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第1部 四神と結婚しろと言われました

100.仕える者たちの悲哀(趙視点)

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 その夜も王英明は酒瓶を抱えて趙文英を訪ねてきた。
 お互い独身なので構いはしないが、王は趙と違って同期の中でも出世頭である。きっと沢山縁談が持ち込まれているに違いないと趙は思っていた。
 そのことを言ったら、王はあからさまに嫌そうな顔をした。

『いずれは仕方ないだろうが、今は仕事が大事なんだ。花街で遊ぶぐらいがちょうどいいさ』
『そうだな』

 余程中書省の仕事はやりがいがあるのだろう。

『大体そういう趙はどうなんだ?』

 そう聞かれて趙は心の中でうろたえた。まさか花嫁以外に好意を持っている女性はいないなどと言うわけにもいかない。

『……両親が亡くなってから仕事三昧だったからな。こちらにも来たばかりだししばらくは考えられない』
『まぁそうだろうな』

 基本四神宮に勤める者は住み込みである。王は王都内に屋敷があるが、ここ数日は着替えを趙の狭い室に持ち込み泊っていた。趙は王城内部のことをほとんど知らないので、王が面白がっていろいろ教えてくれているのだった。
 仕事が大事と言っているが、ようはプライベートが暇だったのだろうと趙は思っている。

『……午前の話がすでに後宮に届いているようだ』

 王は嘆息交じりに杯を煽る。

『どこからそういう話が漏れるんだ?』
『四神も花嫁様も目立つからな。人の目はどこにでもある』

 さもありなんと趙も頷く。花嫁が移動すれば四神が付き添うのは当り前で、四神には眷族も付いてくる。皇帝や皇族が移動する際も沢山の人間が付き従うが、そうでない者たちが大勢で動くのは目立つだろう。

『いくら後宮といえど四神宮に手は出せぬが、お前や侍女たちは気をつけた方がいい』
『侍女たちにも注意する必要があるか……』

 四神宮に関わる人々を思い浮かべる。四神宮に勤める武官も侍女たちの縁戚である為それほどの心配はないだろうが、厨房にも気を配る必要があるだろう。
 皇帝を含む皇族ですら毒を盛られるのだ。もし四神宮の食事に毒が盛られたとしたら国自体潰れかねないのだが、それを正しく理解していない者が多いのが現状である。

『……何故神を侮るのだ……』

 趙には理解できない。この国の守護を担う四神の存在は絶対であり、皇帝であっても口を出すことはできない。神の領域は治外法権のはずなのに人間の欲というのは限りない。

『一年に三日しかお姿を見ることが叶わぬということもある。その方々が一年滞在されるのだ。愚か者なら少しでも取り入りたいと考えるだろう。……まぁ、女性からすれば嫉妬もあるだろうしな』

 最後の一言は花嫁に対してだろう。趙は眉をひそめた。

『……白香様はご自分の世界、国、それに家族も捨てることを余議なくされたというのに……』

 嘆かわしいと趙は思う。
 荷物の入っていた袋を勝手に奪われ壊されて泣き叫んだ花嫁を、趙は一生忘れないだろうと思う。
 その場面だけ見たら何を大げさなと思うかもしれない。けれど彼女を迎えに行った趙にはわかる。ずっと花嫁は気を張っていたのだ。わけもわからぬ場所に飛ばされ、王城に連れて来られ、そして”四神の花嫁”だと言われて。
 それが花嫁にとって、どれだけ理不尽なことか少しは想像つかないのだろうか。

『そんなことに気が回るぐらいなら嫉妬などせぬだろう』
『……それもそうだな』

 どれだけ後宮を抑えられるかは皇帝にかかっている。

『全く、次から次へと煩わしいことだ……』

 王は苦笑した。
 四神が花嫁を迎えるということからわかっていたことではあるが、後宮ぐらい抑えてくれなければこれから来る皇太后を押さえることは難しいだろう。皇太后の反応如何によっては地方に封じられている王たちも参内してくる危険性がある。
 二人は深くため息をついた。

 いつの世もたいへんなのは仕える者たちだといっていい。
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