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第4部 四神を愛しなさいと言われました

70.青龍の領地を見学したいのです

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 青龍の領地である。今は青龍の広い屋敷の一角でお茶をしていた。
 お茶菓子をパリパリと食べながら、四神宮の厨師コックに今度ポテトチップスを作ってもらおうと香子は考える。
 そんな関係ないことを考えていないと恥ずかしくてどうにかなりそうだった。無表情で控えている青龍の眷属たちの姿はある意味プレッシャーだ。無表情が眷属たちのデフォルトだと香子はわかっている。それでも緊張はするものだ。
 そう考えると青藍は大分表情が出てきたように香子は思う。やはり”番”が人だと違うものなのだろうか。そこまで考えてから、”番”がいるだけで違うのかもしれないとも香子は思い直した。
 しかし、黙っているとずっとこのままでいることになりそうだと香子は苦笑する。
 香子が見たいと言ったのだから香子の指示待ちは当然だ。

(私が待ってちゃだめじゃない)
『青龍様、海は近くにあるのでしょうか?』
『ああ、ある』

 青龍の領地の位置は地図を見たかんじだと上海辺りのようである。この屋敷の中では磯の香りなどは全くしないが、屋敷から出れば違うのではないかと香子は思った。
 でも、磯の香りは日本特有のものだっけ? とも考えて香子は首を傾げた。
 青龍は答えず、青藍を見やった。

『近いといえば近いです。……人の歩みであれば、半日ほどでしょうか』

 青藍が考えるように言った。
 香子は目を剥いた。
 人の歩みで半日というと、長くて20kmほどだろうか。もう少し少なく見積もっても15kmは離れているかもしれない。

『そう、思ったより遠いのね』

 上海は上海でもこの屋敷があるところは内陸の方なのかもしれないと香子は思った。

香子シャンズ、海が見たいか?』

 青龍が問う。香子は軽く首を振った。

『もし近くにあるならと思っただけです。この屋敷から一番近い町はどちらでしょう? 街中を少し散策したいです』

 青沙チンシャーがスッと進み出た。

『海沿いの町でしたら、それほど遠くはございません。馬車をご用意します』
『そのようにせよ』

 青龍の領地でも馬車を用意してくれるらしい。青龍に抱かれて跳べば一瞬なのだろうが、領民を驚かせるのは本意ではないだろう。
 馬車の用意を待つ間、香子はまた蓋碗にお湯を注いでもらった。

龍井ロンジンは本当においしいですね』

 渋みもないしと、茶葉を蓋で避けながら啜る。

『馬車の中でも飲めるよう用意いたしましょう』

 青沙が他の眷属たちに指示をする。それほどのことではないと香子は慌てた。

『そこまでしてもらうことではないわ。海沿いの町には飲食ができるようなお店はないの? そこで少し休めれば十分よ。そういう場所がなければこちらに戻ってきてからでもいいし』

 めったなことを言うものではない。何気なく香子が言ったことで周りが動いてしまうのだ。
 実際のところ、四神宮の者たちは香子の呟きにかこつけて動きたいだけなのだが、それを香子が知る日は来ないだろう。四神宮の従業員は基本ヒマなのである。四神は自分の世話なら自分でしてしまうし、食事も基本いらない。眷属が少し対応すればいいだけなので張り合いがないのだ。
 それはこの青龍の屋敷でも当てはまっていた。

『そうでございますか』

 そう言いながらも青沙は飲み物や、馬車の中で食べられるような軽食の準備はさせた。眷属たちは基本表情が動かないが、誰かの世話をすることに飢えていたのは同じであった。

(準備ってけっこう時間がかかるんだなぁ)

 と香子が思った頃、ようやく支度が整ったというので移動した。当然ながら香子は青龍の腕の中である。

(私が誰かの領地で歩く日は来るんだろうか)

 そう香子が不安を覚えるくらい、香子は立っていない。というか、この地に連れてこられてから一度も立ち上がっていないのだ。そういうものだということは朱雀の領地に行った時知ったことではあるが、どうも落ち着かなくて香子は困った。
 馬車は大きくて、豪奢であった。
「わぁ……」と香子はまた声を上げた。きちんと天井まであるしっかりした造りの馬車である。二台で出かけるらしい。
 一台には青龍と香子、玄武と朱雀が乗り、二台目には眷属たちが乗るようだ。
 眷属たち、というのは青藍、青沙と他女性の眷属三名である。これでもお付きとしては少ない方だと言われ、まぁそうかと香子は諦めた。
 香子が景山に行った時も沢山の侍女が付き従ってきたことを思い出したのだ。
 香山に行った時は皇太后と一緒だったせいかすごい数のお供がついた。とはいえあれは皇太后を守る為だったからしょうがないのだろう。
 馬車の椅子に腰掛けさせてもらうことも、香子はできなかった。ずっと青龍の腕の中である。馬車は揺れるのではないかと香子は思ったが、全然揺れない。
 玄武や朱雀に手を取られたり、青龍に髪に口づけられたりして、ただの移動だというのに香子の心臓はばくばくしてたいへんだった。

『青龍様……だめ……』
『何がいけない?』

 唇を塞がれそうになって、香子は青龍の胸をそっと押した。

『今は嫌です。領地を見学するのですから』
『口づけは許してくれぬのか?』
『ま、また後で……』

 せめて見学を終えてからにしてほしいと香子は懇願した。ここで口づけを受けたり何かをされてしまったら、馬車から下りれなくなりそうだったからである。
 青龍は残念そうだったが、再び香子の髪に口づけるだけに留めてくれた。
 頬を染めながら、香子はほっとしたのだった。
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