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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
27.黄砂はたいへんなのです
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西からの風が吹き荒れ、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠の黄砂がやってきて北京を覆う。
春である。
もうもうとした黄色い風は約二週間程吹き続ける。そんな中、皇太后が西の地から北京入りした。
あまりの砂嵐に、皇帝以下皇族に連なる者や皇后については建物の中で皇太后を迎えるという異例の事態になったらしい。可哀想に、百官は慣例通り表で迎えた為、砂まみれになったとか。
とはいえ四神宮の者たちには関係ないのでまた聞きではあるのだが。
『じゃあたいへんだったのですね』
趙文英から話を聞き、香子は同情したように言った。ちなみに趙は中書省の所属ではあるが基本は四神宮にいることが義務付けられている為皇太后の迎えには出ていない。趙にそんなことをぼやいたのは王英明である。何もこんな時期にこなくても、と皆思ったことだろう。風物詩といえば聞こえはいいが、何もかもが砂まみれ、というのは勘弁してもらいたいものである。
それにしても百官が出迎えるとは、さすがは老佛爷と呼ばれるだけのことはあると香子は素直に感心した。
今夜は予定通り晩餐会があるらしい。中国の古代の建造物というのは基本建物の寄せ集めである。建物と建物の間には回廊があり、屋根はついているが基本吹きさらしである。四神宮は何故かその回廊でも砂まみれになることはないが、四神宮を一歩出るととんでもない風と共に砂が舞っているのだからぞっとしない話だ。
これは四神効果なのだろうなと香子は漠然と思う。
この北京地方は北の都というぐらいだから地方としては玄武の管轄である。この砂が吹き荒れるという状況は玄武にとってどうなのだろうか。
ちら、と玄武を窺えばすぐに目が合う。大分慣れてはきたが、この美形と目が合うというのはいつだって心臓に悪い。
『香子、如何した?』
しかも玄武はいつだって香子が尋ねやすく聞いてくれる。
『いえ……その……玄武様は黄砂は気にされないのかな、と思って……』
『気にする、とは? 何に対して気にするのだ?』
不思議そうな問いに、香子は『いえ、なんでもありません』と科白を引きとった。それで十分だった。
(黄砂はただの自然現象だもんね)
例え世界が真っ黄色になっていても。一歩表に出るだけで本当に何もかもが砂まみれになってしまっても、異常気象の扱いではないらしかった。
元の世界の北京でも春の一時期は黄砂がひどかった。香子は寮の十階に住んでいたから、窓から見下ろした世界が黄色くもうもうとしているのが見えてげんなりしたものだった。教室に向かう為に五分表に出るだけで髪も服も砂まみれになり、口紅やグロスには満遍なく砂がつき、お茶を買えば砂が入り、と散々であった。もちろん黄砂の被害は中国に留まらない。偏西風に乗って朝鮮半島、日本にも黄砂は届く。ただ自然環境の中では重要な役割もある。飛来する黄砂は土地を肥やす効果があり、また生物の発育に必要なミネラル分も含んでいるという。そう考えれば玄武が問題にしない理由も頷けた。
(人間にとっては……けっこう厄介なものだけど)
去年までの北京の春を思い出しながら、香子は薄く笑った。今年は四神の側にいる影響で黄砂による直接の被害はなさそうだった。
それは四神宮に勤める者たちにとっても僥倖だった。四神宮を一歩出れば世界は黄色いが、中の回廊も庭も何事もなくそのままなのである。砂は一応四神宮の手前で落としてから入るようにしているが、入った途端さわやかな空気に包まれる。
しかも黄砂の影響を受けないのは四神だけではないらしいということに侍女頭である陳秀美は気づいていた。何故なら、夜を共に過ごしている白雲の側にいると埃っぽさがなくなるのだ。眷族にも影響がないのね、と素直に陳は感心したが、それはまた余談である。
晩餐会は夕方から行われるという。昼食後しばらくもしないうちにその準備に拘束され、香子は出席すると答えたことを大いに後悔したのだった。
春である。
もうもうとした黄色い風は約二週間程吹き続ける。そんな中、皇太后が西の地から北京入りした。
あまりの砂嵐に、皇帝以下皇族に連なる者や皇后については建物の中で皇太后を迎えるという異例の事態になったらしい。可哀想に、百官は慣例通り表で迎えた為、砂まみれになったとか。
とはいえ四神宮の者たちには関係ないのでまた聞きではあるのだが。
『じゃあたいへんだったのですね』
趙文英から話を聞き、香子は同情したように言った。ちなみに趙は中書省の所属ではあるが基本は四神宮にいることが義務付けられている為皇太后の迎えには出ていない。趙にそんなことをぼやいたのは王英明である。何もこんな時期にこなくても、と皆思ったことだろう。風物詩といえば聞こえはいいが、何もかもが砂まみれ、というのは勘弁してもらいたいものである。
それにしても百官が出迎えるとは、さすがは老佛爷と呼ばれるだけのことはあると香子は素直に感心した。
今夜は予定通り晩餐会があるらしい。中国の古代の建造物というのは基本建物の寄せ集めである。建物と建物の間には回廊があり、屋根はついているが基本吹きさらしである。四神宮は何故かその回廊でも砂まみれになることはないが、四神宮を一歩出るととんでもない風と共に砂が舞っているのだからぞっとしない話だ。
これは四神効果なのだろうなと香子は漠然と思う。
この北京地方は北の都というぐらいだから地方としては玄武の管轄である。この砂が吹き荒れるという状況は玄武にとってどうなのだろうか。
ちら、と玄武を窺えばすぐに目が合う。大分慣れてはきたが、この美形と目が合うというのはいつだって心臓に悪い。
『香子、如何した?』
しかも玄武はいつだって香子が尋ねやすく聞いてくれる。
『いえ……その……玄武様は黄砂は気にされないのかな、と思って……』
『気にする、とは? 何に対して気にするのだ?』
不思議そうな問いに、香子は『いえ、なんでもありません』と科白を引きとった。それで十分だった。
(黄砂はただの自然現象だもんね)
例え世界が真っ黄色になっていても。一歩表に出るだけで本当に何もかもが砂まみれになってしまっても、異常気象の扱いではないらしかった。
元の世界の北京でも春の一時期は黄砂がひどかった。香子は寮の十階に住んでいたから、窓から見下ろした世界が黄色くもうもうとしているのが見えてげんなりしたものだった。教室に向かう為に五分表に出るだけで髪も服も砂まみれになり、口紅やグロスには満遍なく砂がつき、お茶を買えば砂が入り、と散々であった。もちろん黄砂の被害は中国に留まらない。偏西風に乗って朝鮮半島、日本にも黄砂は届く。ただ自然環境の中では重要な役割もある。飛来する黄砂は土地を肥やす効果があり、また生物の発育に必要なミネラル分も含んでいるという。そう考えれば玄武が問題にしない理由も頷けた。
(人間にとっては……けっこう厄介なものだけど)
去年までの北京の春を思い出しながら、香子は薄く笑った。今年は四神の側にいる影響で黄砂による直接の被害はなさそうだった。
それは四神宮に勤める者たちにとっても僥倖だった。四神宮を一歩出れば世界は黄色いが、中の回廊も庭も何事もなくそのままなのである。砂は一応四神宮の手前で落としてから入るようにしているが、入った途端さわやかな空気に包まれる。
しかも黄砂の影響を受けないのは四神だけではないらしいということに侍女頭である陳秀美は気づいていた。何故なら、夜を共に過ごしている白雲の側にいると埃っぽさがなくなるのだ。眷族にも影響がないのね、と素直に陳は感心したが、それはまた余談である。
晩餐会は夕方から行われるという。昼食後しばらくもしないうちにその準備に拘束され、香子は出席すると答えたことを大いに後悔したのだった。
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