486 / 608
第4部 四神を愛しなさいと言われました
34.大祭前の過ごし方
しおりを挟む
春節を明後日に控えたその日は晴天だった。
その翌日は除夕(旧暦の大晦日)である。
『明日は水餃子をいっぱい作るのかしら?』
昼食の席で香子は首を傾げて呟いた。
『聞いて参ります』
香子が止める間もなく、侍女はそう言って食堂を出て行った。
またやってしまったと香子は思ったが、実のところ香子は除夕の水餃子を食べるという習慣に憧れを持っていたのである。
中国でいう大晦日は太陽暦の十二月三十一日ではない。春節の前日(腊月三十)が大晦日だ。その頃は大学が冬休みに入っていて、長期休みは親との約束で一時帰国をしていた。香子が大陸で春節を過ごしたことは今までなかったのである。
ちなみに正月十五と呼ばれる元宵節は、大学の新学期開始のタイミングで一度だけ過ごしたことがあった。店で粉にまみれた元宵と呼ばれる餡が中に入ったお団子を買い、寮で茹でて食べたのはいい思い出である。
元宵節の翌日にはどの店にも置いてなかったのが衝撃的ではあった。というのは余談である。
それよりも除夕だ。
侍女が戻ってきた。
『水餃子を沢山用意する予定とのことです。他に花嫁さまが食べたいものがあればなんでも作ると申しておりました』
『わぁ……』
水餃子は一応予定にあったかもしれないが、他の料理はどうなのだろうと香子は考える。そして今頃になってはっとした。
みなまもなく正月だというのに四神宮で働いている。
『……水餃子を沢山食べられればそれ以上望むものはないわ。料理は厨師にお任せしますと伝えてちょうだい』
それだけどうにか言うと、香子はため息をついた。休みの差配など香子が気にすることではないが、どうなっているのだろう。
一旦部屋に戻って延夕玲におそるおそる尋ねた。
『休暇、でございますか?』
夕玲には不思議そうに聞き返されてしまった。
『ええ、だって春節でしょう? 家族で過ごしたりするものではないの?』
『……花嫁さまは、妾たちが王城に仕えている意味をご存知ではないのですか?』
とうとう首を傾げられた。一応香子も知識としては知っている。
『……基本的に、王城に住み込みで働いている人たちは皇帝の持ち物ってことでしょう? それぐらい私も知っているわ。でも四神宮は違うのではないかと思ったのよ』
『休暇は春節が過ぎてからみなそれぞれいただきますので、花嫁さまが気になさることではございません』
『……わかったわ。ありがとう』
夕玲は嘆息した。
『花嫁さまは妾たちのことを気にしすぎです。妾たちを気にするぐらいでしたら、もっと四神のことを考えてくださいませ』
『じゅ、十分考えてると思うけど……』
そう香子が反論すれば、夕玲は柳眉を逆立てた。
『足りません』
『えええ?』
『いいですか? 花嫁さまの夫候補は四神なのですよ? 四六時中四神のことを考えても足りません!』
『そんなー……』
香子は苦笑した。正直そんなに男のことばかり考えていたくなかった。もちろん香子は四神が大好きだが、それだけが全てではないのである。
『花嫁さまはいろいろ考えすぎです。明日はもう除夕ですし、明後日の朝は早いのですよ。今は四神と春節のことを考えてくださいませ』
『……考えたくない……』
冬の大祭に出たいと言ったのは香子だったが、衣裳替えなどがとにかく面倒である。別に四神のことを考えたくないわけではない。
『花嫁さま!』
『はい!』
香子は夕玲に叱られてしまった。
いったいどちらが主だかわからないと香子は思ったが、夕玲の直接の雇い主は皇太后である。
(夕玲が青藍と結婚したらどうなるのかしら?)
そんなことをちら、と思ったが、また余計なことを考えてると怒られそうだったので、香子は口に出さないことにした。
亀の歩みではあるが、一応香子も学習はしているのである。
午後、香子は白虎と共に過ごした。
白虎の室の居間で、長椅子に腰掛けている白虎を椅子にしている形だ。白雲がお茶を淹れてくれた。
『紅茶がおいしい……』
香子は呟いた。こちらに来ている四神の眷属は、黒月を除いて食事をしなくても生きていける者たちである。いったいどうやってその身体を維持しているのか疑問に思うところではあるが、きっと霞を食って生きているのだろうと香子は思っている。
はっきり言ってそういうことは考えたら負けだ。四神に聞いても誰も答えられないし、眷属に聞いたところで首を傾げるだけである。この世界のメカニズムがどうなっているのか教えてくれる者はいないのだ。
話が脱線した。紅茶がおいしいのである。
白雲は食事をしないでも生きていける者筆頭なので、茶壺は侍女から受け取っているだけだ。その中身を気にすることはない。
だが白雲は侍女頭の陳秀美を娶る予定である。お茶一つとっても知らなくてはいけないことが多いはずだった。
『……冬は紅茶、でございましたな』
珍しく白雲が口を開いた。
『ええ、その方が身体が暖まるから。特に女性は身体が冷えやすいから、そういうことを気にしてあげるのも男の役目よ』
『ありがとうございます』
陳が白雲でいいというのならば香子がなんやかや言う必要はない。だが陳は四神宮に仕えている者である。眷属たちには番(つがい)と見つけた相手を幸せにしてあげてほしいと香子は思っている。
『そうだ白虎様、聞いてくださいよ~』
香子は白虎にもたれて、夕玲に怒られたことを話したりして過ごした。白虎はそんな香子を優しく包んでくれていた。
明日がもう除夕だなんて信じられないと、香子は思った。
その翌日は除夕(旧暦の大晦日)である。
『明日は水餃子をいっぱい作るのかしら?』
昼食の席で香子は首を傾げて呟いた。
『聞いて参ります』
香子が止める間もなく、侍女はそう言って食堂を出て行った。
またやってしまったと香子は思ったが、実のところ香子は除夕の水餃子を食べるという習慣に憧れを持っていたのである。
中国でいう大晦日は太陽暦の十二月三十一日ではない。春節の前日(腊月三十)が大晦日だ。その頃は大学が冬休みに入っていて、長期休みは親との約束で一時帰国をしていた。香子が大陸で春節を過ごしたことは今までなかったのである。
ちなみに正月十五と呼ばれる元宵節は、大学の新学期開始のタイミングで一度だけ過ごしたことがあった。店で粉にまみれた元宵と呼ばれる餡が中に入ったお団子を買い、寮で茹でて食べたのはいい思い出である。
元宵節の翌日にはどの店にも置いてなかったのが衝撃的ではあった。というのは余談である。
それよりも除夕だ。
侍女が戻ってきた。
『水餃子を沢山用意する予定とのことです。他に花嫁さまが食べたいものがあればなんでも作ると申しておりました』
『わぁ……』
水餃子は一応予定にあったかもしれないが、他の料理はどうなのだろうと香子は考える。そして今頃になってはっとした。
みなまもなく正月だというのに四神宮で働いている。
『……水餃子を沢山食べられればそれ以上望むものはないわ。料理は厨師にお任せしますと伝えてちょうだい』
それだけどうにか言うと、香子はため息をついた。休みの差配など香子が気にすることではないが、どうなっているのだろう。
一旦部屋に戻って延夕玲におそるおそる尋ねた。
『休暇、でございますか?』
夕玲には不思議そうに聞き返されてしまった。
『ええ、だって春節でしょう? 家族で過ごしたりするものではないの?』
『……花嫁さまは、妾たちが王城に仕えている意味をご存知ではないのですか?』
とうとう首を傾げられた。一応香子も知識としては知っている。
『……基本的に、王城に住み込みで働いている人たちは皇帝の持ち物ってことでしょう? それぐらい私も知っているわ。でも四神宮は違うのではないかと思ったのよ』
『休暇は春節が過ぎてからみなそれぞれいただきますので、花嫁さまが気になさることではございません』
『……わかったわ。ありがとう』
夕玲は嘆息した。
『花嫁さまは妾たちのことを気にしすぎです。妾たちを気にするぐらいでしたら、もっと四神のことを考えてくださいませ』
『じゅ、十分考えてると思うけど……』
そう香子が反論すれば、夕玲は柳眉を逆立てた。
『足りません』
『えええ?』
『いいですか? 花嫁さまの夫候補は四神なのですよ? 四六時中四神のことを考えても足りません!』
『そんなー……』
香子は苦笑した。正直そんなに男のことばかり考えていたくなかった。もちろん香子は四神が大好きだが、それだけが全てではないのである。
『花嫁さまはいろいろ考えすぎです。明日はもう除夕ですし、明後日の朝は早いのですよ。今は四神と春節のことを考えてくださいませ』
『……考えたくない……』
冬の大祭に出たいと言ったのは香子だったが、衣裳替えなどがとにかく面倒である。別に四神のことを考えたくないわけではない。
『花嫁さま!』
『はい!』
香子は夕玲に叱られてしまった。
いったいどちらが主だかわからないと香子は思ったが、夕玲の直接の雇い主は皇太后である。
(夕玲が青藍と結婚したらどうなるのかしら?)
そんなことをちら、と思ったが、また余計なことを考えてると怒られそうだったので、香子は口に出さないことにした。
亀の歩みではあるが、一応香子も学習はしているのである。
午後、香子は白虎と共に過ごした。
白虎の室の居間で、長椅子に腰掛けている白虎を椅子にしている形だ。白雲がお茶を淹れてくれた。
『紅茶がおいしい……』
香子は呟いた。こちらに来ている四神の眷属は、黒月を除いて食事をしなくても生きていける者たちである。いったいどうやってその身体を維持しているのか疑問に思うところではあるが、きっと霞を食って生きているのだろうと香子は思っている。
はっきり言ってそういうことは考えたら負けだ。四神に聞いても誰も答えられないし、眷属に聞いたところで首を傾げるだけである。この世界のメカニズムがどうなっているのか教えてくれる者はいないのだ。
話が脱線した。紅茶がおいしいのである。
白雲は食事をしないでも生きていける者筆頭なので、茶壺は侍女から受け取っているだけだ。その中身を気にすることはない。
だが白雲は侍女頭の陳秀美を娶る予定である。お茶一つとっても知らなくてはいけないことが多いはずだった。
『……冬は紅茶、でございましたな』
珍しく白雲が口を開いた。
『ええ、その方が身体が暖まるから。特に女性は身体が冷えやすいから、そういうことを気にしてあげるのも男の役目よ』
『ありがとうございます』
陳が白雲でいいというのならば香子がなんやかや言う必要はない。だが陳は四神宮に仕えている者である。眷属たちには番(つがい)と見つけた相手を幸せにしてあげてほしいと香子は思っている。
『そうだ白虎様、聞いてくださいよ~』
香子は白虎にもたれて、夕玲に怒られたことを話したりして過ごした。白虎はそんな香子を優しく包んでくれていた。
明日がもう除夕だなんて信じられないと、香子は思った。
13
お気に入りに追加
4,026
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。
昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。
入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。
その甲斐あってか学年首位となったある日。
「君のことが好きだから」…まさかの告白!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる