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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
50.やっぱり気になるのです
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茶会の翌日、多少アクシデントはあったものの香子は延夕玲に手伝ってもらい皇太后に礼状をしたためた。
大学で手紙の書き方の定型など一通り習ってはいたが、さすがに皇族への礼状の書き方は知らない。そもそもの話身分の高い人への手紙の書き方なんて日本語でだって調べなければ無理だろう。漢字も香子が習ってきた簡体字ではなく繁体字である。句読点もなく、当然文語だ。どうにか読むことはできても自分で書くことは難しい。それだけでなく実は毛筆も苦手だった。
もっときちんと習字にも取り組んでいればよかったと後悔しきりである。
そんなわけで形式も含めて延に代筆してもらった。
(……やっぱり誰か先生を手配してもらうようよね……。政治、経済は首突っ込むとうるさそうだから、歴史……それから文字、国語を教えてもらいたいな……)
紙が乾くのを待つ間に夕玲話しかける。
『ねぇ……文字とかって、小さい頃から習っているものなの?』
夕玲は一瞬戸惑うような表情をしたが、ピンと背筋を伸ばし、『はい』と挑むように答えた。
香子は目を丸くする。もしかしたら失礼なことを聞いたのかもしれないと内心頭を抱えた。全体の歴史は好きで学んだつもりだったが、女性に対しての教育や女性がどういう立場なのかということまでは掘り下げて調べなかった気がする。
『ええと……気を悪くしたのならごめんなさいね。まだこちらのことがよくわかっていなくて……。私がいたところでは男女関係なく学校に行って勉強をするの。でもここはそうではないでしょう? だから女性はどうやって勉強をしているのかしらと思って……』
慌てて香子は言い訳をする。夕玲は少し考えるような顔をした。
『……こちらでは、屋敷に老師を招くのが一般的かと』
『家庭教師みたいなものね。では市井の者たちはどうなのかしら?』
『…………』
夕玲は眉間に皺を寄せた。
『……申し訳ありません、市井の者たちについてはわかりません』
固い口調で答える夕玲に、さもありなんと思う。
夕玲は確か皇太后の血縁だったということを思い出す。皇族、ではないだろうがお姫様と呼んでも差し支えない気がする。そのお姫様を女官として使っている自分は何様なんだろうと、香子は首を傾げた。そのまま夕玲を見やる。なにか言いたそうな表情をしていた。
『夕玲、何か?』
声をかけると、夕玲ははっとしたように目をそらした。
『いえ……なんでもありません。たいへん失礼しました』
(そのうち、仲良くなれるといいな)
美人は三日で飽きるなんて嘘だと、改めて香子は思う。きっとフられた男が腹いせにそんなことを言ったに違いない。
しかし目下のところ香子が気になっていることはようよう知れない。
その夜黒月をまた無理矢理風呂に付き合わせた。
『……うーん……』
どうしたらいいだろうかとぐるぐる考えていると、仕方なくというように黒月が声をかけてきた。
『何を唸ってらっしゃるのです? おなかでも痛いのですか?』
『……黒月さんが冷たい……』
言っている内容もそうだが声音までブリザードだ。
『ですから、仕える者に”さん”付けはしないようにと……』
『わかってますー。直しますー』
投げやりな言い方をすれば、黒月のこめかみに青筋がうっすらと浮かんだ。
『だってこういうの苦手なんだもの。女同士の腹の探り合いみたいなー』
『? なんの話ですか?』
『黒月ほどわかりやすければ、面と向かって話をすれば多少はすっきりするかもしれないけど、相手は皇太后のお気に入りだよ?』
『……ほう、それは私が愚かだと言いたいのですか……?』
お風呂にしっかりつかっているのになんだか冷気を感じる。けれど香子はやめなかった。
『絶対あの上品な面の裏にどろどろとしたものを抱えてて、どうやって四神の花嫁なんていう得体の知れない女を陥れようか考えてるかもしれないじゃなーい?』
『だとしたら由々しき問題ですな』
『あー、でも嬷嬷みたいなわかりやすい人もいるからどうなんだろう? 皇太后はわかってて彼女につけたんだよねー』
『で、いったいなんの話なのでしょうか?』
そろそろ黒月も限界のようだ。見た目硬質な美貌のナイスバディなお姉さんなのだが、こと恋愛関係においてはからっきしである。
正直そういう話を遠慮なくできる女友達が欲しいと香子は思う。
『夕玲のことよ。実際彼女が想いを寄せてるのは誰なのかしら?』
黒月は眉を寄せた。
『……それは、花嫁様に気になされる必要は……』
『気にするに決まってるじゃない。白虎様が好きだというならじっくり話し合わなければいけないわ。でもなんだか……そんなふうには見えないのよね』
最後の方は呟くように言ってちら、と侍女たちを窺うと、果たして彼女たちはうんうんと頷いていた。自分よりは間違いなく観察眼のある(であろう)侍女たちが同意するならばそうなのだろう。かといって青藍の言う通り青藍に想いがあるとは思えない。
(でもなんかこう……引っ掛かるのよね……)
さすがに青藍が夕玲を”つがい”と認識していることを公表するわけにはいかないので、香子は自分なりに知恵をしぼってみた。
『じゃあ……例えばなんだけど、夕玲が好きな方って誰だと思う? 次の中から選んでくれない?』
黒月や侍女たちを見まわして言うと、黒月はあからさまに嫌そうな顔をしたが、侍女たちは反対に瞳を輝かせて何度も頷いてくれた。それに励まされるようにして香子は続ける。
『一、四神の内の誰か。
二、青藍。
三、白雲。
四、紅夏。
五、その他の誰か。
六、誰にも想いを寄せていない。
さぁ、どれだと思う?』
結果として、『たぶん……』と前置きして侍女たちが選んだのは……。
『え』
まさかの白雲だった。
大学で手紙の書き方の定型など一通り習ってはいたが、さすがに皇族への礼状の書き方は知らない。そもそもの話身分の高い人への手紙の書き方なんて日本語でだって調べなければ無理だろう。漢字も香子が習ってきた簡体字ではなく繁体字である。句読点もなく、当然文語だ。どうにか読むことはできても自分で書くことは難しい。それだけでなく実は毛筆も苦手だった。
もっときちんと習字にも取り組んでいればよかったと後悔しきりである。
そんなわけで形式も含めて延に代筆してもらった。
(……やっぱり誰か先生を手配してもらうようよね……。政治、経済は首突っ込むとうるさそうだから、歴史……それから文字、国語を教えてもらいたいな……)
紙が乾くのを待つ間に夕玲話しかける。
『ねぇ……文字とかって、小さい頃から習っているものなの?』
夕玲は一瞬戸惑うような表情をしたが、ピンと背筋を伸ばし、『はい』と挑むように答えた。
香子は目を丸くする。もしかしたら失礼なことを聞いたのかもしれないと内心頭を抱えた。全体の歴史は好きで学んだつもりだったが、女性に対しての教育や女性がどういう立場なのかということまでは掘り下げて調べなかった気がする。
『ええと……気を悪くしたのならごめんなさいね。まだこちらのことがよくわかっていなくて……。私がいたところでは男女関係なく学校に行って勉強をするの。でもここはそうではないでしょう? だから女性はどうやって勉強をしているのかしらと思って……』
慌てて香子は言い訳をする。夕玲は少し考えるような顔をした。
『……こちらでは、屋敷に老師を招くのが一般的かと』
『家庭教師みたいなものね。では市井の者たちはどうなのかしら?』
『…………』
夕玲は眉間に皺を寄せた。
『……申し訳ありません、市井の者たちについてはわかりません』
固い口調で答える夕玲に、さもありなんと思う。
夕玲は確か皇太后の血縁だったということを思い出す。皇族、ではないだろうがお姫様と呼んでも差し支えない気がする。そのお姫様を女官として使っている自分は何様なんだろうと、香子は首を傾げた。そのまま夕玲を見やる。なにか言いたそうな表情をしていた。
『夕玲、何か?』
声をかけると、夕玲ははっとしたように目をそらした。
『いえ……なんでもありません。たいへん失礼しました』
(そのうち、仲良くなれるといいな)
美人は三日で飽きるなんて嘘だと、改めて香子は思う。きっとフられた男が腹いせにそんなことを言ったに違いない。
しかし目下のところ香子が気になっていることはようよう知れない。
その夜黒月をまた無理矢理風呂に付き合わせた。
『……うーん……』
どうしたらいいだろうかとぐるぐる考えていると、仕方なくというように黒月が声をかけてきた。
『何を唸ってらっしゃるのです? おなかでも痛いのですか?』
『……黒月さんが冷たい……』
言っている内容もそうだが声音までブリザードだ。
『ですから、仕える者に”さん”付けはしないようにと……』
『わかってますー。直しますー』
投げやりな言い方をすれば、黒月のこめかみに青筋がうっすらと浮かんだ。
『だってこういうの苦手なんだもの。女同士の腹の探り合いみたいなー』
『? なんの話ですか?』
『黒月ほどわかりやすければ、面と向かって話をすれば多少はすっきりするかもしれないけど、相手は皇太后のお気に入りだよ?』
『……ほう、それは私が愚かだと言いたいのですか……?』
お風呂にしっかりつかっているのになんだか冷気を感じる。けれど香子はやめなかった。
『絶対あの上品な面の裏にどろどろとしたものを抱えてて、どうやって四神の花嫁なんていう得体の知れない女を陥れようか考えてるかもしれないじゃなーい?』
『だとしたら由々しき問題ですな』
『あー、でも嬷嬷みたいなわかりやすい人もいるからどうなんだろう? 皇太后はわかってて彼女につけたんだよねー』
『で、いったいなんの話なのでしょうか?』
そろそろ黒月も限界のようだ。見た目硬質な美貌のナイスバディなお姉さんなのだが、こと恋愛関係においてはからっきしである。
正直そういう話を遠慮なくできる女友達が欲しいと香子は思う。
『夕玲のことよ。実際彼女が想いを寄せてるのは誰なのかしら?』
黒月は眉を寄せた。
『……それは、花嫁様に気になされる必要は……』
『気にするに決まってるじゃない。白虎様が好きだというならじっくり話し合わなければいけないわ。でもなんだか……そんなふうには見えないのよね』
最後の方は呟くように言ってちら、と侍女たちを窺うと、果たして彼女たちはうんうんと頷いていた。自分よりは間違いなく観察眼のある(であろう)侍女たちが同意するならばそうなのだろう。かといって青藍の言う通り青藍に想いがあるとは思えない。
(でもなんかこう……引っ掛かるのよね……)
さすがに青藍が夕玲を”つがい”と認識していることを公表するわけにはいかないので、香子は自分なりに知恵をしぼってみた。
『じゃあ……例えばなんだけど、夕玲が好きな方って誰だと思う? 次の中から選んでくれない?』
黒月や侍女たちを見まわして言うと、黒月はあからさまに嫌そうな顔をしたが、侍女たちは反対に瞳を輝かせて何度も頷いてくれた。それに励まされるようにして香子は続ける。
『一、四神の内の誰か。
二、青藍。
三、白雲。
四、紅夏。
五、その他の誰か。
六、誰にも想いを寄せていない。
さぁ、どれだと思う?』
結果として、『たぶん……』と前置きして侍女たちが選んだのは……。
『え』
まさかの白雲だった。
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