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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

45.茶会当日なのです

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 茶会当日になった。
 招かれた立場とはいえ、準備はしっかりしなくてはならないものらしい。
 昼過ぎという話だったが、何故か午前中から浴槽に叩きこまれマッサージを受け、延夕玲と女官たちによって選び抜かれた衣装や装飾品を身に着けさせられた。
 薄い緑で構成されている襟の大きく開いた衣装に、白の薄絹で作られた上衣を着せられた。上衣は全体に金で細かい刺繍がほどこされており、袖口は大きく開いている。ひらひらしているのでお茶を飲む時に濡らさないようにするのがたいへんそうだと香子は思う。髪は緩く結われているが差された簪が重くて困る。これらはその時一緒にいる四神に合わせたものらしく、今日は白金と黒だった。白虎と玄武の色である。
 一応聞いてはいたが夕玲の姿もいつのまにか消えていた。茶会は皇太后の側に控えることになるのだろう。こちらに仕えたり、あちらのお守をしたりとたいへんなことである。

(へんにいろいろできちゃうから頼られるのかもねー)

 最初の印象では儚げで、皇太后の言いなりなのかと思っていたが、女官としてこちらに勤めてくれるうちにそうではないとわかった。皇太后からのお声がかりということで侍女たちには遠巻きにされているが、夕玲は全く気にしていないように見えた。聞いた話では夕玲は十七歳ぐらいだという話だった。自分が十七歳の頃どんな子どもだっただろうと香子は思い出そうとする。いくらこちらの国では十五歳が成人とはいえしっかりしすぎてはいないだろうか。

(余計なお世話かな)

 とりとめもなく夕玲のことを考えている間に昼食だと玄武が呼びにきた。
 まだ化粧はしっかり施されているとはいえないが、それ以外はすでにできあがっていると言える。爪先を整えることは普段からされているが爪を綺麗に装飾されることはめったにない。香子自身指先が気になってしまうのであまり好きではないからだ。けれど今日は侍女たちの気合いの入った様子にさすがの香子も逆らうことはできなかった。少し長く伸ばされた爪にマニキュアのような赤い染料を塗られ、そこに白で花のような絵を描かれる。少しでも身じろごうものなら『花嫁様!』と叱責を受けた。『肩が凝る~』と訴えれば体勢を変えられマッサージを受けるという、いいのだか悪いのだかわからない待遇だった。
 しかし爪の染料が乾くにはとても時間がかかるということで、昼食の時も手を使ってはいけないという。それを聞いた玄武は美しすぎる面にほんのりとした笑みを浮かべた。(それを見てしまった侍女たちが悶絶しそうになるのをぐっと堪えていたが香子は気付かなかった)

(なんだか嫌な予感が……)

 抱き上げられて食堂に連れて行かれる間も行き場をなくした手が困る。もちろん香子の嫌な予感は当たり、自分の椅子に座らせてもらえず玄武の膝で昼食を取ることになった。
 しかも。

『香子、口を開けよ』

 わざわざ手が使えないであろう香子の為に、一口大に切り分けられた食べ物を当たり前のように玄武が運んでくれた。

(あーん……とか、いったい何の拷問なのー!?)

 その様子を三神に微笑ましいものを見るように見つめられている。眷属は一切表情を動かさないのでそれほどダメージはないが、給仕の侍女たちにも見られているという事実が香子を打ちのめした。
 かといってテーブルに置いた手を動かそうとすれば侍女たちの目が怖い。
 食べなければ食べないできっと四神にいらぬ心配をかけてしまうに違いないし、理由はどうあれごはんを食べないという選択肢は香子にはない。
 心にきついダメージを受けながら、香子は観念し、口を開いたのだった。

 閑話休題。

 茶会である。
 最初の手紙で指定された場所は皇太后が暮らしている慈寧宮だったが、慈寧宮には皇帝以外の男子が入るのは禁止ということで急遽御花園の四阿あずまやに用意された。
 まだ日中でも肌寒い時期ではあるが、四神がいるせいか気温は申し分ない。
 それほど広くない四阿に、主賓の皇太后、皇帝、皇后、一つ席が空いて(ここに香子が座る予定だった)玄武と香子、白虎の順で圓卓丸テーブルの席に腰掛けた。四阿の周りには衛士がおり、皇太后の後ろには女官と思しき者や夕玲が控えている。皇后の後ろにも侍女がいるし、当然のことながら香子たちの後ろには黒月と白雲が控えていた。

『この度は茶会にお招きいただき、ありがとうございます』

 玄武の腕の中からと、誰が見ても不遜な挨拶だったが香子としては弁解をさせていただきたいところである。四神宮の外に一歩でも出れば、四神は決して香子をその腕の中から離してくれないのだから。
 案の定皇太后は一瞬眉をひどく顰めたが、すぐに口元には笑みをはいた。もちろんその目は炯炯として笑ってなどいない。

『ほんに四神は花嫁殿にぞっこんのようじゃのう。こたびは玄武様までいらっしゃるとは恐悦至極』

 それに玄武は微かに頷く。あくまで今日は香子の椅子に徹するつもりのようだった。

(こーわーいーよー)

 香子は愛想笑いを浮かべながら、この場に来たことをすでに後悔していた。後悔先に立たず、こちらに来てからよくこの言葉が頭に浮かぶようになったと思う。
 香子は心の中でそっと嘆息した。
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