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第1部 四神と結婚しろと言われました

134.言葉には気をつけましょう

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 馬蝉の視線はぶしつけだった。よく言えば正直だと香子は思う。
 香子は留学中この手の視線には慣れっこになっていた。中国人はとても正直で、こちらが外国人だとわかるとまじまじと見られたものだった。
 だから馬蝉のそれに対して他の者が眉をひそめたのに気付かなかった。

『な、なんてこと言うんじゃ! おめえみてえなひよっこが花嫁様の料理を作るなんてだいそれたことができるわきゃあねえ! 馬鹿も休み休みいいやがれっ!』

 しばらく固まっていた馬遼だが、香子の少し困ったような顔にはっとしたらしい。急いで娘に向き直り怒鳴りつけた。だが馬蝉も黙ってはいなかった。

『だっておとっつあん、せっかく王宮の中に入れてもらえたんだから仕事ぐらい斡旋してもらったって罰は当たらないじゃないか!』

 彼女の言い分も一理あると香子はのんびり思うが、人が足りているならかえって邪魔になるだろう。

『彼女を雇えるかどうかはわからないまでも、一応人手が足りているかどうか聞いてきてもらってもいいですか?』

 趙文英に再度声をかける。

『承知しました』

 趙もまたはっとしたような表情をして急いでその場を辞した。

『そ、そんなことをしていただくわけにはいかねぇです! 花嫁様においしいと言っていただけただけでわしとしては満足です!』
『花嫁さま、花嫁さまって、おとっつあん! おっかさんに言いつけるよ!?』
『何を馬鹿なことを言ってるだ! 本来ならご尊顔を拝することもできない雲の上のお人でぇっ! その方においしいと言ってもらえることがどれだけ光栄なことかわかんねぇのか、この馬鹿娘!』

 親子喧嘩を始めた二人をどうしたものか。四神は我関せずという風情だし、眷族たちも同様である。ただ黒月の視線はかなり厳しい。そして侍女たちもなんだか困っているようだった。
 とりあえず趙が戻ってくるのを待つしかないようである。

『でもっ、花嫁さまなんて言ったって元はアタシたちと同じ人じゃあないのっ!? たまたま四神様に見染められただけなのにっ……ひっ!?』

 あちゃあ、と思った時にはすでに黒月の手が馬蝉の肩にかかっていた。

『娘、それ以上花嫁様を愚弄すると命はないぞ』
『……おやめなさい!』

 慌てて香子は黒月に制止の声をかけた。
 その声に黒月はさっと下がる。香子は嘆息した。

『……今この宮付の者が厨房に聞きにいっています。その返事を待ってからにしてください。それから、一応仮にもこちらで働きたいと思うのであれば私や四神に対する不敬は控えなさい』

 真面目な表情で告げると、さすがに馬蝉も青ざめた。自分の言ったことの意味をやっと理解できたに違いなかった。

『たいへんお待たせしました』

 そこへ料理長と思しき人と共に趙が戻ってきた。

『料理長の朱孝明です。直接話させた方がいいと思いまして連れてまいりました』
『御苦労さまでした』

 趙の言葉に香子はねぎらう。
 朱はすぐにその場で平伏した。

『畏れ多くも四神宮で料理を作らせていただいております。花嫁様からの暖かいお言葉、いつもありがたく受け取っておりまして……』
『前口上はいらぬ。結果だけを申せ』

 朱の科白を遮った朱雀の声は少しいらだっているようにも聞こえた。涼しい顔をしてはいたが、おそらく馬蝉の科白が不快だったに違いない。

『は……申し訳ありません。き、基本的に下働きは足りておりまして……ただ、わたくしめは個人的に市井の料理というものを馬遼殿に教えていただければとは思っております』

 恐縮するように言った朱に、香子は目を丸くした。仮にも宮廷に仕える料理長だというのになんとも謙虚なことである。
 それに驚いたのはもちろん香子だけではなかった。

『えっ!? ほ、本当でごぜえますか!? わしでよければいくらでも……!』
『ちょっ、おとっつあん! 店はどうするのよっ!?』
『そんなもんおっかあとおめぇらでどうにか切り盛りできるだろうがっ!』

 また始まった親子喧嘩に、香子はこめかみを指先で押さえた。

『ええと、そこらへんはそちらで相談していただいていいですか? 給金のこともあると思うので……』

 そう趙に告げる。

『かしこまりました。わざわざご足労願いまして申し訳ありませんでした』

 趙が平伏する。
 そうして当り前のように玄武が香子を抱えたまま立ち上がり、三神と眷族がその後ろに従った。
 まだ午前中だというのに香子はひどく疲れた。
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