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第1部 四神と結婚しろと言われました
149.面倒で仕方がない(皇帝視点)
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ここのところ夜になっても皇帝は多忙だった。
本来、四神というのは同じ敷地内にいたとしてもそれほど関わり合いがあるものではない。いくら数百年ぶりに彼らが花嫁を迎えるという節目であっても、直接皇帝に関係のある事柄ではないはずだった。
そう、本来ならば。
だが四神の花嫁が現れてからいろいろと面倒臭いことになっている。
まず花嫁が現れるという宣託に皇太后が反応した。西の地からここ、北京を目指して来ているという。おそらくあと二週間もすれば着くに違いない。
次に、四神に取り入りたい者たちが贈物を贈りつけはじめた。面会を求める者たちも後を絶たないという。だがそれは中書省でどうにか止めることができるだろう。
そして先日花嫁の話を聞こうと招いた時、あろうことか彼女の茶杯にだけ質の悪い茶葉が使われていた。
それに安妃の意図が絡んでいたかどうかはどうでもいいことだ。結果として安妃の遠縁の者が入れ、花嫁に出したのを看破された。もちろん花嫁が四神と共に去った後、全ての茶杯を調べさせた。
安妃はまがりなりにも娘を産んだ身。処分はしなかったがもう足を運ぶことはないだろうと皇帝―李光基は思う。
(愚か者が多すぎる)
後宮の主であるはずの皇后はそれを収めることはできず、更には同腹の妹である昭正公主の独断。皇帝はあまりの怒りに青筋を立てた。
そうでなくても即位してからこの五年というもの気の休まったためしがない。ようやく先帝時代の汚職等の証拠を押さえて百官を入れ替え始めたのは昨年のことである。御史大夫も処分の対象にしたかったが残念ながら証拠が見つからなかった為保留していたのだった。
だが勝手に花嫁の荷物を取り上げ、あまつさえ破損したと聞くではないか。
それについては笑いが止まらない。わざわざ罰してくれと言っているようなものである。屋敷を捜査する口実も手に入れ、そのことは助かったが、さすがにそういうことが重なれば花嫁も怒るだろう。
李光基は嘆息した。
「……陛下?」
寵妃の一人である徳妃の控えめな声に李光基は顔を上げた。そういえば久しぶりに彼女を訪ねたのだった。
徳妃は李光基が皇后を娶る前から仕えてくれている妾妃である。他の妾妃とは違い控えめで、それでいて多少は相談相手にもなる。しかもついこの間男児を産んだとくれば皇帝の寵愛を一人占めにしてもおかしくはない。
けれど徳妃は万事控えめであった。後宮の他の女たちのように威張り散らすでもなく、未だ子を成さない皇后のこともきちんと立てている。
そんなところが余計に男心をくすぐるというのを徳妃は知っているのだろうか。
「体はどうだ」
徳妃は酒を杯に注いでいた手を止め、一瞬目を見開いた。
「あ……もうなんともありませんわ……」
男児を産んだのは徳妃で三人目だった。女児もすでに三人産まれている。もうそろそろいいのではないかと李光基は思う。もちろんそんなことは表立っては言えない。やはり皇后に男児を産ませなければまずいだろう。
ふと李光基は女の心理というものを聞きたくなった。
杯をあおる。
「徳妃。四神の花嫁をどう思う」
徳妃はそれに戸惑ったような表情をした。
「どう、とは……? 遠目で拝見しましたが……鮮やかな赤い髪をされていたような……」
その応えに、李光基は徳妃が花嫁に全く興味を持っていないことがわかった。
「後宮内で噂を聞いたことは?」
徳妃はそれに頬を染める。
「根も葉もない噂でしたら……」
「申せ」
「畏れ多いことですが……花嫁様が陛下を誘惑し、陛下も満更でもない様子であったとか……」
これぞ開いた口が塞がらないというものである。李光基は怒る、というより笑い出したくなった。
誰が流したのか知らないがそこまでありえないと笑えてくるのが不思議であった。
李光基は意地悪そうな表情をした。
「徳妃、そなたはその噂を聞いてどう思った」
「おそれながら、妾は……陛下や花嫁様に対する侮辱ではないかと……」
それに李光基は頷く。
「噂というのは恐ろしいものだな」
それを妹が信じたのかもしれないと李光基は考える。
噂の出所を突きとめるのは難しいが、皇帝と花嫁、どちらに悪意を持っているかで絞り込むことは可能だろう。
杯を置き、徳妃から酒瓶を取り上げる。
そして彼女を抱いて床へ向かった。
疲れた精神と体には女の癒しが必要だった。
本来、四神というのは同じ敷地内にいたとしてもそれほど関わり合いがあるものではない。いくら数百年ぶりに彼らが花嫁を迎えるという節目であっても、直接皇帝に関係のある事柄ではないはずだった。
そう、本来ならば。
だが四神の花嫁が現れてからいろいろと面倒臭いことになっている。
まず花嫁が現れるという宣託に皇太后が反応した。西の地からここ、北京を目指して来ているという。おそらくあと二週間もすれば着くに違いない。
次に、四神に取り入りたい者たちが贈物を贈りつけはじめた。面会を求める者たちも後を絶たないという。だがそれは中書省でどうにか止めることができるだろう。
そして先日花嫁の話を聞こうと招いた時、あろうことか彼女の茶杯にだけ質の悪い茶葉が使われていた。
それに安妃の意図が絡んでいたかどうかはどうでもいいことだ。結果として安妃の遠縁の者が入れ、花嫁に出したのを看破された。もちろん花嫁が四神と共に去った後、全ての茶杯を調べさせた。
安妃はまがりなりにも娘を産んだ身。処分はしなかったがもう足を運ぶことはないだろうと皇帝―李光基は思う。
(愚か者が多すぎる)
後宮の主であるはずの皇后はそれを収めることはできず、更には同腹の妹である昭正公主の独断。皇帝はあまりの怒りに青筋を立てた。
そうでなくても即位してからこの五年というもの気の休まったためしがない。ようやく先帝時代の汚職等の証拠を押さえて百官を入れ替え始めたのは昨年のことである。御史大夫も処分の対象にしたかったが残念ながら証拠が見つからなかった為保留していたのだった。
だが勝手に花嫁の荷物を取り上げ、あまつさえ破損したと聞くではないか。
それについては笑いが止まらない。わざわざ罰してくれと言っているようなものである。屋敷を捜査する口実も手に入れ、そのことは助かったが、さすがにそういうことが重なれば花嫁も怒るだろう。
李光基は嘆息した。
「……陛下?」
寵妃の一人である徳妃の控えめな声に李光基は顔を上げた。そういえば久しぶりに彼女を訪ねたのだった。
徳妃は李光基が皇后を娶る前から仕えてくれている妾妃である。他の妾妃とは違い控えめで、それでいて多少は相談相手にもなる。しかもついこの間男児を産んだとくれば皇帝の寵愛を一人占めにしてもおかしくはない。
けれど徳妃は万事控えめであった。後宮の他の女たちのように威張り散らすでもなく、未だ子を成さない皇后のこともきちんと立てている。
そんなところが余計に男心をくすぐるというのを徳妃は知っているのだろうか。
「体はどうだ」
徳妃は酒を杯に注いでいた手を止め、一瞬目を見開いた。
「あ……もうなんともありませんわ……」
男児を産んだのは徳妃で三人目だった。女児もすでに三人産まれている。もうそろそろいいのではないかと李光基は思う。もちろんそんなことは表立っては言えない。やはり皇后に男児を産ませなければまずいだろう。
ふと李光基は女の心理というものを聞きたくなった。
杯をあおる。
「徳妃。四神の花嫁をどう思う」
徳妃はそれに戸惑ったような表情をした。
「どう、とは……? 遠目で拝見しましたが……鮮やかな赤い髪をされていたような……」
その応えに、李光基は徳妃が花嫁に全く興味を持っていないことがわかった。
「後宮内で噂を聞いたことは?」
徳妃はそれに頬を染める。
「根も葉もない噂でしたら……」
「申せ」
「畏れ多いことですが……花嫁様が陛下を誘惑し、陛下も満更でもない様子であったとか……」
これぞ開いた口が塞がらないというものである。李光基は怒る、というより笑い出したくなった。
誰が流したのか知らないがそこまでありえないと笑えてくるのが不思議であった。
李光基は意地悪そうな表情をした。
「徳妃、そなたはその噂を聞いてどう思った」
「おそれながら、妾は……陛下や花嫁様に対する侮辱ではないかと……」
それに李光基は頷く。
「噂というのは恐ろしいものだな」
それを妹が信じたのかもしれないと李光基は考える。
噂の出所を突きとめるのは難しいが、皇帝と花嫁、どちらに悪意を持っているかで絞り込むことは可能だろう。
杯を置き、徳妃から酒瓶を取り上げる。
そして彼女を抱いて床へ向かった。
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