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第1部 四神と結婚しろと言われました

141.管理職はつらいのです(中書令視点)

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「そうか」

 王英明からの報告を聞き、中書令である李雲は心中で嘆息した。しかしあごひげを撫でながらもその表情に変化はない。

『四神宮にお詫びの品を用意しなさい』
『承知しました』

 王は一礼して下がった。

(なんと厄介な……)

 予想できたことではあったが、皇后以下女たちがこれほど愚かだったとは。現皇帝の治世の日が浅いことは周知の事実だがそれは言い訳にならない。
 現皇帝の治世はまだ五年程しか経っていない。
 そうでなくても前の皇帝は体の弱い人で、その治世のほとんどをベッドの上で過ごした。それでも皇后(現皇太后)が比較的聡明な人だった為、権限のほとんどを皇帝の元に残しておくことができたし、先代の皇帝もできるだけ隙を見せなかった。
 だが表になかなか出られない皇帝の治世は全てが順調とは言い難かった。皇帝は皇后の第一子を皇太子とし、それをかなり早い段階で明確にしていた。兄弟同士の皇位争いを避ける為である。百官のほとんどは清廉な者たちであったが、中には皇帝の目が届かないのをいいことに私腹を肥やそうとする者もいた。現皇帝は皇太子時代からそれらに目をつけ、即位後証拠をつきつけて断罪した。当然ながら腐敗はそれだけにとどまらず、今もまだ一部の者たちに侮られているような状況である。
 本来皇帝が臣下に侮られるなどあってはいけないことだ。だが唐王朝は歴代の王朝よりも遥かに長い時間を謳歌している。途中危機的状況もあったがどうにか回避し、実に約一四〇〇年も続いているのだった。
 常にその間平和であったわけではない。けれど王朝が入れ替わるほどの激動はなかったことも確かである。
 中書令である李雲にとって現皇帝は賢帝と言ってもいいぐらいだった。
 それは親戚であるという欲目を抜いても確かなのだが、それを快く思わない者も存在する。前皇帝の時代に甘い蜜を啜った者たちからすれば目の上のたんこぶといっても過言ではない。
 そして愚かな者ほど権力におもねる傾向にある。まだ皇帝の権力が確立していないこの時期に花嫁が現れたのは厄介であると同時に好都合でもあった。
 四神や花嫁に贈物をする場合は中書省を通す必要がある。つまり誰がいつどんな物を贈ったかということが筒抜けになる。しかも花嫁が現れたことで四神や花嫁に面会を求める者も増えているという。さすがにそれを許可するわけにはいかないので全て中書省で断っている。
 だが今回側室の関係者や公主がとんでもないことをしてくれた。
 平和な世が続き四神に対する畏敬が薄れてきた結果だろうか。李雲は首を傾げながらあごひげを撫でる。
 市井の者たちの方がよっぽど四神に敬意を払っていると、誘拐されてきたという料理人についての話を聞いた時に思ったものだ。
 皇后や公主、後宮の女たちが何を勘違いしているのか知らないが、四神は無条件で国を守ってくれる存在ではない。長いことこの地に留まってくれているが、こちらが無礼を働き続ければ簡単にこの国を見捨てるに違いなかった。だから皇族は四神に何かを求められる以外は極力関わらないようにしてきたというのに、それすらも教えられていないのだろうか。
 どちらにせよ彼女たちにいらぬ入れ知恵をした者がいることは間違いない。
 李雲は再び嘆息した。
 このことを皇帝の耳に入れるのは些か気が重い。
 おそらくまた烈火のごとく怒るのだろうと予想できるだけに、あまり足を向けたいとは思えなかった。
 怒られるのは自分ではないが、仕事が増えるのはいただけない。

(どうお伝えしたものか……)

 李雲は首を何度も軽く傾げながらあごひげを撫でるのだった。
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