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第1部 四神と結婚しろと言われました
97.桜は見られませんでした
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植物園の中ほどにある四阿に全員がそろったのは、別れてから二時間ほど経ってからのことだった。
ゆっくり見学すると意外に広く感じたということもあるが、玄武と香子の場合はもちろんそれだけではない。なんだか離れがたくていつまでも口づけ合い、その合間に愛を囁かれては身を震わせ、ということをただひたすらにくり返していた。
(恥ずかしすぎる……)
おかげでほとんど植物園の中は見られず、ほぼ駆け足で玄武に回ってもらってやっと待ち合わせ場所に着いたのである。三神と眷族は涼しげな顔をしていたが玄武と香子が何をしていたかぐらいお見通しだろう。趙文英と王英明も表情には出さないようにしていた。一人恥ずかしくて玄武に縋りついている香子を侍女たちは微笑ましそうに見守っていた。
四阿の側には梅の木が植わっている。お茶を入れてもらい一口啜ると、やっと香子は周りの景色を見ることができた。
『この国には、桜という木はありますか?』
中国といえば梅であるが、日本人としてはやはり桜が見たいと思う。
『桜、ですか……』
王が少し考えるような顔をした。あるかもしれないが聞いたことはないかもしれない。日本では国花に当たるほど重要な花だが、中国ではあまり見たことがなかった。
『庭師に聞けば……あるいは……』
『あ、いえ。知らなければそれでいいのです。あるなら見てみたかっただけなので』
『申し訳ございません』
まだ肌寒い時期だから、あったとしても花開いてはいないかもしれない。
(北京の大学には一~二本植わっていたけど花は白かったし、雲南省でも見たけどあれはショッキングピンクだったなぁ……)
脳裏に花の色を思い浮かべる。
そして、春と言えば有名な漢詩を思い出し、呟くように諳んじてみた。
『春眠不觉晓,(春眠暁を覚えず、
处处闻啼鸟。 処々に啼鳥を聞く。
夜来风雨声, 夜来風雨の声、
花落知多少。 花落ちること知る、多少ぞ。)
……この詩って、こちらでも聞いたことあります?』
王と趙は驚いたような顔をした。
『この国の、最初の頃の詩人、孟浩然の詩ですね……。そちらの世界にもいらしたのですか……』
『はい、唐の時代の詩人だったなと思い出しまして。いてくれてよかったです』
この詩の中の『花』は梅の花のことである。なんとなく風雨で散ってしまうというと桜のイメージがあるからか、香子はけっこうこの詩が好きだった。
『香子、そなたも詩を詠むのか?』
玄武に聞かれて香子はとんでもないと首を振った。
韻をきちんと踏んで詩を書くなんて複雑なことできようはずがない。
(短歌も俳句も書けないのに絶句とか律詩とか書けるわけがない!)
そもそも季語が出て来ないのだから、せいぜい書けて狂歌や川柳というところだろう。
『知識はあるようだが、そういう教育は受けていないのか?』
朱雀の問いにたじたじする。
元々中国の歴史や漢文、お茶や料理等は個人的に好きで勉強していただけである。
実を言うと日本で習っていた時の漢文は苦手だった。レ点一二点はあまり理解できなかったのだ。
『うーん……詰め込み型の教育はされてきたんですけど……』
『世界や国、時代によって違うのだな』
『そういうことなのだと思います』
趙と王はそれに同意するように頷いた。教育について何かしら思うところがあったのだろう。
『そういえば、この植物園の裏には珍しい動物がいるとか玄武様に聞いたのですが……』
『はい。こちらほどの広さはございませんが、明日よろしければご案内いたします』
王が笑んで答えた。それに香子もにっこりする。
いろいろ見られるのが嬉しい。
お茶をしてから植物園の残りの部分を周り、ゆっくりしていたらもう夕方になっていた。
(本当に広い公園を回るのには何日もかかるっていうけど……)
午後だけとはいえ一週間分も許可をとってもらえてありがたいと香子は思う。
四神宮に戻って着替えたら、ちょうど夕食の時間になりそうだった。
ゆっくり見学すると意外に広く感じたということもあるが、玄武と香子の場合はもちろんそれだけではない。なんだか離れがたくていつまでも口づけ合い、その合間に愛を囁かれては身を震わせ、ということをただひたすらにくり返していた。
(恥ずかしすぎる……)
おかげでほとんど植物園の中は見られず、ほぼ駆け足で玄武に回ってもらってやっと待ち合わせ場所に着いたのである。三神と眷族は涼しげな顔をしていたが玄武と香子が何をしていたかぐらいお見通しだろう。趙文英と王英明も表情には出さないようにしていた。一人恥ずかしくて玄武に縋りついている香子を侍女たちは微笑ましそうに見守っていた。
四阿の側には梅の木が植わっている。お茶を入れてもらい一口啜ると、やっと香子は周りの景色を見ることができた。
『この国には、桜という木はありますか?』
中国といえば梅であるが、日本人としてはやはり桜が見たいと思う。
『桜、ですか……』
王が少し考えるような顔をした。あるかもしれないが聞いたことはないかもしれない。日本では国花に当たるほど重要な花だが、中国ではあまり見たことがなかった。
『庭師に聞けば……あるいは……』
『あ、いえ。知らなければそれでいいのです。あるなら見てみたかっただけなので』
『申し訳ございません』
まだ肌寒い時期だから、あったとしても花開いてはいないかもしれない。
(北京の大学には一~二本植わっていたけど花は白かったし、雲南省でも見たけどあれはショッキングピンクだったなぁ……)
脳裏に花の色を思い浮かべる。
そして、春と言えば有名な漢詩を思い出し、呟くように諳んじてみた。
『春眠不觉晓,(春眠暁を覚えず、
处处闻啼鸟。 処々に啼鳥を聞く。
夜来风雨声, 夜来風雨の声、
花落知多少。 花落ちること知る、多少ぞ。)
……この詩って、こちらでも聞いたことあります?』
王と趙は驚いたような顔をした。
『この国の、最初の頃の詩人、孟浩然の詩ですね……。そちらの世界にもいらしたのですか……』
『はい、唐の時代の詩人だったなと思い出しまして。いてくれてよかったです』
この詩の中の『花』は梅の花のことである。なんとなく風雨で散ってしまうというと桜のイメージがあるからか、香子はけっこうこの詩が好きだった。
『香子、そなたも詩を詠むのか?』
玄武に聞かれて香子はとんでもないと首を振った。
韻をきちんと踏んで詩を書くなんて複雑なことできようはずがない。
(短歌も俳句も書けないのに絶句とか律詩とか書けるわけがない!)
そもそも季語が出て来ないのだから、せいぜい書けて狂歌や川柳というところだろう。
『知識はあるようだが、そういう教育は受けていないのか?』
朱雀の問いにたじたじする。
元々中国の歴史や漢文、お茶や料理等は個人的に好きで勉強していただけである。
実を言うと日本で習っていた時の漢文は苦手だった。レ点一二点はあまり理解できなかったのだ。
『うーん……詰め込み型の教育はされてきたんですけど……』
『世界や国、時代によって違うのだな』
『そういうことなのだと思います』
趙と王はそれに同意するように頷いた。教育について何かしら思うところがあったのだろう。
『そういえば、この植物園の裏には珍しい動物がいるとか玄武様に聞いたのですが……』
『はい。こちらほどの広さはございませんが、明日よろしければご案内いたします』
王が笑んで答えた。それに香子もにっこりする。
いろいろ見られるのが嬉しい。
お茶をしてから植物園の残りの部分を周り、ゆっくりしていたらもう夕方になっていた。
(本当に広い公園を回るのには何日もかかるっていうけど……)
午後だけとはいえ一週間分も許可をとってもらえてありがたいと香子は思う。
四神宮に戻って着替えたら、ちょうど夕食の時間になりそうだった。
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