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第1部 四神と結婚しろと言われました

11.ありし日の思い出(朱雀視点の回想)

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 己の腕の中にすっぽりと収まる存在に朱雀はひどくご機嫌だった。染めているとはいえ、自分と同じ赤い髪をしている娘には親近感が湧いた。そして当然のことだろうが、赤が好きだと素直に答えたその娘を、朱雀は心から愛するだろうと予見する。
 だがまずは玄武の次代を産んでもらうのが先であることも重々承知している。
 玄武は千歳を数えた。いつ代替わりをしてもおかしくない歳であるのに玄武には次代がいない。
 この娘の前に異世界から来た花嫁が、先代の青龍と共に身罷った為だった。
 彼女は約六五0年前この世界に召喚されてきた。
 彼女は漢民族であったが、その頃その国を治めていたのはモンゴル族という異民族であったという。少数の遊牧の民は大勢であるはずの漢民族を支配していた。
 彼女はただの農民であったが、最後までモンゴル族に抵抗していた地域に祖先が住んでいた為にひどい圧政に苦しんでいた。
 当時朱雀はまだ百歳になったばかりで、彼女に次代を産んでもらうような歳ではなかった。
 彼女はおとなしい女性だった。
 先代の白虎はその頃既に九00歳を迎え、次代が必要な年齢にさしかかっていた。元の世界でひどい暮らしを強いられてきた彼女は半ば奪われるようにして白虎を受け入れた。最初のうちは望まぬ結婚であったかもしれないが、長年暮らすうちに情が芽生えたのだろう。百年程して次代を産み落とし、その五0年後に白虎が身罷った時は身も世もなく泣き崩れた。
 けれど次は先代の青龍が次代を必要としていた。先代の白虎が身罷った頃七00歳を迎えていた青龍は、彼女がこの世界に召喚されてきた時から想っていた。
 哀しみに暮れる彼女を慰め、やがて青龍はほとんどの時間を共に過ごすようになった。青龍の次代はすぐには必要なかったせいか、朱雀が求めれば彼女はその柔らかい体を差し出してくれた。それにより朱雀も眷族を増やしてもらうことができた。
 彼女は青龍と愛し合っていた。青龍の眷族を沢山産み、そして青龍が千歳の時次代を産み落とした。そこで彼女の心の均衡が崩れた。
 次代を産めばそれから百年以内に夫は世界に溶け込んでしまう。
 それなのに自分だけはまたこの世界に残される。
 彼女の心が千々に乱れたことは想像に難くない。
 青龍が身罷れば次は玄武の番である。
 いつまでくり返せばいいのだろうと彼女は途方に暮れた。
 その様子を、朱雀と玄武、そして次代の白虎も見守ることしかできなかった。
 玄武は最初から彼女を諦めていた。だから青龍が身罷るであろう前に彼女に言った。

『ならば青龍と共に逝くか?』

 彼女は涙を流した。
 人間は強い。けれど、五00年近くも生きていくのは楽ではなかった。
 彼女が召喚された頃生きていた者は既になく、あんなに愛し合った白虎も彼女を置いて逝ってしまった。
 そして今度はまた夫である青龍が逝こうとしている。

『玄武様、ごめんなさい……。あたしもう疲れました……』

 それに玄武は穏やかに笑んだ。

『人の身であるそなたに酷な人生を与えてしまった我々を、どうか許しておくれ』

 その言葉に、朱雀は玄武が彼女を、静かにだが深く想っていたことを知った。
 青龍と共に彼女はこの世を去った。
 今から約一五0年前のことである。


 そして今朱雀の腕の中にまた、異世界からの花嫁が収まっている。
 この娘のこともきっと自分たちは泣かせてしまうのだろう。
 けれどできることなら少しでも心穏やかに、この娘が少しでも多く笑って過ごせるようにしてやろうと思う。
 その為には、この国すらも捨てることができるだろう。
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