475 / 609
第4部 四神を愛しなさいと言われました
23.葛藤が深すぎます
しおりを挟む
朱雀の室に入ると、朱雀は長椅子に腰掛けた。
香子は内心ほっとした。白虎のように寝室に運ばれなくてよかったと思う。
紅夏がお茶を淹れた。
『ありがとう……』
大きな陶器の急須だ。まるで香子が来るのを待っていたかのようである。
(四神は連絡もできるんだもんね……)
香子はぼんやり思った。
白虎が朱雀にヘルプをかけ、朱雀は香子を受け取りに行くとでも眷属に告げたのだろうか。いちいち確認することでもないが、眷属は本当に自分たちの神がよいように行動する。
(別にお金をもらったりしてるわけじゃないんだよね?)
侍女や武官、主官である趙文英や女官である延夕玲は給金をもらって働いているわけだが、眷属たちはどうなのだろうと、香子は今更ながら考えた。
『ねえ、紅夏。貴方たち眷属は賃金をもらっているの?』
『賃金という形ではもらっていませんが、使えるお金はございます』
『そうなんだ……』
『財務を担っている眷属と人間の役人が貢物と税金から全てを賄えるように計算しているはずです。人間の役人がごまかしなどをしていないかどうかは朱雀様に会わせればすぐにわかりますので、財務管理などもしやすいようです』
紅夏はそう言って、珍しく楽しそうに笑んだ。
『そうなのね。ありがとう』
だからなんだというわけではないが、白雲は侍女頭である陳秀美と、紅夏は紅児と、青藍は延夕玲を娶る予定なのだから経済力は必須であると香子は考えたのだ。紅児はすでに紅夏に娶られているのだが……。
(ああ、もう一人いたああああ)
紅炎が香子の侍女である林雪紅を口説いていることを香子は思い出した。
四神には貢物が山と届けられる。その貢物と領地の税金で四神の領地は潤っている。土地自体は辺鄙で、過酷な場所らしいのだが、四神がいることで領民たちはそこから離れようとしないし、かえってそこに住みたいと思う者がいるぐらいだ。
だから四神の眷属も経済力はある。
(でもあの口説き方には納得がいかないっ!)
とはいえ人のことである。香子が口を出すとこじれるから止めてくれと夕玲に言われているので、香子はどうにか抑えているのだった。
『花嫁様』
『ん?』
また珍しく紅夏が香子に声をかけた。紅夏が香子に声をかけることはほとんどない。それは紅児の件があるから猶更だった。
『何かしら?』
『朱雀様に嫁がれる気はないのですか? 朱雀様に嫁げば、エリーザにもいつでも会えます』
『う……』
なんというアピール、と香子は詰まった。それを言われると香子は弱い。以前もそんなようなことを言われたことがあったような気がした。
『そ、そそそそんなことで朱雀様に嫁いだら失礼じゃない……』
『失礼ではないぞ。そなたが我と同じぐらい我を想ってくれるよう口説き続ければいいのだからな』
香子の椅子になっている朱雀が楽しそうに囁いた。そのテナーが香子を優しく包む。
(ううう……そんないい声でそんなことを言わないでほしい)
そうでなくとも香子はメンクイだし、いい声にも弱いし、四神の体格も好みだしでどうしようもないのである。香子は自分が何に抗っているのかわからなくなってきた。
しかし香子は四神の花嫁だから、香子を望んでいるのは朱雀だけではないということをどうにか思い出した。
(あ、危なかった……)
香子からすれば、いい声で囁くの禁止! と言いたいぐらいだが朱雀はその声なのだからしょうがない。玄武のバリトンは腰が砕けそうになるし、白虎のバスも痺れるし、青龍の涼やかな声も耳に心地良い。香子は声フェチではないが、四神の声にはたまらんと思っている。
『い、いいえ! ちゃんと、朱雀様のことも、玄武様とか、白虎様とか、青龍様のことも考えますから!』
『真面目なことだ』
朱雀が楽しそうにククッと笑う。その声も反則! と香子は内心大いに身もだえた。
『……エリーザでもつれないとすればどうしたらいいのでしょうかね……』
紅夏が考えるような顔をした。おい、お前! と香子は文句を言いたくなった。
『だからっ! 結婚ってそういうことで決めちゃいけないと思うのよっ!』
『よいではありませんか。朱雀様と結婚したら退屈はしませんよ』
『そうなんだろうってことはわかるけどそうじゃなくて……』
ああうう……と頭を抱えた。
『紅夏、あまり香子を困らせるな』
『……それもこれも朱雀様が本気で口説かないからいけないのではありませんか』
『……そなたにはわからぬ』
香子はその声にゾクッとした。冷たいのに、甘く感じる。冷たい返答は紅夏に、けれどそれは香子にとってはひどく甘い。
香子は朱雀が好きなのだ。抱かれてもいいぐらい好きで、でも嫁ぐとなると二の足を踏んでしまう。
(ずっと朱雀様とだけなんて……まだ想像つかない……)
『朱雀様』
香子は少し振り向くようにして、朱雀を窺った。
『如何した?』
待たせているという自覚もあるし、きっと四神にも嫉妬はあるだろうしと香子の葛藤は深い。
『いえ……お茶、おいしいです』
身体まで甘くなっているのがわかって、香子は戸惑った。このまま朱雀に抱かれたいと香子は思う。
だがそれはしてはいけないことのように、香子には感じられた。
ーーーーー
香子ちゃん、相変わらずもだもだぐーるぐる。
香子は内心ほっとした。白虎のように寝室に運ばれなくてよかったと思う。
紅夏がお茶を淹れた。
『ありがとう……』
大きな陶器の急須だ。まるで香子が来るのを待っていたかのようである。
(四神は連絡もできるんだもんね……)
香子はぼんやり思った。
白虎が朱雀にヘルプをかけ、朱雀は香子を受け取りに行くとでも眷属に告げたのだろうか。いちいち確認することでもないが、眷属は本当に自分たちの神がよいように行動する。
(別にお金をもらったりしてるわけじゃないんだよね?)
侍女や武官、主官である趙文英や女官である延夕玲は給金をもらって働いているわけだが、眷属たちはどうなのだろうと、香子は今更ながら考えた。
『ねえ、紅夏。貴方たち眷属は賃金をもらっているの?』
『賃金という形ではもらっていませんが、使えるお金はございます』
『そうなんだ……』
『財務を担っている眷属と人間の役人が貢物と税金から全てを賄えるように計算しているはずです。人間の役人がごまかしなどをしていないかどうかは朱雀様に会わせればすぐにわかりますので、財務管理などもしやすいようです』
紅夏はそう言って、珍しく楽しそうに笑んだ。
『そうなのね。ありがとう』
だからなんだというわけではないが、白雲は侍女頭である陳秀美と、紅夏は紅児と、青藍は延夕玲を娶る予定なのだから経済力は必須であると香子は考えたのだ。紅児はすでに紅夏に娶られているのだが……。
(ああ、もう一人いたああああ)
紅炎が香子の侍女である林雪紅を口説いていることを香子は思い出した。
四神には貢物が山と届けられる。その貢物と領地の税金で四神の領地は潤っている。土地自体は辺鄙で、過酷な場所らしいのだが、四神がいることで領民たちはそこから離れようとしないし、かえってそこに住みたいと思う者がいるぐらいだ。
だから四神の眷属も経済力はある。
(でもあの口説き方には納得がいかないっ!)
とはいえ人のことである。香子が口を出すとこじれるから止めてくれと夕玲に言われているので、香子はどうにか抑えているのだった。
『花嫁様』
『ん?』
また珍しく紅夏が香子に声をかけた。紅夏が香子に声をかけることはほとんどない。それは紅児の件があるから猶更だった。
『何かしら?』
『朱雀様に嫁がれる気はないのですか? 朱雀様に嫁げば、エリーザにもいつでも会えます』
『う……』
なんというアピール、と香子は詰まった。それを言われると香子は弱い。以前もそんなようなことを言われたことがあったような気がした。
『そ、そそそそんなことで朱雀様に嫁いだら失礼じゃない……』
『失礼ではないぞ。そなたが我と同じぐらい我を想ってくれるよう口説き続ければいいのだからな』
香子の椅子になっている朱雀が楽しそうに囁いた。そのテナーが香子を優しく包む。
(ううう……そんないい声でそんなことを言わないでほしい)
そうでなくとも香子はメンクイだし、いい声にも弱いし、四神の体格も好みだしでどうしようもないのである。香子は自分が何に抗っているのかわからなくなってきた。
しかし香子は四神の花嫁だから、香子を望んでいるのは朱雀だけではないということをどうにか思い出した。
(あ、危なかった……)
香子からすれば、いい声で囁くの禁止! と言いたいぐらいだが朱雀はその声なのだからしょうがない。玄武のバリトンは腰が砕けそうになるし、白虎のバスも痺れるし、青龍の涼やかな声も耳に心地良い。香子は声フェチではないが、四神の声にはたまらんと思っている。
『い、いいえ! ちゃんと、朱雀様のことも、玄武様とか、白虎様とか、青龍様のことも考えますから!』
『真面目なことだ』
朱雀が楽しそうにククッと笑う。その声も反則! と香子は内心大いに身もだえた。
『……エリーザでもつれないとすればどうしたらいいのでしょうかね……』
紅夏が考えるような顔をした。おい、お前! と香子は文句を言いたくなった。
『だからっ! 結婚ってそういうことで決めちゃいけないと思うのよっ!』
『よいではありませんか。朱雀様と結婚したら退屈はしませんよ』
『そうなんだろうってことはわかるけどそうじゃなくて……』
ああうう……と頭を抱えた。
『紅夏、あまり香子を困らせるな』
『……それもこれも朱雀様が本気で口説かないからいけないのではありませんか』
『……そなたにはわからぬ』
香子はその声にゾクッとした。冷たいのに、甘く感じる。冷たい返答は紅夏に、けれどそれは香子にとってはひどく甘い。
香子は朱雀が好きなのだ。抱かれてもいいぐらい好きで、でも嫁ぐとなると二の足を踏んでしまう。
(ずっと朱雀様とだけなんて……まだ想像つかない……)
『朱雀様』
香子は少し振り向くようにして、朱雀を窺った。
『如何した?』
待たせているという自覚もあるし、きっと四神にも嫉妬はあるだろうしと香子の葛藤は深い。
『いえ……お茶、おいしいです』
身体まで甘くなっているのがわかって、香子は戸惑った。このまま朱雀に抱かれたいと香子は思う。
だがそれはしてはいけないことのように、香子には感じられた。
ーーーーー
香子ちゃん、相変わらずもだもだぐーるぐる。
23
お気に入りに追加
4,026
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……


【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。
昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。
入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。
その甲斐あってか学年首位となったある日。
「君のことが好きだから」…まさかの告白!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる