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第1部 四神と結婚しろと言われました

146.人生万事塞翁が馬(料理人視点)

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 春巻だけでほぼおなかいっぱいになった香子が食べすぎたと少し後悔をしながらお茶を飲んでいた頃、四神宮の料理長である朱孝明と馬遼はそわそわしながら侍女が皿を下げてくるのを待っていた。
 作る物の質は違えど、同じく料理をする者として彼らはそれなりに気が合ったらしい。
 馬遼は商売をするというよりどちらかといえば料理をする方が好きな男であった。屋台で一人やらせると売上がなくなってしまうと、妻と娘の馬蝉が切り盛りしてどうにか暮らしている状態である。ちなみに息子は独立して別のところで屋台を開いている。だが料理の腕はそれほどいいとはいえなかった。料理の腕だけで言ったら息子より馬蝉の方がいいだろうと馬遼が思っているのは余談である。
 さて、侍女が昼食の皿を下げてくると二人は春巻の載っていた皿を探した。
 四神があまり食べないことはわかっているので残ることは想定内である。
 四神宮に勤めるということは元々閑職に近い扱いである。基本正月にしか訪れない四神の為に常に最高級の物が用意される。それは食べ物も同様で、料理人は四神が訪れるたびに腕をふるった。だが期待に反して四神には食事そのものがあまり必要ではなかった。
 無念である。
 そうしてずっと、あまり食べてもらえない四神宮の料理人として寂しく暮らしていくのだろうと諦めていたところに、香子が現れた。
 香子は異世界からやってきたとはいうが、人間である。当然のことながら三度三度の食事が必要だった。
 料理長以下厨房に勤める者たちは狂喜した。
 この際どんなわがままを言われてもいい。好き嫌いがどれだけあってもかまわない。
 彼らは仕える主に料理を出すことに飢えていた。
 願わくば四神の花嫁があまり小食でなければいいと思いつつ彼らは腕をふるった。
 そしてそれに香子はひどく喜んでくれた。
 四神とその花嫁が四神宮に滞在するのは約一年間だという。その一年精一杯仕えようと彼らは思った。
 以前の料理人たちに比べたら一年その腕を存分にふるえるだけでも幸せである。宮廷の料理長は各宮に配属されるとよほどのことがない限り引退まで変わることはない。料理人はたまに入れ替わることもあるが、四神宮に配属された者たちに異動はなかった。
 主のいない宮に仕えることがどれほどむなしいか。
 だが相手は国の守り神である。
 誠心誠意お仕えする為に四神宮は必要不可欠なものだった。
 そんなわけで現在四神宮の料理人たちは生き生きしていた。
 朱孝明と馬遼は大量の春巻を載せていた皿を探していた。そんな二人に侍女が笑む。香子が来たことで今の四神宮には活気があった。
 一皿に十何本も載せられていたはずの春巻は、二本ぐらいしか残っていなかった。

『して、花嫁様は何本ぐらい食べられたのか?』

 朱孝明がどうにか取り繕って聞くと、

『そうですね、各五本ずつぐらいでしょうか。残されたことを非常に悔やんでいらっしゃいましたよ』

 侍女が素直に答える。

『そうか、ご苦労だった』

 各五本ずつと聞いて馬遼は目を見開いた。あの細い体のどこに春巻だけで十本も入るというのだろう。そんな馬遼の様子に朱孝明は苦笑した。

『初めからそんなに食べていらっしゃったわけではない。大量に食べ始めたのはここ何日かの話だ』

 おそらく四神となにかあったのだろうということは想像がつく。それがよい方向であるのは料理が更に減っていることで明らかである。

『はぁ……』

 馬遼はわかったようなわからないようななんとも言えない表情をした。

『しかし各五本ずつというと両方気に入られたということか。これはますます馬遼殿にいろいろと教えていただかなければ』

 朱孝明がそう言うと馬遼はびっくりした顔で首と手を振った。

『と、とんでもねぇことです!』
『いやいや、空いた時でよいからこちらに来ていただけないだろうか。もちろん給金は出す』

 正確には趙文英が予算から捻出するのだが、香子により楽しんで暮らせるようにと料理長は馬遼の手を取った。
 馬遼もまた嬉しかった。まさに人生万事塞翁が馬である。
 こうして馬遼は四神宮の臨時料理人となったのだった。
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