けた。彼女の椅子兼給餌をしている朱雀は上機嫌である。それとは対照的に左隣からきつい視線を感じたが、さすがに口を出すことはしないだろうと香子はほっておくことにした。右隣の皇太后からは特に敵意は感じられなかったからである。
しかし当然のことだが、皇太后が黙っているはずもなく。
『四神宮では毎回こうなのかえ?』
笑いを含んだ声で聞かれ、香子はうっと詰まった。
もちろんこんなことはめったにない。先日は爪がなかなか乾かなかったせいだし、と思ったところで赤面した。そういえば朝食は手で食べられる物が多いせいか玄武や朱雀の手から直接食べていることもあり……。
(うわあああああ!!)
内心叫びながらもぎゅもぎゅと咀嚼する。今度は琥珀茸の和え物である。これがまたおいしい。
『残念ながら毎回ではない。我らとしては毎回でもいいのだが』
不機嫌さを隠しもせず、白虎がさらりと言う。皇太后は笑った。
『確か、”手ずから食べさせる”意味は求愛なのだとか……以前聞いたような気がしますな』
『それもあるが、正確ではない。”食べさせる”のは唯一無二の証。そなたに茶化されるようなことではない』
香子を置いてなされる会話にいたたまれなくなる。白虎の機嫌がどんどん降下しているのがわかるだけに尚更。
『それは失礼しました。茶化したつもりはありませぬ。ただ、このような光景は初めて目にしましたから』
『先帝とは仲がよかったと聞いたような気がしたが』
『まぁ……白虎様ったら』
矛先が自分からそれて香子はほっとした。野菜や揚げた魚、卵類を食べさせると、朱雀は当たり前のように肉類を己の口に運ぶ。肉が嫌いなわけではないのだが、どうも大陸の肉の匂いはきつくて香子の口に合わない。それを理解してスマートに避けてくれるところに惚れ直してしまう。
特にゲテモノがないことに香子は内心ほっとした。宮廷料理というと上品というイメージもあるが、中国人は食を追求するところがあるのでゲテモノも多いという印象があった。
前菜だけでも沢山の種類があり、これだけでお腹いっぱいになりそうである。
けれど基本残すのが美徳なので、大皿に料理が残った状態で下げられてしまい湯を出された。
(海老のにんにく蒸しいいいいい!)
とまだ皿に乗っていた物に未練を残してしまうのはやはり庶民ゆえなのか。しかし湯を見て香子は目を輝かせた。
(この……白いものはもしや……アワビ?)
白い湯の中にしめじと野菜、きくらげ、そして貝のようなものが見える。給仕が『アワビのスープでございます』というのを聞いて香子は相好を崩した。朱雀に食べさせてもらわないといけないのが不満といえば不満だが、それを凌駕するほどアワビはおいしかった。
(大きいし、しかもこのコリコリとした食感がたまらん!)
湯の後は主菜である。野菜はほとんどなく肉や海産物が主なのはしかたない。
(北京は内陸なのによくもまぁ……)
中国の地図を見ると北京は比較的海に近い方だが、一番近い海沿いの街である天津まで直線距離で百十公理はある。現代ならいざ知らず、そこから運ぶというだけでもたいへんなはずだ。
桂魚の姿蒸し、なまこと蟹味噌入りイカ団子、羊肉の丸焼き、フカヒレの姿煮、伊勢えびの唐辛子炒め、北京烤鸭ほか錚々たるラインナップである。
(さ・か・な! フ・カ・ヒ・レ! 北京ダック!)
さすがにここまでくると香子は遠慮を忘れることにした。桂魚は淡水魚である。白身で癖がなくプリッとした食感で香子も何度か食べたことがある高級食材の一つだ。
フカヒレはいうまでもなくまっしぐらな食材といえよう。身は箸でしっかり持てるのに口どけのなんとよいことか。まさに天にも昇る心地とはこのことである。
北京名物で有名である北京烤鸭はその場で切り分けられた。パリパリの皮だけでなく内側の肉も一緒に豪快に切り分けたそれはなんともおいしそうだった。肉があまり好きでない香子も食べるぐらい北京烤鸭はおいしい。
手のひらより一回り大きいぐらいの円いクレープ生地のような物にきゅうりの細切り、白髪ねぎ、たれをつけた肉を乗せ包んだものが差し出される。かぶりつけばジューシーな肉の食感ときゅうりのパリパリ感に香子は思わず笑みを浮かべた。
『……ほんに花嫁殿はおいしそうにいただきますな』
(おいしいですから!)
皇太后の呟きに口の中の物を咀嚼しながら心の中で返事をする。やはり中華料理は最高、中華料理万歳である。
その後北京烤鸭の内側の肉を使った炒飯や海老入りの水餃子などが出てきて香子はご満悦だった。
なにせ使われている海老の大きさが違う。それだけで幸せというものだ。
一通り食べると最後に甜品が出てきた。果物の盛り合わせや棗、無花果のシロップ煮、マンゴープリンなど普通の人なら食べきれない量である。
それらをあらかた食べ終え、香子はお茶に口をつけた。ほうっと満足のため息をつく。
しかし当然ながらそれだけで終わるはずはない。
『花嫁殿はお茶だけでなく歴史にも興味があるとか』
『あ、はい……。私がいたところとは歴史が違うので興味があります』
答えると、皇太后は口元に笑みを浮かべた。けれど目は笑っていない。
『じゃがのう……』
その後に続けられた言葉に、香子は顔色を無くした。
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