異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

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第1部 四神と結婚しろと言われました

152.知らぬは本人ばかりなり(黒月視点)

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 ここ数日観察してみて、香子は本当に自分の価値を理解していないということが黒月にはよくわかった。
 好奇心は強くいろいろなことを質問するが、肝心の四神と花嫁の関係については避けているようにも思える。
 暮らしてきた環境も常識も違うらしいので慣れるまでに時間がかかるのだろう。
 とはいえ、四神のような婚姻形態はこの国ではまれである。周辺国には女王を据えている国もあるとは聞いている。その国では確か男性の側室もいるのだとか。黒月としてはぞっとしない話である。
 共に湯船に浸かっている香子が嘆息した。
 今日はいろいろあって疲れているのだろうと思う。

(それにしても腹立たしい)

 午前中に会った料理人の娘、皇后、公主、そしてそれらに仕える者たちの不遜は許しがたい。
 香子は赤い髪をしている他はなんとなく舐められそうな雰囲気を持っている。それは別段香子のせいではないのだがそこが黒月としては歯がゆかった。話をしてみると馬鹿ではないことがわかる。少々奇抜なことを言うこともあるが受け入れられる範囲である。黒月にとってはなんとも不思議な存在といえた。
 四神の花嫁とはこの地上において至高の存在である。
 理屈ではわかっていたが、想いを寄せている神が人間の機嫌を取っているのを見てひどい衝撃を受けた。それ故に玄武の眷族としてあるまじき思いを持ち行動に出てしまった。幸い花嫁がほとんど気にせず、仲良くしたいなどと言ってくれたおかげで(それも花嫁としてはありえないことである)黒月はお咎めを受けずに済んだ。
 実際あの時四神が憤ったなら、黒月の存在は消されていただろう。
 四神にとって眷族とはあくまで仕える存在である。いくら花嫁から同じように産まれてきたとしてもその存在のありようは全く違った。
 四神は生まれながらにして神である。その神のすることに異議をさしはさむなどあってはならないことだ。

(花嫁に関しては……また別だが……)

 困ったような顔をしながら湯船に浸かっている香子を観察する。
 その赤い髪は日に日に鮮やかになっていた。朱雀に愛されている証拠だと黒月にもわかる。そして肌がだんだん白くなっているのは玄武に愛されているからなのだろう。確か白虎に愛されれば胸が大きくなり、青龍に愛されれば肌がみずみずしくなると聞いたことがある。何がどうしてそうなるのかは知らないが、もしかしたら四神の好みなのかもしれなかった。
 髪が色鮮やかになっているのは誰がどう見てもわかるが、肌が白くなってきているのはまだ気づいていないようだった。

『……なんというか……このお風呂っていうのも贅沢ですよね……』

 香子のため息をつくような科白に黒月は少し考えた。

『そうなのでしょうか』

 が、よくわからなかった。香子の立場であれば風呂に入るなどなんということもないはずである。

『だって北方って雨があまり降らないでしょう? だから……』
『そうですが、ここで使われる湯量などたいしたことはありません』

 黒月はきっぱりと答えた。それに侍女たちもうんうんと頷く。
 四神や香子が入った後の湯は四神宮の使用人たちが使う風呂に運ばれている。
 香子がこの四神宮に来てから八日目だが、そのおかげで存分に湯が使えることと、しかもここ数日その湯を使うと何故か肌が白くなっていくような気がすることから(実際わずかながら白くなっている)侍女たちにとっては香子が湯を使うことは大歓迎だった。

『そうですか……ならいいですけど……』

 知らぬは本人ばかりなりとはよく言ったものである。
 自分が一番たいへんだろうに、どうして香子が他の者のことばかり気にかけるのか黒月には不思議だった。

『花嫁様が考えることではございません。花嫁様がお健やかに心楽しく暮らしていかれることが一番でございます』

 そう当り前のことを言えば、香子がまた困ったような顔をして呟くように言った。

『……ありがとうございます』

 そうして香子は俯いた。
 目に映る首がほんのりと赤く染まっているのに黒月はしばし見惚れた。そして浴室に控えている侍女たちはこっそりと身悶えていたがもちろん香子がそれを知るはずはなかった。

 入浴を終え、黒月は香子を部屋に送っていった。
 本日香子に用意された夜着は薄紅色の細かい刺繍をほどこされた薄絹であった。どこからこんなものがと黒月は一瞬思ったが、おそらく四神への貢物の中にあったのだろうと見当をつける。それを着せられた香子はやっぱり困ったような顔をしていた。
 先に部屋の中を改めてから香子を寝室に案内する。
 疲れがなかなかとれないのか、香子は寝台に腰掛けてもぼうっとしていた。

『四神が来られましたらお通ししますので、それまでゆっくり休まれてください』

 そう言うと香子は頬をほんのりと赤く染めた。
 まだ香子にとって一日は終らないようである。
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