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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

47.雑談は楽しいのです

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 それまで厳しい表情を崩さなかった白虎だが、香子の縋るような視線を受けて苦笑した。それを観察していた皇太后が一瞬目を見開く。そうして皇帝の言葉まで無視して機嫌よさそうに言った。

『花嫁殿、このお茶の名がわかるかえ?』

 実の息子とはいえいくらなんでも皇帝を無視するのは如何なものか。

(まぁ私には関係ないか……)

 かなり失礼なことを思いつつ、『……東方美人かと思われますが』と答えた。
 確か元の世界では台湾産の烏龍茶のはずだが、この世界にも台湾はあるのだろうか。(地理的な意味で)それとも福建省辺りで栽培しているのだろうかなどととりとめもないことを考えてみる。

『さすがは花嫁殿よの。陸羽にでも師事しておったのかえ?』
 陸羽はずっと昔の人だろうというツッコミはしないことにして、『”茶経”は読んだことがあります』しれっと答えてみた。
 するとどこが琴線に触れたのか、皇太后が本当に嬉しそうに笑んだ。

(こんな表情もできる方だったんだ……)
『”茶経”は難しかろうて。それはこちらに来る前のことかえ?』
『はい。お茶に興味がありましたので、茶経を買い求めて読みました』
『ほう……だがそなたは普通の家の娘と聞いた。どこで教育を受けたのじゃ?』

 皇太后の疑問を察し、香子は居住まいを正した。

『……老佛爷ラオフオイエ、私の来歴はご存知でしょうか?』

 そう言ってからちろりと皇帝を窺う。皇帝は心得たように軽く頷いた。知っているらしい。

『……四神の花嫁は、こことは異なる世界から召喚されるとは聞いたことがある。相違ないか』
はい

 知識としては知っているが信じてはいないだろう。まず異なる世界と言われてもイメージがわかないに違いない。おそらくは何百年かに一度現れる花嫁のことを知らなくても仕方ないと香子は思う。皇太后の目がすっと細くなった。

『異なる世界では、女子おなごおのこと同じように教育を受けられるというのかえ?』
(うん、信じてないね!)
『……私の住んでいた世界、というか国のことを説明してもいいのでしょうか』

 皇帝にまた目配せする。皇帝はまた頷いた。

『……では、少し長くなりますが説明させていただきます』

 皇帝を見やる度、心なしか香子のおなかに回っている玄武の腕の力が強くなっている気がするのはこの際後回しにすることにした。

『私の住んでいた国はこちらとは似て異なるところでした。
 こちらの国名はタンですが、私がいたところは”中華人民共和国”という皇帝不在の国です。ですが全く異なる国ではなく、その歴史は唐まではほぼ同じように変遷してきたと考えられます。
 私のいた世界では唐の後”五代十国”という分裂王朝時代、”宋”、そして”元”というモンゴル民族に支配された王朝、”明”、それから”清”という満州族に支配された王朝を経て皇帝不在の”中華民国”、そして現在の”中華人民共和国”という風に変わってきました。
 その間にいろいろ政治・文化・教育の制度が変わり、現在では男女関係なく子どもの頃から九年間の義務教育制度が設置されています』

 かなり説明をはしょったが、教育制度を簡単に説明するとこんなところだろう。

『ほほう』

 皇太后の口元が綻ぶ。すぐ隣に腰かけている皇帝の口元も同じように綻んでいるのが、親子だなと感じさせられた。

『皇帝不在の政治というものはなかなか興味深いのぅ。しかし、何故皇帝がいなくなったのじゃ?』
『皇帝がいた最後の王朝の清ですが、その後期に海の向こうからやってきた国と戦争になりました。その戦争で負けたのです。その後数々の国が攻めて来、その度に清は敗北しました。それにより国内では王朝への不満が爆発、民衆蜂起により清は滅亡します。その後民衆の代表であった人物は王制を廃し、大統領として他国からの侵略に備えたのです』
『何故その者が皇帝にならなかったのかのぅ』
『……政治のことは明るくないので憶測になりますが、他国との交渉や国内の不満を抑えるには、王制は都合が悪かったのではないでしょうか』

 皇帝には権力が集中する。つまり皇帝には瞬時に判断する決断力が求められる。平時は王制でも問題ないが、各国入り乱れる乱世において王制は小回りがきかないものだったのではないかと香子は推察した。

『ふむ、なかなかに興味深い。花嫁殿は博識のようじゃ』
『恐れ入ります』

 誰が見ても皇太后の機嫌がいいことは明白で、香子は内心こっそり胸を撫で下ろした。苦手だとは思うがわざわざ嫌われたいとも思っていない。

『して、夕玲シーリンはどうじゃ? 花嫁殿の役に立っておるかのぅ』
(……あ……)

 その場の温度が二度ぐらい下がったような気が、香子はした。


ーーー
注:王制が廃止された理由についての考えはあくまで香子自身のものです。
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