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第4部 四神を愛しなさいと言われました
14.朱雀の領地で朱雀の室にお邪魔しています
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四神宮の主官である趙文英には悪いが、今頃皇帝は慌てているだろうなと香子は思った。
香子は自分の性格があまりよくないことは自覚している。いい気味、と思ってから皇帝のことは忘れた。
それよりも朱雀の室である。
四神宮の室よりも天井が高く、とても広かった。扉も大きい。朱雀の室の前の走廊も幅がとても広く、手すりなどはなかった。
『これって、朱雀様が元の姿に戻って飛び立てるようにこうなっているんですか?』
『そうでございます』
紅雪が答えた。
『朱雀様って元の姿でいることが多かったんですか?』
『そうでもない。ただ長いこと寝ていたのでな。あまりよくわからぬ』
朱雀は香子を抱いたまま首を傾げた。
『朱雀様はここ数十年というもの、ほとんど寝て過ごしていらっしゃいました。その間は元の姿でいらっしゃることも多かったのです。たまに起きては街へ下りられることもあったので、領民は朱雀様の変化には気づいていなかったと思われますが……』
紅雪の返事に、そんなことはないだろうと香子は思った。先代の花嫁が早めに身罷ったことで領民にしわ寄せが来ていたはずである。だがそれを花嫁一人に負わせるのは酷ではないかと香子も思うのだ。
(天皇はこの大陸をいったいどうされたいのかしら?)
神様の考えなど計り知れない。
神々の戯れってこともあるだろうしと香子は嘆息した。
『香子、如何した?』
朱雀に声をかけられてはっとした。
『いえ、なんでもありません。室がとても広いので飛んだり跳ねたりできそうだと思いました』
『ふむ……確かに四神宮の室はこれほど広くはないな』
香子からすると四神宮の室も十分広かったが、朱雀の領地の部屋がこんな体育館の半分はありそうな室だとは思ってもみなかったのだ。
『室の中なのにすごい解放感です』
『香子、我の室もこれぐらいの広さはあるぞ』
玄武が笑みを浮かべて教えてくれた。
『本当ですか!?』
それは玄武の領地に向かうのが楽しみである。だが、今は誰の花嫁になるとも決めていないので地板にも足を付けてはいけないと聞き、香子はがっかりした。
(走ったらとっても気持ちよさそうなんだけどな。しょうがないよね)
全然自分の足で歩いていないし、ましてこちらに来てからは走っていない。大人になってからそんなに走ったことはないが、それでも自由に歩いたり走ったりできる環境は大事ではないかと思うのだ。
『そなに走りたいのか?』
朱雀に不思議そうに聞かれてしまった。
『別に……どうしても走りたいわけではないのです。ただ、走りたいと思った時走れる環境かそうじゃないかってかなり違うんですよ? もし嫁いで来たら、館の中は自由に動いてもいいんですよね?』
『当然でございます! この敷地内であればどうぞ自由に散策してくださいませ』
紅雪が食いついた。なんかごめん、と香子は思った。
『紅雪』
『はっ』
『夕飯の時間まで下がれ』
『承知しました』
紅雪は返事をするときびきびと動き、朱雀の室を出て行った。
『朱雀様?』
『……そなたには、まず茶であったな』
『はい……』
朱雀はため息混じりに呟くと長椅子に腰掛けた。お茶のセットは運んできてもらっていたので、香子が朱雀の膝の上でお茶を淹れる。そしてみなで茶を啜った。
『緑茶ですね』
『そのようだな』
『おいしいです。飲んだことがない味わいです』
『帰りに包ませるか』
『いえ、いりません。ここで飲めるものと覚えておきたいですから』
『そうか』
『はい』
ここで飲んだお茶の味はここだけのものだと香子は思う。きっと四神宮に持ち帰ったら途端に色あせてしまうような気が香子はしたのだ。
『もし、ですけど……』
香子はそこで言葉を濁した。これからとてもひどいことを言うことになるのではないかと危惧したからだった。
『もし、なんだ?』
『もし、私が……朱雀様の誰かに嫁いだとしても、私がここに来ることは可能なのでしょうか……?』
『……そなたから許可を得て連れてくることは可能だ。我らはそなたを閉じ込めたいわけではない。玄武兄でも、白虎でも青龍でも好きな相手に嫁ぐといい。そしてそなたが許してくれるのならばいつでも迎えに行こう』
『……どうしてそんなことが許されるのですか……』
香子は己が四神の花嫁であることを知っている。誰かに嫁ぐというのもある意味形式に近いということも。それでも四神の愛を一身に受けているということが、時にたまらなくつらく思えるのだ。これは香子の倫理観の問題でもある。四神の花嫁は四神全ての花嫁なのだから、四神の誰を求めてもよいのだ。だがそれは許されないことだと香子の倫理観が悲鳴を上げるのだった。
『許す許さないではない。我らはそなたしかいらぬ。そしてそなたの相手は我らしかいないのだ。香子』
朱雀が嫣然と笑む。
『いいかげん諦めよ』
『……え』
『我らは決してそなたを離さぬ。そなたが先に誰かと身罷ることなど許しはせぬ。覚悟せよ』
『そんな……』
先代の花嫁のように先に逝くことを許してはくれないらしい。
『だったら……みな私を残して逝ってはいけないじゃありませんか……』
『そうだな。では天皇に願おう。そなたとずっと共に生きられるようにと』
香子は泣きたくなった。
まだ先のことだというのは知っている。それでも別れがくるのは嫌だった。
香子は自分が欲張りだと思う。それでもずっと側にいてほしいと、強く願った。
香子は自分の性格があまりよくないことは自覚している。いい気味、と思ってから皇帝のことは忘れた。
それよりも朱雀の室である。
四神宮の室よりも天井が高く、とても広かった。扉も大きい。朱雀の室の前の走廊も幅がとても広く、手すりなどはなかった。
『これって、朱雀様が元の姿に戻って飛び立てるようにこうなっているんですか?』
『そうでございます』
紅雪が答えた。
『朱雀様って元の姿でいることが多かったんですか?』
『そうでもない。ただ長いこと寝ていたのでな。あまりよくわからぬ』
朱雀は香子を抱いたまま首を傾げた。
『朱雀様はここ数十年というもの、ほとんど寝て過ごしていらっしゃいました。その間は元の姿でいらっしゃることも多かったのです。たまに起きては街へ下りられることもあったので、領民は朱雀様の変化には気づいていなかったと思われますが……』
紅雪の返事に、そんなことはないだろうと香子は思った。先代の花嫁が早めに身罷ったことで領民にしわ寄せが来ていたはずである。だがそれを花嫁一人に負わせるのは酷ではないかと香子も思うのだ。
(天皇はこの大陸をいったいどうされたいのかしら?)
神様の考えなど計り知れない。
神々の戯れってこともあるだろうしと香子は嘆息した。
『香子、如何した?』
朱雀に声をかけられてはっとした。
『いえ、なんでもありません。室がとても広いので飛んだり跳ねたりできそうだと思いました』
『ふむ……確かに四神宮の室はこれほど広くはないな』
香子からすると四神宮の室も十分広かったが、朱雀の領地の部屋がこんな体育館の半分はありそうな室だとは思ってもみなかったのだ。
『室の中なのにすごい解放感です』
『香子、我の室もこれぐらいの広さはあるぞ』
玄武が笑みを浮かべて教えてくれた。
『本当ですか!?』
それは玄武の領地に向かうのが楽しみである。だが、今は誰の花嫁になるとも決めていないので地板にも足を付けてはいけないと聞き、香子はがっかりした。
(走ったらとっても気持ちよさそうなんだけどな。しょうがないよね)
全然自分の足で歩いていないし、ましてこちらに来てからは走っていない。大人になってからそんなに走ったことはないが、それでも自由に歩いたり走ったりできる環境は大事ではないかと思うのだ。
『そなに走りたいのか?』
朱雀に不思議そうに聞かれてしまった。
『別に……どうしても走りたいわけではないのです。ただ、走りたいと思った時走れる環境かそうじゃないかってかなり違うんですよ? もし嫁いで来たら、館の中は自由に動いてもいいんですよね?』
『当然でございます! この敷地内であればどうぞ自由に散策してくださいませ』
紅雪が食いついた。なんかごめん、と香子は思った。
『紅雪』
『はっ』
『夕飯の時間まで下がれ』
『承知しました』
紅雪は返事をするときびきびと動き、朱雀の室を出て行った。
『朱雀様?』
『……そなたには、まず茶であったな』
『はい……』
朱雀はため息混じりに呟くと長椅子に腰掛けた。お茶のセットは運んできてもらっていたので、香子が朱雀の膝の上でお茶を淹れる。そしてみなで茶を啜った。
『緑茶ですね』
『そのようだな』
『おいしいです。飲んだことがない味わいです』
『帰りに包ませるか』
『いえ、いりません。ここで飲めるものと覚えておきたいですから』
『そうか』
『はい』
ここで飲んだお茶の味はここだけのものだと香子は思う。きっと四神宮に持ち帰ったら途端に色あせてしまうような気が香子はしたのだ。
『もし、ですけど……』
香子はそこで言葉を濁した。これからとてもひどいことを言うことになるのではないかと危惧したからだった。
『もし、なんだ?』
『もし、私が……朱雀様の誰かに嫁いだとしても、私がここに来ることは可能なのでしょうか……?』
『……そなたから許可を得て連れてくることは可能だ。我らはそなたを閉じ込めたいわけではない。玄武兄でも、白虎でも青龍でも好きな相手に嫁ぐといい。そしてそなたが許してくれるのならばいつでも迎えに行こう』
『……どうしてそんなことが許されるのですか……』
香子は己が四神の花嫁であることを知っている。誰かに嫁ぐというのもある意味形式に近いということも。それでも四神の愛を一身に受けているということが、時にたまらなくつらく思えるのだ。これは香子の倫理観の問題でもある。四神の花嫁は四神全ての花嫁なのだから、四神の誰を求めてもよいのだ。だがそれは許されないことだと香子の倫理観が悲鳴を上げるのだった。
『許す許さないではない。我らはそなたしかいらぬ。そしてそなたの相手は我らしかいないのだ。香子』
朱雀が嫣然と笑む。
『いいかげん諦めよ』
『……え』
『我らは決してそなたを離さぬ。そなたが先に誰かと身罷ることなど許しはせぬ。覚悟せよ』
『そんな……』
先代の花嫁のように先に逝くことを許してはくれないらしい。
『だったら……みな私を残して逝ってはいけないじゃありませんか……』
『そうだな。では天皇に願おう。そなたとずっと共に生きられるようにと』
香子は泣きたくなった。
まだ先のことだというのは知っている。それでも別れがくるのは嫌だった。
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