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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
53.これは世界レベルの誘拐だと思います
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連れて行かれたのはいつも通り玄武の室だった。
朱雀と玄武が浮かんだのは消去法でしかない。
この世界で香子の境遇による現在の心理状況を理解できる者はいない。
それをわかっている自分が一番嫌だと香子は思う。
黒月は自分の守護だが考え方は四神側。同じ女性でも四神の眷属ではこの複雑な心理が理解できるはずもない。他の三人の眷属は言わずもがなである。
そうなると、先代の花嫁のことを知っているものに縋るしかない。
(朱雀様と、玄武様ぐらいよね……)
白虎も知っているかもしれないが、先代の花嫁に寄り添う立場ではなかった。
話を聞いてくれとは言ったが正直香子も何を話したらいいのかわからない。
心の中がぐちゃぐちゃで、頭の中ではあれもこれも考えていて何もかもがうまく言葉にできない。それでも彼らは香子をせかすでもなく抱きしめていてくれるから少しは安心できた。
結局この世界で香子は彼らに頼るしかない。
”四神の花嫁”という立場でしかこの世界にいる意味はないのだ。
(ああ、そうか……)
いろいろぐちゃぐちゃと考えて、香子は腹が立ってきた。
いくら本やドラマで好きな中国歴史を思わせる世界でも、いきなりそこで暮らせなんて言われたら混乱する。
困っている時に『貴女は我らの花嫁だ』なんて言われたらその存在に縋りたくなるのは必然だと思う。
そうして”四神の花嫁”という立場を与えられ、ちやほやされ、貴方がここにきた使命はこれなんだとか言われたらそういうものだと思うだろう。
だってそれに縋るしかないのだから。
はっきりいってこれは世界レベルの誘拐だ。
もちろん誘拐したのは四神ではないが、香子が四神に好意を寄せるように設計された茶番とも言える。
それに一か月も気付かなかったのは常に誰かと一緒にいさせられたからだと思う。自分一人でいる時間が増えれば増えるだけ冷静になるのも早い。つまり香子を常に落ち着かない環境にいさせ、正常な思考をさせないようにしていたと考えられる。
そうさせたのは誰か?
もちろん香子を攫ってきたという天皇である。
四神は当然三皇の下にいる。四神は最初から四神だったのか、それとも実際にいた動物が四神になったのかはわからない。どちらにせよ四神はまるでプログラムされたように”四神の花嫁”に想いを寄せる。そしてそれに疑問を一切持たない。
まるでいろいろなことに疑問を持つ香子がおかしく見える。
香子は知らず知らずのうちに涙をこぼした。
なんの疑問も持たない四神を憐れんでのことではない。彼らはそういうものだからしかたないのだ。
四神は与えられた花嫁を愛するもの。
逆を言えば天皇が指定した花嫁以外を愛することはない。
そうなるとやはり香子は”四神の花嫁”なのだ。
天皇が何を考えて異世界から香子を連れてきたのかはわからない。どちらにせよ神様の考え方などわかるはずもない。きっと聞いたところでぶん殴ってやりたくなるだけかもしれない。
でも香子は聞きたいと思う。
せめてこの世界で生をまっとうする間に。
『……玄武様……天皇から応えは……ないですよね?』
『すまぬが、ないな』
『ですよね……』
後ろから申し訳なさそうな声を聞きながら呟く。
『すいませんがもっと頻繁に呼びかけをしてもらっていいですか? なんかもう腹が立ってしょうがないので』
『香子は……怒っているのか?』
目の前で、こぼれる涙をぬぐってくれていた朱雀が少し驚いたような声を出した。香子はそれに少しだけ笑った。
『だって私、元の世界で何も困ってなかったんですよ? これから帰国して、お母さんの作るひじき食べて、就職活動して、どっかの企業に入って働いて、いつか結婚とかできたらいいなーとか考えてたんですもの。それを勝手にこの世界に連れてこられてお前は”四神の花嫁”とかわけわかんないですよ!!』
『……それもそうだな』
『ああもうそう考えたらあの皇帝にも腹が立ってきた!! アイツ私のこと見て「小丫头(小娘)」って言ったんですよ最初! しかも髪の色のことまで言ってきて! 人が自分の髪を何色に染めていようがいいじゃないですか!?』
苦笑する朱雀にまくしたてる。
『そうだな。”紅”はそなたに似合っている』
『だからそんないい声で口説きモード入らないでくださいよ! もう私メンクイなんですからね! しかも玄武様の声も朱雀様の声も超好みで聞いてるだけで胸がドキドキしちゃうんですから勘弁してくださいよ!』
『そうか、そなたはそんなに我らの声が好みなのか……』
『……って、あれ?』
なんだか朱雀と玄武が先ほどまで近い気がする。しかも話がずれているような気も。
(あ、声……)
顔が好みだとは伝えた気がするが声についてはまだ言っていなかったかもしれない。香子は内心冷や汗をかいた。
『香子……』
耳元で響くバリトンに香子はその身を震わせた。
『ダメです! 今夜は私の話を聞く約束です!』
ビシッと言うが朱雀から色っぽい流し目を向けられてうっと詰まる。
『そうであったな。天皇にはもう少し呼びかけを増やしてみよう』
わざとではないだろうかと思うほど色気を含んだバリトンが耳元で囁かれる。
『……っ! お、お願いします……』
とりあえずまともな思考ができないことは確かだった。
(ううう……なしくずし……)
そう思いながらも身体に絡みついてくる腕を拒み切れない。例え四神の香子への想いがプログラムされたものであっても、香子もまた玄武と朱雀を愛しく思うのだからしかたない。
まだ心も頭もぐちゃぐちゃだし何も納得していない。ただ天皇は香子を元の世界に返してくれる気はなさそうだし、さしあたってこの世界で苦労はない。
『……国で食べていた物が食べたいです。この国の歴史とか文化とかも勉強したいです』
とりあえず要求を口にしてみる。
『食べ物か……どういうものか教えてくれれば料理長にかけあわせよう。歴史や文化となると専任の老師が必要となるか』
『あ、文字もしっかり習いたいですね。せめて目録をすんなり読めるようになりたいです』
『十分読めるのではないか?』
『繁体字は苦手なんですよ』
そんなやりとりをしながらその日の夜は過ぎていった。
香子が玄武と朱雀に抱かれたかどうかは……闇のみが知っていることである。
朱雀と玄武が浮かんだのは消去法でしかない。
この世界で香子の境遇による現在の心理状況を理解できる者はいない。
それをわかっている自分が一番嫌だと香子は思う。
黒月は自分の守護だが考え方は四神側。同じ女性でも四神の眷属ではこの複雑な心理が理解できるはずもない。他の三人の眷属は言わずもがなである。
そうなると、先代の花嫁のことを知っているものに縋るしかない。
(朱雀様と、玄武様ぐらいよね……)
白虎も知っているかもしれないが、先代の花嫁に寄り添う立場ではなかった。
話を聞いてくれとは言ったが正直香子も何を話したらいいのかわからない。
心の中がぐちゃぐちゃで、頭の中ではあれもこれも考えていて何もかもがうまく言葉にできない。それでも彼らは香子をせかすでもなく抱きしめていてくれるから少しは安心できた。
結局この世界で香子は彼らに頼るしかない。
”四神の花嫁”という立場でしかこの世界にいる意味はないのだ。
(ああ、そうか……)
いろいろぐちゃぐちゃと考えて、香子は腹が立ってきた。
いくら本やドラマで好きな中国歴史を思わせる世界でも、いきなりそこで暮らせなんて言われたら混乱する。
困っている時に『貴女は我らの花嫁だ』なんて言われたらその存在に縋りたくなるのは必然だと思う。
そうして”四神の花嫁”という立場を与えられ、ちやほやされ、貴方がここにきた使命はこれなんだとか言われたらそういうものだと思うだろう。
だってそれに縋るしかないのだから。
はっきりいってこれは世界レベルの誘拐だ。
もちろん誘拐したのは四神ではないが、香子が四神に好意を寄せるように設計された茶番とも言える。
それに一か月も気付かなかったのは常に誰かと一緒にいさせられたからだと思う。自分一人でいる時間が増えれば増えるだけ冷静になるのも早い。つまり香子を常に落ち着かない環境にいさせ、正常な思考をさせないようにしていたと考えられる。
そうさせたのは誰か?
もちろん香子を攫ってきたという天皇である。
四神は当然三皇の下にいる。四神は最初から四神だったのか、それとも実際にいた動物が四神になったのかはわからない。どちらにせよ四神はまるでプログラムされたように”四神の花嫁”に想いを寄せる。そしてそれに疑問を一切持たない。
まるでいろいろなことに疑問を持つ香子がおかしく見える。
香子は知らず知らずのうちに涙をこぼした。
なんの疑問も持たない四神を憐れんでのことではない。彼らはそういうものだからしかたないのだ。
四神は与えられた花嫁を愛するもの。
逆を言えば天皇が指定した花嫁以外を愛することはない。
そうなるとやはり香子は”四神の花嫁”なのだ。
天皇が何を考えて異世界から香子を連れてきたのかはわからない。どちらにせよ神様の考え方などわかるはずもない。きっと聞いたところでぶん殴ってやりたくなるだけかもしれない。
でも香子は聞きたいと思う。
せめてこの世界で生をまっとうする間に。
『……玄武様……天皇から応えは……ないですよね?』
『すまぬが、ないな』
『ですよね……』
後ろから申し訳なさそうな声を聞きながら呟く。
『すいませんがもっと頻繁に呼びかけをしてもらっていいですか? なんかもう腹が立ってしょうがないので』
『香子は……怒っているのか?』
目の前で、こぼれる涙をぬぐってくれていた朱雀が少し驚いたような声を出した。香子はそれに少しだけ笑った。
『だって私、元の世界で何も困ってなかったんですよ? これから帰国して、お母さんの作るひじき食べて、就職活動して、どっかの企業に入って働いて、いつか結婚とかできたらいいなーとか考えてたんですもの。それを勝手にこの世界に連れてこられてお前は”四神の花嫁”とかわけわかんないですよ!!』
『……それもそうだな』
『ああもうそう考えたらあの皇帝にも腹が立ってきた!! アイツ私のこと見て「小丫头(小娘)」って言ったんですよ最初! しかも髪の色のことまで言ってきて! 人が自分の髪を何色に染めていようがいいじゃないですか!?』
苦笑する朱雀にまくしたてる。
『そうだな。”紅”はそなたに似合っている』
『だからそんないい声で口説きモード入らないでくださいよ! もう私メンクイなんですからね! しかも玄武様の声も朱雀様の声も超好みで聞いてるだけで胸がドキドキしちゃうんですから勘弁してくださいよ!』
『そうか、そなたはそんなに我らの声が好みなのか……』
『……って、あれ?』
なんだか朱雀と玄武が先ほどまで近い気がする。しかも話がずれているような気も。
(あ、声……)
顔が好みだとは伝えた気がするが声についてはまだ言っていなかったかもしれない。香子は内心冷や汗をかいた。
『香子……』
耳元で響くバリトンに香子はその身を震わせた。
『ダメです! 今夜は私の話を聞く約束です!』
ビシッと言うが朱雀から色っぽい流し目を向けられてうっと詰まる。
『そうであったな。天皇にはもう少し呼びかけを増やしてみよう』
わざとではないだろうかと思うほど色気を含んだバリトンが耳元で囁かれる。
『……っ! お、お願いします……』
とりあえずまともな思考ができないことは確かだった。
(ううう……なしくずし……)
そう思いながらも身体に絡みついてくる腕を拒み切れない。例え四神の香子への想いがプログラムされたものであっても、香子もまた玄武と朱雀を愛しく思うのだからしかたない。
まだ心も頭もぐちゃぐちゃだし何も納得していない。ただ天皇は香子を元の世界に返してくれる気はなさそうだし、さしあたってこの世界で苦労はない。
『……国で食べていた物が食べたいです。この国の歴史とか文化とかも勉強したいです』
とりあえず要求を口にしてみる。
『食べ物か……どういうものか教えてくれれば料理長にかけあわせよう。歴史や文化となると専任の老師が必要となるか』
『あ、文字もしっかり習いたいですね。せめて目録をすんなり読めるようになりたいです』
『十分読めるのではないか?』
『繁体字は苦手なんですよ』
そんなやりとりをしながらその日の夜は過ぎていった。
香子が玄武と朱雀に抱かれたかどうかは……闇のみが知っていることである。
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