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第4部 四神を愛しなさいと言われました
73.海を見るとときめくのは本能なのでしょうか
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(連れて来てもらえてよかった)
香子は眼下に広がる海を見ながら、しみじみと思った。
冬の海である。
入りたいと思ったりはしないが、どれだけ水が冷たいのかは少し気になった。砂浜などもないし、下りる場所もないから見るだけに留めるのが正解だ。
潮の香りはあまりしない。あれはやはり日本特有の物なのかもしれないと香子は思った。
『キレイですねぇ……』
『キレイなのか』
『キレイだと、私は思うんですよ』
香子は自分の感性だと強調した。別に青龍たちと感覚を共有しようとは思わない。
『青龍様、花嫁様、海の見える餐庁で昼食を用意させております』
青沙に声をかけられて移動することにした。言われてみれば少しおなかがすいてきた気がする。海の見える餐庁とはなんとも贅沢だと香子は思う。
『そなたは海に出たいと思うか?』
青龍に聞かれて香子は首を傾げた。どういう意味なのか、一瞬わかりかねた。
(海に、出たい?)
『船とか、泳ぐという話ですか?』
『ああ、そのようなことだ』
『うーん……』
香子は首を傾げた。泳ぐのは嫌いではないが、泳ぎたいかと聞かれると疑問だった。船は内海や波の少ない場所ならばいいが、外海は酔ってたいへんなことになる。過去に一度クルージングをしたことがあったけど、酔って吐きそうになった。三半規管が弱いのかもしれないと香子は思う。
『……見るだけで十分です』
『そうか』
青龍はあからさまにほっとしたようだった。何故そんなことを聞くのかと香子は思ったが、よく考えたら四神はそう簡単にこの大陸から出られないようなことを聞いたことがあった。それは大陸を囲む海でも同様である。内海ならばそれほど問題はないが、外海に出るには他の神々の許可が必要だった。
『……船は苦手なんです。酔いやすいので』
『……そうか』
青龍の返事には少しだけ含みがあったが、香子は気づかなかった。
実のところ、香子はもう人ではなくなってきているので”酔う”ということがまずない。お酒を飲んで雰囲気で酔ったかんじになることはあっても、乗り物酔いをすることはもうないのだった。なので青龍も”酔う”という言葉に反応はしたが、香子がそれに気づくまであえては話さないつもりである。
眷属たちもそんな青龍の意図がわかっているので何も言わない。玄武や朱雀についても以下同文である。
もし香子が船酔いをしないと気づいて、外海に出たいなどと言い出したら困るからだ。
香子は四神の花嫁である。どんなに羽を伸ばそうとしても、唐の国から出すつもりは四神にはなかった。
とはいえ、唐の国はとても広い。香子が四神の誰かと結婚し、唐の国内を旅行したいと言ってもおそらく百年ぐらいは優に楽しめるのではないだろうか。そうでなくとも香子はこの国が好きなので、不満などあろうはずもなかった。
香子は青龍の腕に抱かれたまま、餐庁へ移動した。
視線はいたるところで感じたが、これだけ豪華な顔ぶれを連れているのだからしかたないと諦める。
『青龍様……?』
『戻られたのか?』
『では、抱いているのは……』
『ありがたやありがたや』
呟くような声も聞こえてきて、香子はどんな顔をしたらいいのかわからなくなった。青龍の胸にそっと顔を伏せる。見られることに慣れてきたとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
『香子?』
『……大丈夫です』
香子はもう耳まで真っ赤だった。見られているという事実と、青龍の腕の中にいるということが今更ながら自覚されてどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
『香子はいつまで経っても初心だな』
そんな香子を見て朱雀が喉の奥でクックッと笑う。
『……それもまた好ましい』
その色を含んだテナーとバリトンは禁止と香子は言いたくなった。はっきり言って四神は声だけでエロいのだ。これ以上心臓に負担をかけないでほしいと香子は思う。
やっと餐庁に着いて、香子はほっとした。
本当に心臓に悪いのである。しかし初心というのには異論があった。
二階に案内された。楼台があるが、そちらには出ないで窓を開け放ち、解放感のある空間で食事をすることになった。青龍はどうしても香子を下ろそうとしないので、長椅子が運ばれてきた。悪いなと香子は思ったが、これもしかたないことだった。
『風が気持ちいいですね』
吹いてくる風は冷たいが、海風のせいか水分も含んでいて寒いとは感じない。
静かに料理が運ばれてきた。海ならではの海鮮料理である。
海老を使った料理が多かった。海老の殻を剥いて辛く炒めた物が出てきた時、香子はついつい食べすぎてしまった。日本だとエビチリだが、この国にはチリソース自体がない。豆板醤を使った料理が元である。(第四部38話参照)
『殻が剥いてある方が食べやすくて好き』
殻ごとでもおいしいのだが、香子としては剥いてある方が好きだ。海老のプリッとした食感を味わいたいのだ。
海の魚を使った炒め物や、清蒸魚も出てきた。イカを豆豉(トウチ)と豆板醤で炒めた料理も絶品だった。
『はー……海鮮がいっぱいって幸せ……很有口福(おいしいものが食べられて幸せ)とはこのことですね』
『そなたは本当に海の幸が好きなのだな』
『はい!』
海老春巻も出てきたし、水餃子の具は海老だった。これ以上の幸せはないと香子は上機嫌だった。
花嫁様には海鮮と、青龍の眷属たちは心の中にしっかりメモをしたのだった。
香子は眼下に広がる海を見ながら、しみじみと思った。
冬の海である。
入りたいと思ったりはしないが、どれだけ水が冷たいのかは少し気になった。砂浜などもないし、下りる場所もないから見るだけに留めるのが正解だ。
潮の香りはあまりしない。あれはやはり日本特有の物なのかもしれないと香子は思った。
『キレイですねぇ……』
『キレイなのか』
『キレイだと、私は思うんですよ』
香子は自分の感性だと強調した。別に青龍たちと感覚を共有しようとは思わない。
『青龍様、花嫁様、海の見える餐庁で昼食を用意させております』
青沙に声をかけられて移動することにした。言われてみれば少しおなかがすいてきた気がする。海の見える餐庁とはなんとも贅沢だと香子は思う。
『そなたは海に出たいと思うか?』
青龍に聞かれて香子は首を傾げた。どういう意味なのか、一瞬わかりかねた。
(海に、出たい?)
『船とか、泳ぐという話ですか?』
『ああ、そのようなことだ』
『うーん……』
香子は首を傾げた。泳ぐのは嫌いではないが、泳ぎたいかと聞かれると疑問だった。船は内海や波の少ない場所ならばいいが、外海は酔ってたいへんなことになる。過去に一度クルージングをしたことがあったけど、酔って吐きそうになった。三半規管が弱いのかもしれないと香子は思う。
『……見るだけで十分です』
『そうか』
青龍はあからさまにほっとしたようだった。何故そんなことを聞くのかと香子は思ったが、よく考えたら四神はそう簡単にこの大陸から出られないようなことを聞いたことがあった。それは大陸を囲む海でも同様である。内海ならばそれほど問題はないが、外海に出るには他の神々の許可が必要だった。
『……船は苦手なんです。酔いやすいので』
『……そうか』
青龍の返事には少しだけ含みがあったが、香子は気づかなかった。
実のところ、香子はもう人ではなくなってきているので”酔う”ということがまずない。お酒を飲んで雰囲気で酔ったかんじになることはあっても、乗り物酔いをすることはもうないのだった。なので青龍も”酔う”という言葉に反応はしたが、香子がそれに気づくまであえては話さないつもりである。
眷属たちもそんな青龍の意図がわかっているので何も言わない。玄武や朱雀についても以下同文である。
もし香子が船酔いをしないと気づいて、外海に出たいなどと言い出したら困るからだ。
香子は四神の花嫁である。どんなに羽を伸ばそうとしても、唐の国から出すつもりは四神にはなかった。
とはいえ、唐の国はとても広い。香子が四神の誰かと結婚し、唐の国内を旅行したいと言ってもおそらく百年ぐらいは優に楽しめるのではないだろうか。そうでなくとも香子はこの国が好きなので、不満などあろうはずもなかった。
香子は青龍の腕に抱かれたまま、餐庁へ移動した。
視線はいたるところで感じたが、これだけ豪華な顔ぶれを連れているのだからしかたないと諦める。
『青龍様……?』
『戻られたのか?』
『では、抱いているのは……』
『ありがたやありがたや』
呟くような声も聞こえてきて、香子はどんな顔をしたらいいのかわからなくなった。青龍の胸にそっと顔を伏せる。見られることに慣れてきたとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
『香子?』
『……大丈夫です』
香子はもう耳まで真っ赤だった。見られているという事実と、青龍の腕の中にいるということが今更ながら自覚されてどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
『香子はいつまで経っても初心だな』
そんな香子を見て朱雀が喉の奥でクックッと笑う。
『……それもまた好ましい』
その色を含んだテナーとバリトンは禁止と香子は言いたくなった。はっきり言って四神は声だけでエロいのだ。これ以上心臓に負担をかけないでほしいと香子は思う。
やっと餐庁に着いて、香子はほっとした。
本当に心臓に悪いのである。しかし初心というのには異論があった。
二階に案内された。楼台があるが、そちらには出ないで窓を開け放ち、解放感のある空間で食事をすることになった。青龍はどうしても香子を下ろそうとしないので、長椅子が運ばれてきた。悪いなと香子は思ったが、これもしかたないことだった。
『風が気持ちいいですね』
吹いてくる風は冷たいが、海風のせいか水分も含んでいて寒いとは感じない。
静かに料理が運ばれてきた。海ならではの海鮮料理である。
海老を使った料理が多かった。海老の殻を剥いて辛く炒めた物が出てきた時、香子はついつい食べすぎてしまった。日本だとエビチリだが、この国にはチリソース自体がない。豆板醤を使った料理が元である。(第四部38話参照)
『殻が剥いてある方が食べやすくて好き』
殻ごとでもおいしいのだが、香子としては剥いてある方が好きだ。海老のプリッとした食感を味わいたいのだ。
海の魚を使った炒め物や、清蒸魚も出てきた。イカを豆豉(トウチ)と豆板醤で炒めた料理も絶品だった。
『はー……海鮮がいっぱいって幸せ……很有口福(おいしいものが食べられて幸せ)とはこのことですね』
『そなたは本当に海の幸が好きなのだな』
『はい!』
海老春巻も出てきたし、水餃子の具は海老だった。これ以上の幸せはないと香子は上機嫌だった。
花嫁様には海鮮と、青龍の眷属たちは心の中にしっかりメモをしたのだった。
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