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第1部 四神と結婚しろと言われました
22.世の中は理不尽なものです
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四神と眷属たちがそんなやりとりをした後、再び侍女が表から消え入りそうな声をかけてきた。
『失礼いたします……御史がお目通りをと参っております』
朱雀の眷族である紅夏が朱雀を伺う。朱雀がそれに眼差しで答えると、紅夏は扉を開いた。
謁見の間の外で、御史と思われる官服を着た者が平伏していた。その後ろにまた二人ほど控えているのが見てとれる。
『呂、叩見四神。(呂と申します、四神にお目にかかります) ……おそれながら、白香様の、お荷物をお持ちしました』
『これへ』
一番手前にいる者が震えるような声で用件を言う。それに玄武が厳かに応えた。
朝議の間にいた者なのかどうかはわからないが、四神に怯えるのも無理はないと香子も思う。けれどその怯えは、四神だけのせいではなかったということを香子はすぐに知ることになる。
手前にいる者が背後にいる者たちに指示すると、彼らは赤い朱塗りの盆を長い卓の手前に置いた。その上に香子の荷物が乗っているのが見えて香子は嬉しくなったが、何か様子がおかしいことに気づく。
『此度はたいへん失礼なことをし、まことに申し訳ございませんでした』
手前にいる御史が再び深々と頭を下げる。それに習って、その後ろの位置に戻った者たちも同じように頭を下げた。
(……なんであんなよれよれなの……?)
香子は朱雀の膝から無理矢理下り、自分の荷物の前に足を進めた。
しゃがみこんでバッグを見る。確かに四年も使っていたからほころびはあるが、つい三日前まではこんなぐしゃぐしゃな状態ではなかったはずだ。
(どうしてこんな状態に……?)
不思議に思ってバッグの手提げの部分を持つと、何故か中身がばらばらと盆の上に落ちた。
香子はそこであることに思い至り、真っ青になった。
バッグの開け口のファスナー部分を引き寄せると、そのすぐ横を怜悧な刃物で切られたような口がぱっくり開いている。
香子のバッグは少し特殊な作りをしていた。見た目はリュックなのだが、開け口はしょった時背中に当たる部分にあり、ファスナーで開くようになっている。普通リュックというと上にかぶさっている部分を取れば、あとは紐かなにかで開け口が縛ってあるだけである。しかし香子のバッグは上に開け口はない。この見た目リュックのバッグは、スリなどが多い中国でとても役に立った。背中にバッグをしょっていても背後から中身を取られることはない。もちろん刃物でバッグを切り裂くような輩は別だが、幸いそんな性質の悪いスリに遭ったことはなかった。
だから帰国してしばらくお休みさせることはあっても、その後また海外に行く時などは便利だから使うつもりで大事に扱ってきた。
元々物持ちのよい香子は、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。
他に破損している部分がないかどうか確かめる。いろいろな部分を無理矢理引っ張られたような跡があった。ファスナーの開け方がわからなかったのかもしれないが何も切り裂くことはないだろうと香子は思う。
(あ、そうだ。中身……)
バッグにばかり気を取られていて中身の確認をしていなかったことに思い至る。そっとファスナーを開け、中身を取り出していく。
(パスポート、ある。アルバム、ある……)
一つずつ確認しながらばらばらとめくり、その中身が取られていないかどうかも確認する。財布の中の細かいお金はきっと取られていてもわからないだろう。
一心不乱に中の物の確認している香子を、周りは固唾を飲んで見守っていた。
なんというか、周りから見ているだけでもその様子は尋常ではなかった。
一通り確認し、なくなっていないものは多分ないと納得すると、香子はバッグから出した物を再びバッグの中に戻した。その様子を見て確認が済んだと判断したらしい御史がおそるおそる声をかけてきた。
『持ち物に遺漏はございませんでしょうか……?』
『……多分、ありません……』
香子が心ここに非ずという様子でそう答えると、御史はあからさまにほっとした顔をした。
『それはよろしゅうございました』
(……何がいいというの……?)
香子はバッグを手元に引き寄せてその腕の中にきつく抱きしめた。
確かにたかがバッグ一つのことかもしれない。けれどそのバッグは香子の物で、これからもずっと使い続けていくだろうと疑いもしなかったもので。
もちろんバッグだけのことではない。ここ三日ほどで起こったいろいろなことが香子の頭の中を渦巻く。もうとっくに香子の許容量は超えていたのだ。そのぱんぱんに張りつめていたものが、バッグを壊されたことで一気に表へと噴き出すほどに。
「う……う……うああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
香子はバッグを守るように抱きしめたまま声も限りに泣き叫んだ。
周りにどう見られようがそんなことは関係ない。香子の胸は後悔でいっぱいだった。
どうして預けてしまったのか。どうして忘れていられたのか。どうして、どうして、どうして。
そのあまりにも悲痛な慟哭に、しばらく誰もその場を動くことはできなかった。
『失礼いたします……御史がお目通りをと参っております』
朱雀の眷族である紅夏が朱雀を伺う。朱雀がそれに眼差しで答えると、紅夏は扉を開いた。
謁見の間の外で、御史と思われる官服を着た者が平伏していた。その後ろにまた二人ほど控えているのが見てとれる。
『呂、叩見四神。(呂と申します、四神にお目にかかります) ……おそれながら、白香様の、お荷物をお持ちしました』
『これへ』
一番手前にいる者が震えるような声で用件を言う。それに玄武が厳かに応えた。
朝議の間にいた者なのかどうかはわからないが、四神に怯えるのも無理はないと香子も思う。けれどその怯えは、四神だけのせいではなかったということを香子はすぐに知ることになる。
手前にいる者が背後にいる者たちに指示すると、彼らは赤い朱塗りの盆を長い卓の手前に置いた。その上に香子の荷物が乗っているのが見えて香子は嬉しくなったが、何か様子がおかしいことに気づく。
『此度はたいへん失礼なことをし、まことに申し訳ございませんでした』
手前にいる御史が再び深々と頭を下げる。それに習って、その後ろの位置に戻った者たちも同じように頭を下げた。
(……なんであんなよれよれなの……?)
香子は朱雀の膝から無理矢理下り、自分の荷物の前に足を進めた。
しゃがみこんでバッグを見る。確かに四年も使っていたからほころびはあるが、つい三日前まではこんなぐしゃぐしゃな状態ではなかったはずだ。
(どうしてこんな状態に……?)
不思議に思ってバッグの手提げの部分を持つと、何故か中身がばらばらと盆の上に落ちた。
香子はそこであることに思い至り、真っ青になった。
バッグの開け口のファスナー部分を引き寄せると、そのすぐ横を怜悧な刃物で切られたような口がぱっくり開いている。
香子のバッグは少し特殊な作りをしていた。見た目はリュックなのだが、開け口はしょった時背中に当たる部分にあり、ファスナーで開くようになっている。普通リュックというと上にかぶさっている部分を取れば、あとは紐かなにかで開け口が縛ってあるだけである。しかし香子のバッグは上に開け口はない。この見た目リュックのバッグは、スリなどが多い中国でとても役に立った。背中にバッグをしょっていても背後から中身を取られることはない。もちろん刃物でバッグを切り裂くような輩は別だが、幸いそんな性質の悪いスリに遭ったことはなかった。
だから帰国してしばらくお休みさせることはあっても、その後また海外に行く時などは便利だから使うつもりで大事に扱ってきた。
元々物持ちのよい香子は、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。
他に破損している部分がないかどうか確かめる。いろいろな部分を無理矢理引っ張られたような跡があった。ファスナーの開け方がわからなかったのかもしれないが何も切り裂くことはないだろうと香子は思う。
(あ、そうだ。中身……)
バッグにばかり気を取られていて中身の確認をしていなかったことに思い至る。そっとファスナーを開け、中身を取り出していく。
(パスポート、ある。アルバム、ある……)
一つずつ確認しながらばらばらとめくり、その中身が取られていないかどうかも確認する。財布の中の細かいお金はきっと取られていてもわからないだろう。
一心不乱に中の物の確認している香子を、周りは固唾を飲んで見守っていた。
なんというか、周りから見ているだけでもその様子は尋常ではなかった。
一通り確認し、なくなっていないものは多分ないと納得すると、香子はバッグから出した物を再びバッグの中に戻した。その様子を見て確認が済んだと判断したらしい御史がおそるおそる声をかけてきた。
『持ち物に遺漏はございませんでしょうか……?』
『……多分、ありません……』
香子が心ここに非ずという様子でそう答えると、御史はあからさまにほっとした顔をした。
『それはよろしゅうございました』
(……何がいいというの……?)
香子はバッグを手元に引き寄せてその腕の中にきつく抱きしめた。
確かにたかがバッグ一つのことかもしれない。けれどそのバッグは香子の物で、これからもずっと使い続けていくだろうと疑いもしなかったもので。
もちろんバッグだけのことではない。ここ三日ほどで起こったいろいろなことが香子の頭の中を渦巻く。もうとっくに香子の許容量は超えていたのだ。そのぱんぱんに張りつめていたものが、バッグを壊されたことで一気に表へと噴き出すほどに。
「う……う……うああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
香子はバッグを守るように抱きしめたまま声も限りに泣き叫んだ。
周りにどう見られようがそんなことは関係ない。香子の胸は後悔でいっぱいだった。
どうして預けてしまったのか。どうして忘れていられたのか。どうして、どうして、どうして。
そのあまりにも悲痛な慟哭に、しばらく誰もその場を動くことはできなかった。
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