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第4部 四神を愛しなさいと言われました

52.長城が好きでたまらないのです

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 青龍の背に乗り、空を飛びながら香子はあることを思い出した。

《青龍様、一つ黒月に伝言を頼みたいのですがよろしいですか?》
《なんと》
《趙を守ってやってほしいとお伝えください》
《何故》
《思いつきで私たちが行動する陰で、趙が文句を言われるのですよ。とばっちりで誰かに当たられるのはかわいそうです》
《そなたは優しいな》
《理不尽なことが嫌なだけですよ~》

 香子は笑った。
 実際今回のことでしわ寄せがいくのは四神宮の主官である趙文英であろう。次点で王英明が迷惑を被るかもしれないが、それは香子には関係なかった。
 香子は自分の性格の悪さをよく理解している。
 一番最初に皇帝に会った時何を言われたのか覚えているし、王の自分を値踏みするような視線も忘れてはいない。王とは香子が関わり合うことはほとんどないからかまわないが、皇帝に関しては別である。
 それほど頻度が高いとはいえないが、これからも皇帝とは関わることになるだろう。そう思ったら香子は少しげんなりした。

香子シャンズ、如何した?》

 青龍に心話で話しかけられて香子ははっとした。今はとても楽しい空中散歩の時間である。皇帝のことなど考えているのはもったいない。

《ごめんなさい。皇帝の顔を見たら怒りが湧いてきまして》
《そなたが望むなら、皇帝など始末してもかまわぬが》
《いやいやいやいや……ただムカつくだけですからやめてください》

 せっかく平和な治世だというのにそれを乱しては申し訳ないと、香子はすぐに否定した。

《そうか?》
《そうなんです。個人的に嫌なだけですし、文句を言いたいだけですから気にしないでください。それより……すごく空が澄んでてキレイですね》

 香子はどうにか話を変えた。

《そうさな、どこか行きたいところはあるか?》
《そうですねぇ……》

 この流れで万里の長城に向かってはどうかと香子は思う。それもあまり兵士がいない場所が好ましい。けれど今は日中だから、青龍の姿は見えるだろう。どうしたものかと香子は考えた。

《長城だな。わかった》

 本性を現した四神にくっついていると考えたことがほぼ伝わるのだった。香子は頭が痛くなるのを感じた。

《あのっ……長城は見たいんです。本当はどれぐらい続いているのかな、とか……以前も見たことは見たのですけど……》

 香子は朱雀の背に乗って長城を見に向かったことはある。しかし夜目がきくようになっているとはいえあの時は夜であった。(第三部139話参照)こんな日中から長城を堂々と見られると思っただけで香子は興奮してきた。

《上から見るだけでいいのですが……長城は軍事施設ですし、その……》
《そなたがしたいと思ったことを言えばよい》

 悠然と空を飛びながら、青龍は香子を促した。

《そうですね。長城の近くに着いたら兵士たちに言葉をかけてもらうことは可能でしょうか。空の見回りをしているだけだから気にするな、とか……》

 香子は自分でそう言っておかしくなった。気にするなと言われても兵士たちは気にするだろう。もしかしたら生きた心地がしないかもしれない。

(飛び道具はあっても、空からの攻撃なんて想定してないだろうしなぁ……)

 そう考えると不思議なものだと香子は思った。

《攻撃するのか?》
《しません!》

 思考がほぼ伝わってしまうというのも考え物である。香子は頭がまた痛くなってきた。
 青龍はゆっくり飛んでいるので、まだ長城には着かないだろう。香子は青龍の背に身体を伏せたまま、下界を眺めた。畑なのだろうか。土で覆われた区画が並んでいる。今は冬だから何も採れないだろう。

(みんな、ごはんはおなかいっぱい食べられているといいのだけど……)

 香子は紅児を思い出した。飢えたことはないらしいが、便利な石の存在は王都に来てから知ったと言っていた。
 あの不思議な石はこの国でしか産出せず、しかも他国に持って行くと徐々にその能力は失われていくという。やはりあれらの石は、四神の存在に影響を受けているのだろうと香子は考える。

(ってことは、四神がこの国の守護を止めたら石は効力を失うのかしら……?)

 そんなことになったらたいへんだ。
 香子はこの国が好きなのだ。これはもうできるだけ長く生きてこの国を存続させるしかないと香子は思った。

《……そなたの考えることはなかなかに壮大だな》
《あ》

 伝わっているというのは以下略。

《そろそろ着くぞ》
《わぁ……早い、ですね……》

 そんなにもう時間が経ったのだろうかと香子は思ったが、もしかしたら香子がぼーっとしている間に一部転移のようなことをしたのかもしれなかった。
 山が見えてきた。
 山の上に人工的な壁があるのが見えて、香子は涙が出そうになった。
 香子は長城が好きだ。大学に通っている時も、何度も見に行ったし、何度も上った。上ってしまえば景色に見惚れて、それで満足するだけなのだがそれでも長城は何度も登りたいと思っている。
 望楼から兵士が出てきて、青龍を指さして何か言っているらしいのが香子にもわかった。

《青龍様》
《ああ》

 青龍は悠然と長城に近づいていく。

《聞け、唐の兵士たちよ。我は東の青龍である。此度は花嫁と共に視察に参った。いつも通り職務に励むがよい》

 尊命! という声が兵士たちから聞こえてきそうだった。
 香子は苦笑した。
 仕事の邪魔をして申し訳ないとは思ったが、それから夕方まで香子は青龍に飛んでもらった。長城より北に続く山々や、その先の荒涼とした大地を眺める。
 四神と共に長生きしなくてはと、香子は実感したのだった。


ーーーーー
心話の表記ぶれなど申し訳ありません。

エールありがとうございます! 本当に嬉しいです!
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