上 下
186 / 597
第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

32.はっきり言って面倒くさい(皇帝視点)

しおりを挟む
 皇帝は冷ややかな眼差しを皇太后に向けていた。
 対する皇太后はどこ吹く風である。

 一度きりという約束で晩餐会への出席を四神に頼んだばかりにとんでもないことになった。
 皇太后の為にとわざわざ出てもらったというのにあの態度はなんだ。
 晩餐会が終り、皇太后が滞在する王城西北部の慈寧宮に移動する間もずっと、皇帝は憤っていた。
 皇太后は現皇帝の実母である。そして昭正公主の母でもあった。
 慈寧宮は何代か前の皇帝が皇太后の為に造営した宮殿である。現皇太后は先の皇帝が崩御し、喪が明けてからすぐに西の地に移り住んだのであまり慈寧宮では暮らしていない。
 己の母親ということもあるが、皇太后は浅慮な人ではなかったはずだった。喪が明けてすぐに西の地に移り住んだのは息子である皇帝の地位を確固とした物にする為だろう。もちろんできるだけ四神の住まうところの近くにいたい、という頭もあったのだろうが。
 皇太后はもとより、皇帝、皇后、徳妃、皇太后が連れてきたという娘―延夕玲イエンシーリンが慈寧宮に集まっていた。
 夕玲は皇太后の遠縁の娘で、彼女のお気に入りだった。理知的な眼差しをした少女は、万事控えめなようでいて自分の意見というものを持っている。そうでなければとっくに嫁に行っている歳であった。

老佛爷ラオフオイエ、今宵のはなんのつもりか』

 侍女が全員にお茶を配り終え、皇太后が悠然とお茶に口をつけると皇帝は低い声で詰問した。

『はて、なんのことであろうの』

 皇太后の返しに、怒鳴りそうになるのをぐっとこらえる。感情を表に出さない訓練はしているが、さすがに今回のことは黙っているわけにもいかなかった。

『そこな娘の件です。四神宮に出仕させるなどと……』
『ほほう、陛下は畏れ多くも四神の住まう場所に女官は必要ないとおっしゃられる? 花嫁殿はまだこの世界に来たばかり故わかっておらぬのじゃ。四神に対して花嫁がたった一人などありえぬこと。しかしそれが慣例だと、四神は花嫁一人という状況に耐えておられる。それを御慰めするには遜色ない女子おなごを側付にするのが一番であろう。じゃが白虎様は花嫁殿を思いやって「いらぬ」とおっしゃられたのじゃ』

 皇帝は皇太后の考えにため息をつきたくなった。こうなってしまっては何を言っても無駄だということはわかっていた。

『老佛爷、それは白虎様に失礼かと思います。四神はみな花嫁様を愛しているはずです。花嫁様にお仕えできるなんて、存外の喜びですわ』

 そこに助け舟を出したのは夕玲だった。皇帝は眉を上げる。

『夕玲、そなたが本当にそう思っているならばそれでかまわぬが、もし機会があるようなれば……わかっておるな?』
『老佛爷!』

 皇太后の科白に夕玲は頬を紅潮させ怒ったような顔をした。皇太后が笑みを浮かべる。
 口約束とはいえなされてしまっただけに放っておくことはできない。皇帝はしぶしぶと口を開いた。

『……延夕玲と申したか』
『は、はい、陛下』

 夕玲は途端に目を伏せ両手を膝の上で合わせた。それを皇太后が面白そうに見ている。

『四神宮は中書省の管轄である。明日呼びに参るだろう』
『はい。ありがとうございます、陛下』

 素直に夕玲は応えたが、皇太后は眉を寄せた。

『夕玲はわらわの血縁ぞ。陛下、そなに固いことをおっしゃられては……』
『四神に人の身分は通用せぬ。それは老佛爷が一番よくわかっているであろう』

 皇太后はふん、と不満そうに鼻を鳴らした。

『老佛爷!?』

 夕玲がそれを咎める。皇帝は苦笑した。
 夕玲という娘、頭は悪くなさそうである。問題は。
 皇帝は夕玲を観察した。
 成人しているとはいえ皇帝にとってしてみればただの小娘にすぎない。後宮にいれば多少なりとも食指は動こうが、四神があの花嫁をないがしろにしてまで閨に引きずり込むとは到底思えなかった。

『娘、花嫁に誠心誠意仕えることができるか』

 退室する際に声をかけると、夕玲は目を伏せながら少し考えるような表情を見せた。

『……正直に申し上げてよろしいのでしたら、花嫁様の人となりによりましょう』

 皇帝は笑った。そして周囲が凍り付きそうなほど冷ややかな目を向ける。

『そなたは何様か』

 夕玲は凍りついた。
 退出する皇帝に皇后と徳妃が付き従う。
 明日からまた忙しくなりそうだった。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...