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第4部 四神を愛しなさいと言われました

19.朱雀の館内を見せてもらいました

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 髪は軽く結い上げてもらった。用意された簪は朱雀の飾りがついたものと玄武の飾りがついたものである。徹底しているなと香子はげんなりした。
 本当は朱雀の飾りがついた簪だけを差したかったのだろうが、玄武がいるからそこは遠慮したのだろう。しぶしぶ、という様子がよくわかる。

(眷属って本当に正直よね)

 表情はあまり動かないが。
 最初ここに来た時、香子は眷属たちの表情がほとんど動かないことに戸惑った。四神宮にいる四神の眷属たちももちろん表情はあまり動かないのだが、他に侍女たちがいたからそれほど気になってはいなかったのだ。だが朱雀の館には眷属しかいない。表情というのはやはりある程度ないと不安に思うものなのだなと香子は感心した。
 やっと支度が整った。さすがに髪型だけはベッドに腰掛けて整えてもらった。化粧は紅を差してもらったのみである。
 そうして朱雀に抱き上げられ、香子は朱雀の室を出た。
 紅雪が先導する。
 渡り廊下を何度も曲がり、紅雪は眷属たちの居住区、厨房、浴室、広間、そして庭へ案内してくれた。庭はとても広かった。

『うわぁ……ここってどれぐらいの広さがあるの?』

 紅雪は一瞬考えるような顔をした。

『おそらく、ですが……花嫁さまがご自身の足でお歩きになる場合は二刻(一時間)ほどかかるかと思われます』
『そんなに……』

 それは大した庭園だと香子は思ったが、ここはあくまで館内なのでそれほど広くはないらしい。そういえば中国はやたらとスケールがでかいのだった。

(そうだよねー……香山の敷地も、頤和園もとにかく広かったし)
『庭園がよろければそちらへもご案内しましょう』
『……今回はやめておくわ』

 庭園のスケールはおそらく香子が思っているものとは違う可能性が大きい。下手すると見て回るのに夜までかかるかもしれない。それだったら次に来る時に回した方がいいと香子は思った。

『そうでございますか……』

 紅雪はとても残念そうだった。その様子に香子の胸は少し疼いたが、ここでやっぱり……などと言ってはいけないのである。

(絆されてなし崩し的に嫁ぐのはダメ、絶対!)

 わがままかもしれないが、香子はギリギリまで悩みたかった。何せ人生は長いのである。香子が思っているよりもずーっとずっと長いのだ。
 嫁いだらその神の元で百年単位で暮らすのだ。一年ぐらい悩んだとしても罰は当たらないだろう。
 朱雀に抱かれたまま庭を散策させてもらった。まだ冬だから枯れている木は多いし花も見られないが、これはこれで風情があると香子は思った。

『春になればそれはそれは美しいのでございます。切り方も毎年変えておりますので、楽しめると思います』

 紅雪がとてもアピールしてくるのがかわいいと香子は思った。紅雪とはきっとうまく暮らしていけそうである。

(でもね、まだだめ……)

 やはり全ての領地を見て回らないことには決められないと香子は思った。一泊二日という形で、今は冬だから玄武の領地は難しいだろう。春になったら青龍や白虎の領地にも行かせてほしいと香子は考える。

『朱雀様』
『なんだ』
『四神宮には一年を過ぎても滞在は可能なのですよね』
『そうだな』
『決めるまでの間、四神の領地を見て回ることは可能なのでしょうか?』
『それはかまわぬだろう。先は長いのだ。そなたが納得するようにすればいい』
『ありがとうございます』

 四阿でお茶を飲みながら、香子はそんな話をした。
 本当は四神宮に戻ってからした方がいいのかもしれなかったが、戻ってからでは忘れてしまうと香子は思ったのだ。

(あ、でもせめて心話ですればよかったかも……)

 香子は内心冷汗をかいた。

(朱雀さま、ごめんなさい)
(何を謝るのか)
(ここでする話題ではありませんでしたよね)
(そうだな)

 朱雀は頷いた。

(だがそなたが気を遣う必要はない。そなたが我らの花嫁であることは変わらないのだから)
(そう、ですか……)

 四神同士は嫉妬しないとは聞いている。だからあとは香子の気持ち一つなのだということも香子はわかっていた。
 実際のところ、玄武と朱雀は香子を独占したいと思っており、その心のありように戸惑っているのだが、二神はそれを香子に伝えようとは考えていなかった。先代の花嫁もそうであったように、花嫁への負担が大きすぎるということにやっと四神も気づいたのだ。
 お茶はさっぱりとした緑茶だった。なんのお茶だろうと思ったが、香子は聞かないことにした。下手に聞いてお土産にと持たされても困るのである。四神宮は四神宮で四神と香子の為にたくさんの物が用意されている。贈物の量も多いと聞くし、これ以上何かを増やす気にはなれなかった。

(ここに、いずれ来る楽しみにしてもいいしね)

 焦ることはないと香子はお茶を啜った。
 お茶菓子は相変わらず乾きものが多い印象である。日持ちするものが主なのだろう。次に街を散策する時はお菓子を売っている店を探しにいってもいいかなと香子は思った。
 昼食もとても豪華だった。香子が海老を好きだと言ったからなのか、海老もそうだが魚介をふんだんに使った料理がこれでもかと出された。
 香子はそれらをありがたくいただいた。

(やっぱり、なんかいくらでも食べられるようになってる気がする……)

 これは検証が必要だと、香子は内心冷汗をかいた。
 そして今度こそ四神宮に戻ったのだった。
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