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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
32.はっきり言って面倒くさい(皇帝視点)
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皇帝は冷ややかな眼差しを皇太后に向けていた。
対する皇太后はどこ吹く風である。
一度きりという約束で晩餐会への出席を四神に頼んだばかりにとんでもないことになった。
皇太后の為にとわざわざ出てもらったというのにあの態度はなんだ。
晩餐会が終り、皇太后が滞在する王城西北部の慈寧宮に移動する間もずっと、皇帝は憤っていた。
皇太后は現皇帝の実母である。そして昭正公主の母でもあった。
慈寧宮は何代か前の皇帝が皇太后の為に造営した宮殿である。現皇太后は先の皇帝が崩御し、喪が明けてからすぐに西の地に移り住んだのであまり慈寧宮では暮らしていない。
己の母親ということもあるが、皇太后は浅慮な人ではなかったはずだった。喪が明けてすぐに西の地に移り住んだのは息子である皇帝の地位を確固とした物にする為だろう。もちろんできるだけ四神の住まうところの近くにいたい、という頭もあったのだろうが。
皇太后はもとより、皇帝、皇后、徳妃、皇太后が連れてきたという娘―延夕玲が慈寧宮に集まっていた。
夕玲は皇太后の遠縁の娘で、彼女のお気に入りだった。理知的な眼差しをした少女は、万事控えめなようでいて自分の意見というものを持っている。そうでなければとっくに嫁に行っている歳であった。
『老佛爷、今宵のあれはなんのつもりか』
侍女が全員にお茶を配り終え、皇太后が悠然とお茶に口をつけると皇帝は低い声で詰問した。
『はて、なんのことであろうの』
皇太后の返しに、怒鳴りそうになるのをぐっとこらえる。感情を表に出さない訓練はしているが、さすがに今回のことは黙っているわけにもいかなかった。
『そこな娘の件です。四神宮に出仕させるなどと……』
『ほほう、陛下は畏れ多くも四神の住まう場所に女官は必要ないとおっしゃられる? 花嫁殿はまだこの世界に来たばかり故わかっておらぬのじゃ。四神に対して花嫁がたった一人などありえぬこと。しかしそれが慣例だと、四神は花嫁一人という状況に耐えておられる。それを御慰めするには遜色ない女子を側付にするのが一番であろう。じゃが白虎様は花嫁殿を思いやって「いらぬ」とおっしゃられたのじゃ』
皇帝は皇太后の考えにため息をつきたくなった。こうなってしまっては何を言っても無駄だということはわかっていた。
『老佛爷、それは白虎様に失礼かと思います。四神はみな花嫁様を愛しているはずです。花嫁様にお仕えできるなんて、存外の喜びですわ』
そこに助け舟を出したのは夕玲だった。皇帝は眉を上げる。
『夕玲、そなたが本当にそう思っているならばそれでかまわぬが、もし機会があるようなれば……わかっておるな?』
『老佛爷!』
皇太后の科白に夕玲は頬を紅潮させ怒ったような顔をした。皇太后が笑みを浮かべる。
口約束とはいえなされてしまっただけに放っておくことはできない。皇帝はしぶしぶと口を開いた。
『……延夕玲と申したか』
『は、はい、陛下』
夕玲は途端に目を伏せ両手を膝の上で合わせた。それを皇太后が面白そうに見ている。
『四神宮は中書省の管轄である。明日呼びに参るだろう』
『はい。ありがとうございます、陛下』
素直に夕玲は応えたが、皇太后は眉を寄せた。
『夕玲は妾の血縁ぞ。陛下、そなに固いことをおっしゃられては……』
『四神に人の身分は通用せぬ。それは老佛爷が一番よくわかっているであろう』
皇太后はふん、と不満そうに鼻を鳴らした。
『老佛爷!?』
夕玲がそれを咎める。皇帝は苦笑した。
夕玲という娘、頭は悪くなさそうである。問題は。
皇帝は夕玲を観察した。
成人しているとはいえ皇帝にとってしてみればただの小娘にすぎない。後宮にいれば多少なりとも食指は動こうが、四神があの花嫁をないがしろにしてまで閨に引きずり込むとは到底思えなかった。
『娘、花嫁に誠心誠意仕えることができるか』
退室する際に声をかけると、夕玲は目を伏せながら少し考えるような表情を見せた。
『……正直に申し上げてよろしいのでしたら、花嫁様の人となりによりましょう』
皇帝は笑った。そして周囲が凍り付きそうなほど冷ややかな目を向ける。
『そなたは何様か』
夕玲は凍りついた。
退出する皇帝に皇后と徳妃が付き従う。
明日からまた忙しくなりそうだった。
対する皇太后はどこ吹く風である。
一度きりという約束で晩餐会への出席を四神に頼んだばかりにとんでもないことになった。
皇太后の為にとわざわざ出てもらったというのにあの態度はなんだ。
晩餐会が終り、皇太后が滞在する王城西北部の慈寧宮に移動する間もずっと、皇帝は憤っていた。
皇太后は現皇帝の実母である。そして昭正公主の母でもあった。
慈寧宮は何代か前の皇帝が皇太后の為に造営した宮殿である。現皇太后は先の皇帝が崩御し、喪が明けてからすぐに西の地に移り住んだのであまり慈寧宮では暮らしていない。
己の母親ということもあるが、皇太后は浅慮な人ではなかったはずだった。喪が明けてすぐに西の地に移り住んだのは息子である皇帝の地位を確固とした物にする為だろう。もちろんできるだけ四神の住まうところの近くにいたい、という頭もあったのだろうが。
皇太后はもとより、皇帝、皇后、徳妃、皇太后が連れてきたという娘―延夕玲が慈寧宮に集まっていた。
夕玲は皇太后の遠縁の娘で、彼女のお気に入りだった。理知的な眼差しをした少女は、万事控えめなようでいて自分の意見というものを持っている。そうでなければとっくに嫁に行っている歳であった。
『老佛爷、今宵のあれはなんのつもりか』
侍女が全員にお茶を配り終え、皇太后が悠然とお茶に口をつけると皇帝は低い声で詰問した。
『はて、なんのことであろうの』
皇太后の返しに、怒鳴りそうになるのをぐっとこらえる。感情を表に出さない訓練はしているが、さすがに今回のことは黙っているわけにもいかなかった。
『そこな娘の件です。四神宮に出仕させるなどと……』
『ほほう、陛下は畏れ多くも四神の住まう場所に女官は必要ないとおっしゃられる? 花嫁殿はまだこの世界に来たばかり故わかっておらぬのじゃ。四神に対して花嫁がたった一人などありえぬこと。しかしそれが慣例だと、四神は花嫁一人という状況に耐えておられる。それを御慰めするには遜色ない女子を側付にするのが一番であろう。じゃが白虎様は花嫁殿を思いやって「いらぬ」とおっしゃられたのじゃ』
皇帝は皇太后の考えにため息をつきたくなった。こうなってしまっては何を言っても無駄だということはわかっていた。
『老佛爷、それは白虎様に失礼かと思います。四神はみな花嫁様を愛しているはずです。花嫁様にお仕えできるなんて、存外の喜びですわ』
そこに助け舟を出したのは夕玲だった。皇帝は眉を上げる。
『夕玲、そなたが本当にそう思っているならばそれでかまわぬが、もし機会があるようなれば……わかっておるな?』
『老佛爷!』
皇太后の科白に夕玲は頬を紅潮させ怒ったような顔をした。皇太后が笑みを浮かべる。
口約束とはいえなされてしまっただけに放っておくことはできない。皇帝はしぶしぶと口を開いた。
『……延夕玲と申したか』
『は、はい、陛下』
夕玲は途端に目を伏せ両手を膝の上で合わせた。それを皇太后が面白そうに見ている。
『四神宮は中書省の管轄である。明日呼びに参るだろう』
『はい。ありがとうございます、陛下』
素直に夕玲は応えたが、皇太后は眉を寄せた。
『夕玲は妾の血縁ぞ。陛下、そなに固いことをおっしゃられては……』
『四神に人の身分は通用せぬ。それは老佛爷が一番よくわかっているであろう』
皇太后はふん、と不満そうに鼻を鳴らした。
『老佛爷!?』
夕玲がそれを咎める。皇帝は苦笑した。
夕玲という娘、頭は悪くなさそうである。問題は。
皇帝は夕玲を観察した。
成人しているとはいえ皇帝にとってしてみればただの小娘にすぎない。後宮にいれば多少なりとも食指は動こうが、四神があの花嫁をないがしろにしてまで閨に引きずり込むとは到底思えなかった。
『娘、花嫁に誠心誠意仕えることができるか』
退室する際に声をかけると、夕玲は目を伏せながら少し考えるような表情を見せた。
『……正直に申し上げてよろしいのでしたら、花嫁様の人となりによりましょう』
皇帝は笑った。そして周囲が凍り付きそうなほど冷ややかな目を向ける。
『そなたは何様か』
夕玲は凍りついた。
退出する皇帝に皇后と徳妃が付き従う。
明日からまた忙しくなりそうだった。
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