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第4部 四神を愛しなさいと言われました
71.青龍の領地の大通りは本当に広かったのです
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一小時(一時間)ほど馬車に揺られただろうか。
『そろそろ到着します』
御者台から声がかかった。御者を務めているのも青龍の眷属である。
別に衣裳が乱れるようなことをした覚えはないが、香子は己の服の襟などを直す。玄武と朱雀にも確認したが、問題なさそうである。馬車自体の作りは大きいが、がたいの大きい三神と一緒である。至近距離で美形と共に過ごすのは香子的に心臓に悪い。
だからそろそろ着くと言われて香子は内心ほっとした。
元の世界の上海に、香子は一度しか行ったことがない。それもたった一泊、たまたま飛行機のトランジットで過ごしただけだ。親切な日本人のおじさんたちが香子とその友達を夜のドライブに連れて行ってくれた。今思えば随分無謀なことをしたものである。あのおじさんたちがいい人でよかったと、香子は内心感謝した。
馬車がゆっくりと停まった。
『到着しました。少々お待ちください』
後ろの馬車も停まったようだ。表からは特に動いている音はしなかったが、
『青藍です。開けさせていただきます』
馬車の扉の向こうから声がかかった。
『我が先に降りよう』
玄武がそう言って、先に降りた。そして青龍と青龍に抱かれたままの香子が降り、最後に朱雀が馬車を降りる。それは少し間を開けるようにして行われた。
ほう、と香子は表に出て息を吐いた。北京程ではないが空気は冷たい。それでも香子を囲うようにして三神がいるせいか、寒さは感じなかった。
馬車は町の外れに停めたらしい。ただ、町と言っても店などが並んでいるのは大通りだけのようである。北京のように大きな都市ではないのだからそれが当たり前だということは香子もわかる。
『青龍様、この通りをまっすぐ東に向かえば海が見えて参ります。海沿いにも店はございます。どうなさいますか?』
青沙が青龍にお伺いを立てた。
『香子、そなたが決めよ』
『そうですね……この通りを散策しながら海の方へ向かってもよろしいですか?』
『そなたの望み通りに』
青龍は満足そうに応えた。香子は頬を染めた。
(決めてほしいなんて思うのは我がままだよね)
四神は自分の領地のこともあまり興味がないらしい。四神が興味を持ち、欲しがるのは花嫁だけだ。それはそれでどうなのかと香子も思うが、そういう風に作られているのだからしょうがない。
大通りと言われるだけあって、本当に通りは広かった。大型の馬車が三、四台は同時に通れそうである。
『……この通りは海から獲れた物を運搬したりするのに使ったりするの?』
『朝のうちは主にその用途で使われております』
青沙が答える。香子の思った通りだった。
『海産物はこちらの領地で全て消費されているのかしら?』
『いえ、隣の領地まで運んでいる業者もおります』
隣の領地というといったい何キロ離れているのだろう。新鮮なまま運ぶのは難しいのではないだろうかと香子は考える。
『そのまま運んでいるの?』
『大体は塩漬けが主と聞いておりますが……』
『そうよね』
香子は納得した。塩漬けや干物ならば納得ができるというものだ。
『香子』
それまで黙っていた青龍が口を開いた。
『そういえば香子が見つけた凍石は、ここでは使っていないのか』
確認するように言った青龍に、青藍が答えた。
『現在はまだ王城御用達の商人が優先されております』
『そうか』
青龍はすぐに引き下がった。
『……まだほとんど普及はされてないってことよね。事業が始まったばかりだからしかたないけど』
『我の領地で採れる石だろう。採ってくるか?』
玄武がとんでもないことを言い出した。香子は目を剥いた。
『いえいえいえいえ……一応この国の国家事業ですからそんな気軽に採ってこられても困ります』
『そういうものか』
玄武は肩を落とすような仕草をした。わざとだということぐらい香子にもわかる。
『凍石についてはどうしても必要になりましたら皇帝に話しに行きましょう』
玄武の領地にある山で採れるものではあるので、玄武が個人的に採掘しても問題はないのだが、凍石は便利な石ではあるが同時に危険な石でもある。熱石などと同じように管理を徹底しないといけないものだ。食品の流通に革命を起こす石でもあり、悪用もしようと思えばできてしまう。
『そなたがそう言うのならばそうしよう』
そこでその話は済んだので、香子は内心胸を撫で下ろした。
大通りは広すぎるので道の両側の店に向かうということができない。なので行きは通りの南側の店を見ることした。金物屋や布を売っている店があるのを見かけた。
『らっしゃいらっしゃい』
『眷属様方寄っていきませんか』
威勢がいいのはやはり食堂など食べ物を扱っている店だった。
『どこか見てみたい店はあるか?』
『その時に声をかけます』
道を行く人々の視線は痛いが、気にしてもしょうがない。
『あれって、もしかして……?』
『あの赤い髪……もしや朱雀様?』
『ではあの方は玄武様か……?』
知っている人は知っているものだ。香子はあえて堂々と青龍の腕の中に収まっていた。
できるだけ自分のことは話題にしないでほしいとは思っていたけれど。
『そろそろ到着します』
御者台から声がかかった。御者を務めているのも青龍の眷属である。
別に衣裳が乱れるようなことをした覚えはないが、香子は己の服の襟などを直す。玄武と朱雀にも確認したが、問題なさそうである。馬車自体の作りは大きいが、がたいの大きい三神と一緒である。至近距離で美形と共に過ごすのは香子的に心臓に悪い。
だからそろそろ着くと言われて香子は内心ほっとした。
元の世界の上海に、香子は一度しか行ったことがない。それもたった一泊、たまたま飛行機のトランジットで過ごしただけだ。親切な日本人のおじさんたちが香子とその友達を夜のドライブに連れて行ってくれた。今思えば随分無謀なことをしたものである。あのおじさんたちがいい人でよかったと、香子は内心感謝した。
馬車がゆっくりと停まった。
『到着しました。少々お待ちください』
後ろの馬車も停まったようだ。表からは特に動いている音はしなかったが、
『青藍です。開けさせていただきます』
馬車の扉の向こうから声がかかった。
『我が先に降りよう』
玄武がそう言って、先に降りた。そして青龍と青龍に抱かれたままの香子が降り、最後に朱雀が馬車を降りる。それは少し間を開けるようにして行われた。
ほう、と香子は表に出て息を吐いた。北京程ではないが空気は冷たい。それでも香子を囲うようにして三神がいるせいか、寒さは感じなかった。
馬車は町の外れに停めたらしい。ただ、町と言っても店などが並んでいるのは大通りだけのようである。北京のように大きな都市ではないのだからそれが当たり前だということは香子もわかる。
『青龍様、この通りをまっすぐ東に向かえば海が見えて参ります。海沿いにも店はございます。どうなさいますか?』
青沙が青龍にお伺いを立てた。
『香子、そなたが決めよ』
『そうですね……この通りを散策しながら海の方へ向かってもよろしいですか?』
『そなたの望み通りに』
青龍は満足そうに応えた。香子は頬を染めた。
(決めてほしいなんて思うのは我がままだよね)
四神は自分の領地のこともあまり興味がないらしい。四神が興味を持ち、欲しがるのは花嫁だけだ。それはそれでどうなのかと香子も思うが、そういう風に作られているのだからしょうがない。
大通りと言われるだけあって、本当に通りは広かった。大型の馬車が三、四台は同時に通れそうである。
『……この通りは海から獲れた物を運搬したりするのに使ったりするの?』
『朝のうちは主にその用途で使われております』
青沙が答える。香子の思った通りだった。
『海産物はこちらの領地で全て消費されているのかしら?』
『いえ、隣の領地まで運んでいる業者もおります』
隣の領地というといったい何キロ離れているのだろう。新鮮なまま運ぶのは難しいのではないだろうかと香子は考える。
『そのまま運んでいるの?』
『大体は塩漬けが主と聞いておりますが……』
『そうよね』
香子は納得した。塩漬けや干物ならば納得ができるというものだ。
『香子』
それまで黙っていた青龍が口を開いた。
『そういえば香子が見つけた凍石は、ここでは使っていないのか』
確認するように言った青龍に、青藍が答えた。
『現在はまだ王城御用達の商人が優先されております』
『そうか』
青龍はすぐに引き下がった。
『……まだほとんど普及はされてないってことよね。事業が始まったばかりだからしかたないけど』
『我の領地で採れる石だろう。採ってくるか?』
玄武がとんでもないことを言い出した。香子は目を剥いた。
『いえいえいえいえ……一応この国の国家事業ですからそんな気軽に採ってこられても困ります』
『そういうものか』
玄武は肩を落とすような仕草をした。わざとだということぐらい香子にもわかる。
『凍石についてはどうしても必要になりましたら皇帝に話しに行きましょう』
玄武の領地にある山で採れるものではあるので、玄武が個人的に採掘しても問題はないのだが、凍石は便利な石ではあるが同時に危険な石でもある。熱石などと同じように管理を徹底しないといけないものだ。食品の流通に革命を起こす石でもあり、悪用もしようと思えばできてしまう。
『そなたがそう言うのならばそうしよう』
そこでその話は済んだので、香子は内心胸を撫で下ろした。
大通りは広すぎるので道の両側の店に向かうということができない。なので行きは通りの南側の店を見ることした。金物屋や布を売っている店があるのを見かけた。
『らっしゃいらっしゃい』
『眷属様方寄っていきませんか』
威勢がいいのはやはり食堂など食べ物を扱っている店だった。
『どこか見てみたい店はあるか?』
『その時に声をかけます』
道を行く人々の視線は痛いが、気にしてもしょうがない。
『あれって、もしかして……?』
『あの赤い髪……もしや朱雀様?』
『ではあの方は玄武様か……?』
知っている人は知っているものだ。香子はあえて堂々と青龍の腕の中に収まっていた。
できるだけ自分のことは話題にしないでほしいとは思っていたけれど。
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