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第4部 四神を愛しなさいと言われました

34.大祭前の過ごし方

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 春節を明後日に控えたその日は晴天だった。
 その翌日は除夕チュウシー(旧暦の大晦日)である。

『明日は水餃子をいっぱい作るのかしら?』

 昼食の席で香子は首を傾げて呟いた。

『聞いて参ります』

 香子が止める間もなく、侍女はそう言って食堂を出て行った。
 またやってしまったと香子は思ったが、実のところ香子は除夕の水餃子を食べるという習慣に憧れを持っていたのである。
 中国でいう大晦日は太陽暦の十二月三十一日ではない。春節の前日(腊月三十)が大晦日だ。その頃は大学が冬休みに入っていて、長期休みは親との約束で一時帰国をしていた。香子が大陸で春節を過ごしたことは今までなかったのである。
 ちなみに正月十五と呼ばれる元宵節ユエンシャオジエは、大学の新学期開始のタイミングで一度だけ過ごしたことがあった。店で粉にまみれた元宵と呼ばれる餡が中に入ったお団子を買い、寮で茹でて食べたのはいい思い出である。
 元宵節の翌日にはどの店にも置いてなかったのが衝撃的ではあった。というのは余談である。
 それよりも除夕だ。
 侍女が戻ってきた。

『水餃子を沢山用意する予定とのことです。他に花嫁さまが食べたいものがあればなんでも作ると申しておりました』
『わぁ……』

 水餃子は一応予定にあったかもしれないが、他の料理はどうなのだろうと香子は考える。そして今頃になってはっとした。
 みなまもなく正月だというのに四神宮で働いている。

『……水餃子を沢山食べられればそれ以上望むものはないわ。料理は厨師コックにお任せしますと伝えてちょうだい』

 それだけどうにか言うと、香子はため息をついた。休みの差配など香子が気にすることではないが、どうなっているのだろう。
 一旦部屋に戻って延夕玲におそるおそる尋ねた。

『休暇、でございますか?』

 夕玲には不思議そうに聞き返されてしまった。

『ええ、だって春節でしょう? 家族で過ごしたりするものではないの?』
『……花嫁さまは、わたしたちが王城に仕えている意味をご存知ではないのですか?』

 とうとう首を傾げられた。一応香子も知識としては知っている。

『……基本的に、王城に住み込みで働いている人たちは皇帝の持ち物ってことでしょう? それぐらい私も知っているわ。でも四神宮は違うのではないかと思ったのよ』
『休暇は春節が過ぎてからみなそれぞれいただきますので、花嫁さまが気になさることではございません』
『……わかったわ。ありがとう』

 夕玲は嘆息した。

『花嫁さまは妾たちのことを気にしすぎです。妾たちを気にするぐらいでしたら、もっと四神のことを考えてくださいませ』
『じゅ、十分考えてると思うけど……』

 そう香子が反論すれば、夕玲は柳眉を逆立てた。

『足りません』
『えええ?』
『いいですか? 花嫁さまの夫候補は四神なのですよ? 四六時中四神のことを考えても足りません!』
『そんなー……』

 香子は苦笑した。正直そんなに男のことばかり考えていたくなかった。もちろん香子は四神が大好きだが、それだけが全てではないのである。

『花嫁さまはいろいろ考えすぎです。明日はもう除夕ですし、明後日の朝は早いのですよ。今は四神と春節のことを考えてくださいませ』
『……考えたくない……』

 冬の大祭に出たいと言ったのは香子だったが、衣裳替えなどがとにかく面倒である。別に四神のことを考えたくないわけではない。

『花嫁さま!』
『はい!』

 香子は夕玲に叱られてしまった。
 いったいどちらが主だかわからないと香子は思ったが、夕玲の直接の雇い主は皇太后である。

夕玲シーリンが青藍と結婚したらどうなるのかしら?)

 そんなことをちら、と思ったが、また余計なことを考えてると怒られそうだったので、香子は口に出さないことにした。
 亀の歩みではあるが、一応香子も学習はしているのである。
 午後、香子は白虎と共に過ごした。
 白虎の室の居間で、長椅子に腰掛けている白虎を椅子にしている形だ。白雲がお茶を淹れてくれた。

『紅茶がおいしい……』

 香子は呟いた。こちらに来ている四神の眷属は、黒月を除いて食事をしなくても生きていける者たちである。いったいどうやってその身体を維持しているのか疑問に思うところではあるが、きっと霞を食って生きているのだろうと香子は思っている。
 はっきり言ってそういうことは考えたら負けだ。四神に聞いても誰も答えられないし、眷属に聞いたところで首を傾げるだけである。この世界のメカニズムがどうなっているのか教えてくれる者はいないのだ。
 話が脱線した。紅茶がおいしいのである。
 白雲は食事をしないでも生きていける者筆頭なので、茶壺は侍女から受け取っているだけだ。その中身を気にすることはない。
 だが白雲は侍女頭の陳秀美を娶る予定である。お茶一つとっても知らなくてはいけないことが多いはずだった。

『……冬は紅茶、でございましたな』

 珍しく白雲が口を開いた。

『ええ、その方が身体が暖まるから。特に女性は身体が冷えやすいから、そういうことを気にしてあげるのも男の役目よ』
『ありがとうございます』

 陳が白雲でいいというのならば香子がなんやかや言う必要はない。だが陳は四神宮に仕えている者である。眷属たちには番(つがい)と見つけた相手を幸せにしてあげてほしいと香子は思っている。

『そうだ白虎様、聞いてくださいよ~』

 香子は白虎にもたれて、夕玲に怒られたことを話したりして過ごした。白虎はそんな香子を優しく包んでくれていた。
 明日がもう除夕だなんて信じられないと、香子は思った。
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