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第1部 四神と結婚しろと言われました

139.手順というのは面倒なものです

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 香子は目を伏せ、朱雀に縋りつくような形で抱かれていた。頬がいたたまれなさと恥ずかしさでほんのりと赤く染まっているのに朱雀は一瞬口角を上げる。もちろん目の前で跪き、こうべを垂れている皇后と公主以下女たちが知るすべはない。
 香子があまり気にしていないからいいようなものの、実のところ四神や眷属も含めて四神宮の者たちはかなりいらいらしていた。四神は今まで己たちに向けられる非礼は特に気にもしなかったが、香子に向けられるそれには許せないと感じ始めている。それは四神が無条件に花嫁を愛す故の感情の高ぶりであり、かつて理解できずいたずらに手を出そうとした王は国もろとも滅ぼされたこともあるほどだった。その歴史を皇帝が知らないわけはない。だが人間が四神や花嫁に関わる時期は非常に少ないだけに、四神に対する敬意が久しく失われているのかもしれなかった。

『……花嫁様に対する非礼を、謝罪に参りました』

 女官がどうにか震え声を発した。それもまるで蛇に射竦められた蛙のような風情で。

『謝罪をするのは誰か』
『……昭正公主でございます……』
『では本人がせよ』

 白雲の声は冷え切っており、とんでもない威圧感があった。女官はとうとう何も言えなくなった。
 跪いている者たちはみな青褪めていた。威圧感を発しているのは白雲だけではない。黒月も、そして香子を抱いている朱雀からも立っていることができないほどの重圧があった。皇后がどうにか公主を促す。

『こ、公主……さぁ……』

 公主は這いずるようにして一歩前に出た。

『……この度は花嫁様への非礼の、お詫びに伺いました。若輩者のしたこととどうか……』
『非礼とは何か』

 消え入りそうな声を発する公主に、白雲が言葉を重ねる。

『……え……その……』

 公主は白雲の問いになんと答えてよいのかわからないようだった。
 香子は彼女たちに聞こえないようにそっとため息をついた。
 成人前とは聞いているのでまもなく十五歳になる少女ということはわかっているが、公主は皇族である。
 十五歳になれば降嫁することが決まっている彼女はこれからもそのままでいくのだろう。皇帝の末の妹ということはそれなりに甘やかされて育ってきているに違いない。
 だがそれとこれとは別である。
 誰に入れ知恵をされたのか知らないが四神やその花嫁に手を出していいはずがないということは、ここにきて日が浅い香子にだってわかる。

『何を謝罪するつもりか』

 白雲の声は静かで、そして氷のように冷たかった。公主はどうしたらいいかわからず、とうとう皇后の方に目を向けた。

『……恐れながら、公主は花嫁様に下賎な食べ物をお贈りしたことを悔いております……』

 皇后が頭を下げたまま言う。
 香子はそれを聞いて顔に一気に血が上るのを感じた。

(下賎ですってぇっ!?)

 口を開きそうになるのをどうにかぐっとこらえる。あまりの怒りに顔色まで変わってしまいそうだった。
 何を以て下賎と言うのか。
 皇族の何がそんなに偉いのか香子には理解できない。
 それはもちろん天皇が象徴とされる時代に産まれている香子だから理解できないのかもしれない。だが自国の民が作った物を『下賎』の一言で言い表す皇族など誰が尊敬しようと思うのだろう。

(漢の劉邦だって元は農民でしょう!?)

 ぶるぶると震える手を朱雀がそっと握った。顔を上げると香子を愛しそうに見つめる朱雀の瞳があった。それに思わず香子は赤面してしまう。

『何故それを花嫁に贈ったのか』

 白雲の質問は続いている。

『……は、花嫁様はこの国に来られてまだ日の浅いご様子……できればこの国をよく知っていただこうと……』

 消え入りそうな声で、今度は公主が答えた。

『公主は花嫁に贈ったような食べ物を食べたことはあるか』
『……ありません』

 この答えにはさすがに四神宮の皆が呆れた。

『自分で食べたこともない下賎な食べ物を花嫁に贈ったのか』

 公主の目に涙が浮かんだ。
 香子はさすがに同情はしなかった。

『……たいへん申し訳ございません! わたくしの監督不行き届きにございます!』

 皇后が頭を地板ゆかに擦りつけるようにして言った。それすらもわざとらしく映る。

『……花嫁は寛大な御方である』

 少し間を置いて白雲が言葉を紡いだ。
 それに皇后と公主がはっとしたように顔を上げようとする。

『そなたらが本当に己の行いを悔いていると言うならば、攫ってきた料理人に対して丁寧な謝罪をすれば花嫁は許すとおっしゃられた』

 皇后と公主の顔が真っ赤になった。
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