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第4部 四神を愛しなさいと言われました
21.朱雀の領地で過ごしていた時のことを話してみました
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香子は一度部屋に戻してもらった。
延夕玲と侍女たちに迎えられて、香子はまたほっとした。
『朱雀様の領地は如何でしたか?』
長椅子に横たわり、侍女たちにマッサージをしてもらいながら香子は夕玲にそう尋ねられた。
『ここよりも気候は温暖ね。街で買い物ができたのは嬉しかったわ』
『それはよろしゅうございました』
そういえば、と香子は思い出した。
『エリーザは朱雀様の領地に行ったことがあるのよね。どんなふうに過ごしていたの?』
部屋の隅に控えていた紅児はみるみるうちに赤くなった。香子はあー、と察した。紅夏と紅児はいわば新婚さんである。紅夏はその為に紅児を朱雀の領地へ連れて行ったのだと知り、香子は紅夏に殺意を覚えた。
『エリーザ、答えにくいならいいわ。ごめんなさい』
聞く前に考えればよかったと香子も反省した。香子は何も考えずに言ってしまうクセをいいかげんどうにかしたいと思う。
『花嫁さま』
『なあに?』
夕玲に声をかけられて、香子は珍しいなと思った。
『花嫁さまは、青龍様の領地へ向かわれる予定はないのですか?』
『そうね。もう少し暖かくなってきたら、全ての領地を見回りたいとは思っているわ』
『そうですか』
そこで会話が止まってしまった。凝り固まった身体がほぐされ、香子は『もういいわ、ありがとう』と身体を起こした。
『朱雀の領地では気疲れされたのですね』
今日は夕玲がよく話しかけてくる。
『んー……気疲れというか、なんと言えばいいのかしら。朱雀様の館には眷属しかいないのよ』
『はい』
『四神の眷属ってみんな、表情があまり動かないのよね。足音も聞こえないし、みんな同じ赤い髪をしてて、建物の中も全て広くて……なんか落ち着かなかったのよ』
『表情があまり動かない、ですか』
夕玲は眉を寄せた。何か考えているようである。
『しかもね、私が朱雀の領地に足を付けたら我慢ができなくなるとかでずっと朱雀様に抱き上げられていたの。着替えの時もよ』
『それは確かに疲れそうです』
侍女たちがまぁ、というような顔をした。
『花嫁さま、その御髪は……』
『これはさすがに床に腰掛けてあちらの眷属に結い上げてもらったわ。椅子に座らせるのも嫌みたいで、困ってしまったの』
『まぁ、なんて愛の深い……』
『素敵ですわ……』
侍女たちの目にハートが浮かんでいるようだ。香子は苦笑した。
『でも街に出られてよかった……こちらではさすがに街を歩くなんてことできないものね』
本当は、香子はこの北京の街を歩きたかった。四年暮らした土地である。どこがどう元の世界と違うのか、もし許されるなら歩き回りたいと香子は思っている。そしてそれは決してできないことも知っていた。
『花嫁さま……』
みな香子の気持ちを悟り、どう声をかけたらいいのかわからなかった。香子がこの北京で街を歩きたいなどと言ったらたいへんなことになるだろうということを、夕玲だけでなく侍女たちもわかっていた。その点香子は非常に聞き分けがいい。後宮で仕える侍女たちが話すような主人の横暴もない。
『ごめんなさいね。元の世界のこの街とどう違うのかなって気になっただけだから。日中も空から眺めることができたらいいのだけど』
侍女たちは目を剥いた。空から眺めるとはどういうことかと尋ねたいが、尋ねていいものなのかと夕玲を窺った。夕玲はため息をついた。
『花嫁さま、日中も、というと春の大祭の時のように、ということでしょうか?』
『ええ、そうね。あれでもう少し高度を下げて飛んでもらえれば街の様子が見られるかなーって……』
夕玲は頭が痛くなるのを感じた。
『花嫁さま。いいですか? あれはあの時だからそれほど混乱が起きなかっただけで、普段四神が空を飛んでいるなどということがあればたいへんなことになってしまいます。そんなことをされるのでしたら警護をしっかりさせていただき、街へ出ていただいた方がまだ問題は少ないかと』
香子は夕玲の怒りを悟り、『ごめんなさい』と頭を下げた。
(せっかくいい案だと思ったのに)
暗い中飛んでもらうのもいいのだが、明かりがそれほどないから全然街の様子が見えないのだ。それでも明かりとして使っているのは光石(グワンシー)だから、王都はまだ明るいのだろう。もちろん夜のお散歩はみなには内緒である。そんなことをしているとバレたら夕玲が鬼になってしまいそうだと香子は思った。
『花嫁さま、白雲が来ております』
部屋の外から黒月の声が届いた。
『通してちょうだい』
一泊しただけなのに、先ほどは黒月に会うのも久しぶりだと香子が思ってしまったのは内緒だ。それぐらい香子にとって黒月が側にいるのは当たり前になっている。
『花嫁さま、失礼します』
『白雲、なにかあったの?』
『花嫁さま、これからの時間は白虎様と過ごしてはいただけませぬか』
香子は目を丸くした。午後である。
『そうね。夕食までの時間は白虎様と過ごしたいわ』
さすがに夜は玄武との約束がある。
『ありがとうございます』
表情はあまり動かないが、眷属たちは自分の神の元に香子がいてほしいのである。
(なんで花嫁は一人なのかしらね)
そんな今更なことを思いながらいろいろ整えてもらい、香子は白虎の室へ向かったのだった。
延夕玲と侍女たちに迎えられて、香子はまたほっとした。
『朱雀様の領地は如何でしたか?』
長椅子に横たわり、侍女たちにマッサージをしてもらいながら香子は夕玲にそう尋ねられた。
『ここよりも気候は温暖ね。街で買い物ができたのは嬉しかったわ』
『それはよろしゅうございました』
そういえば、と香子は思い出した。
『エリーザは朱雀様の領地に行ったことがあるのよね。どんなふうに過ごしていたの?』
部屋の隅に控えていた紅児はみるみるうちに赤くなった。香子はあー、と察した。紅夏と紅児はいわば新婚さんである。紅夏はその為に紅児を朱雀の領地へ連れて行ったのだと知り、香子は紅夏に殺意を覚えた。
『エリーザ、答えにくいならいいわ。ごめんなさい』
聞く前に考えればよかったと香子も反省した。香子は何も考えずに言ってしまうクセをいいかげんどうにかしたいと思う。
『花嫁さま』
『なあに?』
夕玲に声をかけられて、香子は珍しいなと思った。
『花嫁さまは、青龍様の領地へ向かわれる予定はないのですか?』
『そうね。もう少し暖かくなってきたら、全ての領地を見回りたいとは思っているわ』
『そうですか』
そこで会話が止まってしまった。凝り固まった身体がほぐされ、香子は『もういいわ、ありがとう』と身体を起こした。
『朱雀の領地では気疲れされたのですね』
今日は夕玲がよく話しかけてくる。
『んー……気疲れというか、なんと言えばいいのかしら。朱雀様の館には眷属しかいないのよ』
『はい』
『四神の眷属ってみんな、表情があまり動かないのよね。足音も聞こえないし、みんな同じ赤い髪をしてて、建物の中も全て広くて……なんか落ち着かなかったのよ』
『表情があまり動かない、ですか』
夕玲は眉を寄せた。何か考えているようである。
『しかもね、私が朱雀の領地に足を付けたら我慢ができなくなるとかでずっと朱雀様に抱き上げられていたの。着替えの時もよ』
『それは確かに疲れそうです』
侍女たちがまぁ、というような顔をした。
『花嫁さま、その御髪は……』
『これはさすがに床に腰掛けてあちらの眷属に結い上げてもらったわ。椅子に座らせるのも嫌みたいで、困ってしまったの』
『まぁ、なんて愛の深い……』
『素敵ですわ……』
侍女たちの目にハートが浮かんでいるようだ。香子は苦笑した。
『でも街に出られてよかった……こちらではさすがに街を歩くなんてことできないものね』
本当は、香子はこの北京の街を歩きたかった。四年暮らした土地である。どこがどう元の世界と違うのか、もし許されるなら歩き回りたいと香子は思っている。そしてそれは決してできないことも知っていた。
『花嫁さま……』
みな香子の気持ちを悟り、どう声をかけたらいいのかわからなかった。香子がこの北京で街を歩きたいなどと言ったらたいへんなことになるだろうということを、夕玲だけでなく侍女たちもわかっていた。その点香子は非常に聞き分けがいい。後宮で仕える侍女たちが話すような主人の横暴もない。
『ごめんなさいね。元の世界のこの街とどう違うのかなって気になっただけだから。日中も空から眺めることができたらいいのだけど』
侍女たちは目を剥いた。空から眺めるとはどういうことかと尋ねたいが、尋ねていいものなのかと夕玲を窺った。夕玲はため息をついた。
『花嫁さま、日中も、というと春の大祭の時のように、ということでしょうか?』
『ええ、そうね。あれでもう少し高度を下げて飛んでもらえれば街の様子が見られるかなーって……』
夕玲は頭が痛くなるのを感じた。
『花嫁さま。いいですか? あれはあの時だからそれほど混乱が起きなかっただけで、普段四神が空を飛んでいるなどということがあればたいへんなことになってしまいます。そんなことをされるのでしたら警護をしっかりさせていただき、街へ出ていただいた方がまだ問題は少ないかと』
香子は夕玲の怒りを悟り、『ごめんなさい』と頭を下げた。
(せっかくいい案だと思ったのに)
暗い中飛んでもらうのもいいのだが、明かりがそれほどないから全然街の様子が見えないのだ。それでも明かりとして使っているのは光石(グワンシー)だから、王都はまだ明るいのだろう。もちろん夜のお散歩はみなには内緒である。そんなことをしているとバレたら夕玲が鬼になってしまいそうだと香子は思った。
『花嫁さま、白雲が来ております』
部屋の外から黒月の声が届いた。
『通してちょうだい』
一泊しただけなのに、先ほどは黒月に会うのも久しぶりだと香子が思ってしまったのは内緒だ。それぐらい香子にとって黒月が側にいるのは当たり前になっている。
『花嫁さま、失礼します』
『白雲、なにかあったの?』
『花嫁さま、これからの時間は白虎様と過ごしてはいただけませぬか』
香子は目を丸くした。午後である。
『そうね。夕食までの時間は白虎様と過ごしたいわ』
さすがに夜は玄武との約束がある。
『ありがとうございます』
表情はあまり動かないが、眷属たちは自分の神の元に香子がいてほしいのである。
(なんで花嫁は一人なのかしらね)
そんな今更なことを思いながらいろいろ整えてもらい、香子は白虎の室へ向かったのだった。
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