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第4部 四神を愛しなさいと言われました

12.ぶらぶらするのが楽しいのです

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 お茶をいくら飲んでも香子はおなかいっぱいにはならないので、その後案内された飯館レストランで香子はしっかり昼食を堪能した。
 味付けはどちらかといえば淡泊で、広東料理を髣髴とさせた。南だからそうなのかもしれない。
 暖かい地域のせいか、野菜がいっぱい食べられて香子は嬉しかった。豌豆尖(エンドウ豆の葉やつるの部分)のスープは絶品だった。

『香子はこれが好きなのか』

 朱雀に聞かれて香子は頷いた。

『大好きです。でもあんまり北京では食べられないんですよね。夏の間だけかな……』
『失礼ですが花嫁様、こちらへいらっしゃれば毎日でも食べられます』

 紅雪に言われて香子はうっとつまった。食いしん坊だとさっそくバレてしまったらしい。

『香子は空心菜とかいう野菜も好きであったな』
『聞いて参りましょう』
『ああうう……』

 食べ物でつるのはずるいと香子は思ったが、眷属も四神の花嫁を迎えたいと思ってくれているのが少し嬉しかった。女性の眷属というのはそもそも数が少ないらしいというのと、最初に会った女性の眷属が黒月だったから香子も少し身構えてしまっていた。

(黒月は玄武様のことを本気で好きだったんだもんね……)

 ちら、と香子は玄武を見る。玄武が香子の視線に気づいて笑んだ。それがまた美しすぎて香子はうっとつまってしまう。何度も言うが香子はメンクイなのだ。未だに四神に微笑みかけられたりするとぽーっとなってしまう。

香子シャンズ、如何した?』

 しかも四神は声もいい。特に玄武のバリトンは耳を犯されているような気になってしまう。こんないい声で、しかも美形だなんて玄武は自分をどうしたいのかと香子は思ってしまう。(玄武が香子を領地に連れ去りたいと思っていることは間違いない)

『なんでもないです……』
『空心菜もあるそうです』

 紅雪が戻ってきた。

『調理法を聞かれましたが、ニンニク炒めでよろしゅうございますか?』
『はい、お願いします』

 蒜蓉空心菜(空心菜のニンニク炒め)は香子の大好物である。北京では夏の間しか食べられないので冬のこの時期に! と香子は感動した。
 香子が好きだと朱雀が言ったからか、これでもかと大皿で出てきて香子は狂喜した。

『こんなにいっぱい……』
『香子、食べ切れぬようなら我らも食べるから気にせず食べよ』
『はいっ!』

 香子は喜んでもりもり食べた。花嫁の身体は人とは異なっている。故に食べようと思えばいくらでも食べられるし、実のところ食べ溜めのようなこともできるようになっていた。だが香子もそうだが四神もそんなことは知らなかった。

『……食べちゃった……』

 香子は愕然とした。確かにおいしかったが、まさかあの量を食べ切るとは香子も思ってはいなかった。

『花嫁様は沢山お食べになるのですね』

 紅雪が感心したように言ったが、そういう問題ではないように香子には思えた。

『玄武様、朱雀様、私の身体、おかしくないですか?』
『そなたは元々よく食べる故、あまり意識したことはなかったな』
『腹が苦しくなるほど食べていなければいいのではないか?』

 四神に聞いた自分がバカだったと香子は思った。香子は自分のおなかに手を当てて、おなかの状態を確認した。確かにおなかはいっぱいなのだが、おそらく食べ物を与えられたら普通に食べそうな気がする。そして、どうもその量は底なしかもしれないということにやっと思い至った。
 今まではおなかが満たされたと感じたら食べるのを止めていたが、もしかしたら食べ溜めのようなことができるのではないかとやっとここで香子も考えた。ただそれを検証するのは今ではない。

『とてもおいしかったです』

 香子はごちそうさまでしたと手を合わせた。

『花嫁様は食べ終わったら手を合わせるのですね』
『そういうところから来ました』

 紅雪が頷いた。昼食後はまた朱雀に抱かれてぶらぶらと通りを回った。

『なにか欲しいものはあるか?』

 朱雀に聞かれて香子は考えたが、特に欲しいものはなさそうだった。本を扱う店に寄ってもらったが、達筆すぎてとても読めなかった。ただどのような本が売られているのかは朱雀に尋ねた。(達筆すぎて題名を読むのも少し難しかったのだ)

『三国演技(三国志)があるな』
『うわあ、読みたいです』

 朱雀が店主に断って本を手に取り、パラパラとめくって香子に見せた。

『読めそうか?』
『……一人では難しいですね』

 達筆だし句読点はないしで、香子としてはとても残念だった。張錦飛に頼んで写本を取り寄せてもらった方が早いかもしれないと香子は思う。その写本を四神に読んでもらって、香子が自分の紙に書き写せば読めるかもしれないと思ったのだ。気の遠くなるような話だが香子には幸い時間はある。そうやって長い時を過ごすのは楽しそうだと香子は思った。
 子どもが読むような本を一冊買ってもらい、後で玄武か朱雀に読んでもらうことにした。

『花嫁様は文字は読めないのでしょうか?』

 紅雪が不思議そうに尋ねた。

『読めないわけではないのです。ただ、こちらの文字や書き方に慣れていないので難しいのです』
『? そうなのですか』

 理解はできないだろうと思う。玄武や朱雀は香子が持っている本を見たことがあるからわかるだろうが、そうでなければ理解を得るのは難しいだろう。

『紅雪、香子は異なる世界から来たのだ。幸いこちらの言葉は喋れるが、文字などの書き方は違ったようだ』
『そうなのですか。失礼しました』

 謝られるようなことでもなかったから、香子は苦笑した。
 特に何をしたわけでもなかったが、香子は十分朱雀の領地での散策を楽しんだのだった。


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ライト文芸大賞応援ありがとうございました!
引き続き完結まで書いて行きたいと思います。
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