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第4部 四神を愛しなさいと言われました
1.北京の冬は本当に寒いのです
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冬である。
北京の冬はとても寒い。雨や雪はろくに降らないが、とにかく寒いのだ。
四神宮の中は基本過ごしやすい気候なのだが、時折吹く風などは防げない。その為、庭や渡り廊下はそれほど恩恵を受けているとは言い難かった。
『……表は少し冷えるわね』
香子は食堂へ向かう為渡り廊下を歩いていた。渡り廊下には屋根はあるが、壁と言えるものは腰の辺りまでしかない。だからいわゆるふきっさらしなのだった。もちろん食堂までの距離は短いが、風が吹けばそれなりに冷える。黒月は慌てたように、『失礼します!』と言ったかと思うと香子を抱き上げた。
『えっ!?』
『申し訳ありません。我らと花嫁様の感覚が違うことを失念しておりました。四神と共にいらっしゃらない時は我がこうしてお運びしますので、どうかご容赦を! ああ、ですがこれでは花嫁様に何かあった場合どうすれば……』
『ちょ、ちょっと黒月落ち着いて! 食堂へ連れて行ってくれる?』
『はい、ただいま』
最近、黒月が取り乱すことが多くなったと香子は思う。それはきっと……。
『趙のおかげなのかしら?』
香子はレンコンを摘まんで小首を傾げた。
『香子、如何した?』
玄武に聞かれ、香子はふふっと笑んだ。食堂に控えているのは給仕の侍女たちと白雲、そして紅炎のみである。本来ならば青藍もいるべきなのだが、今日は延夕玲を攫っていってしまった。本当に眷属は”つがい”に忠実で、なんの為に四神宮に来たのか悩むところである。”つがい”にさえ出会わなければ、今でも普通に控えていたのだろうか。ふとそんなことを香子は思ったが、結局のところそうでなくてもかまわない為、その考えはすぐに霧散した。
『私のことではないのです。ここのところ寒いので、私が部屋を出る際はどなたか抱いていっていただけませんか?』
『そうか……そなたの身体の感覚は人とそう変わらぬのだな』
玄武が頷く。
『我であれば、いつでも呼ぶがよい』
『ありがとうございます。でも、私ってもう病気という病気はしないのですよね?』
『ああ、そなたはもう病にはかからぬ』
『でも寒さは感じるなんて不思議ですね?』
そんなことを話していたら、侍女が白雲に耳打ちした。
『花嫁様、この者が花嫁様の身体の感覚のことでお耳に入れたいことがあるそうです』
『あら、なにかしら?』
侍女は縮こまった。そんな風に怯える必要はないのに、と香子は苦笑した。
『恐れながら、花嫁様は暖石などはお持ちなのでしょうか?』
『いいえ? 私は持っていないわ』
『そうですか。本日は本当に寒いので、渡り廊下を歩かれて少し寒く感じる程度でしたら、花嫁様の感覚も四神に近づいているのではないかと思うのですが……』
本来このようなことを主人に言えば、侍女はただではすまないだろう。だが相手は香子である。香子は目を丸くした。
『そう……今日はそんなに寒いの……だから私も少しは寒く感じたのかもしれないわね。ありがとう』
侍女に礼を言った。侍女はほっとしたようで、『差し出がましいことを申しました』と礼をし、部屋の隅に控えた。
北京の冬の寒さは、香子が大学に通った期間だけよく知っている。
暖石を持っている侍女たちがとても寒いというのだから、今日は本当に寒いのだろうと香子は改めて思った。
四神に抱かれれば抱かれるほど、香子の感覚は人から離れていく。四神は己の周囲を過ごしやすい気候に変えてしまうし、眷属は元より気候の変化は関係ない。それでも眷属の側にいれば気候が安定するなどの恩恵はある。だから黒月は慌てて香子を抱き上げたのだ。香子はさすがに面食らってしまったが。
そんな寒い中、春節についての話が持ち込まれた。
皇帝から新年の晩餐会への誘いと、できれば新年の祭祀を行ってほしいとの要請である。
(やっぱりしなきゃいけないことはあるのね~……)
晩餐会だけではどうやら済まないようだ。今年は四神だけではなく花嫁もいるということで各国の要人がまた訪れることになっているらしい。
ということを、香子たちは王英明によって謁見の間で聞かされた。謁見の間には一応大きな暖石が持ち込まれているので寒くはないはずである。(香子は四神の誰かに抱き上げられているから一切影響を受けない)
『詳細は皇上から説明があると聞いております』
『えええ』
香子は思わず不満の声を発した。はっきり言うが皇帝の顔など見たくはない。
『詳細とはなんのことか』
『祭祀についてでしょう』
白雲の問いに王はよどみなく答えた。
『皇上よりこれを預かってきております』
王が差し出したのは一通の書状だった。
『あいわかった。返事は明日以降でよいのだな』
『はい、趙にお渡しください。私が後日受け取りに参ります』
まどろっこしいと香子は思う。だがこれはこれで必要なやりとりであるらしい。
『……面倒ですね』
『参加は止めるか?』
楽しそうに朱雀が言う。
『いいえ。どうするか決めるのは詳細を聞いてからにしましょう』
その為に皇帝の顔を見るのは業腹だが、と香子は内心悪態をついた。また四神の反対を押し切らなければならないのかと思うと、香子はげんなりした。
ーーーーー
第四部スタートですが、更新頻度を戻します。よろしくー
北京の冬はとても寒い。雨や雪はろくに降らないが、とにかく寒いのだ。
四神宮の中は基本過ごしやすい気候なのだが、時折吹く風などは防げない。その為、庭や渡り廊下はそれほど恩恵を受けているとは言い難かった。
『……表は少し冷えるわね』
香子は食堂へ向かう為渡り廊下を歩いていた。渡り廊下には屋根はあるが、壁と言えるものは腰の辺りまでしかない。だからいわゆるふきっさらしなのだった。もちろん食堂までの距離は短いが、風が吹けばそれなりに冷える。黒月は慌てたように、『失礼します!』と言ったかと思うと香子を抱き上げた。
『えっ!?』
『申し訳ありません。我らと花嫁様の感覚が違うことを失念しておりました。四神と共にいらっしゃらない時は我がこうしてお運びしますので、どうかご容赦を! ああ、ですがこれでは花嫁様に何かあった場合どうすれば……』
『ちょ、ちょっと黒月落ち着いて! 食堂へ連れて行ってくれる?』
『はい、ただいま』
最近、黒月が取り乱すことが多くなったと香子は思う。それはきっと……。
『趙のおかげなのかしら?』
香子はレンコンを摘まんで小首を傾げた。
『香子、如何した?』
玄武に聞かれ、香子はふふっと笑んだ。食堂に控えているのは給仕の侍女たちと白雲、そして紅炎のみである。本来ならば青藍もいるべきなのだが、今日は延夕玲を攫っていってしまった。本当に眷属は”つがい”に忠実で、なんの為に四神宮に来たのか悩むところである。”つがい”にさえ出会わなければ、今でも普通に控えていたのだろうか。ふとそんなことを香子は思ったが、結局のところそうでなくてもかまわない為、その考えはすぐに霧散した。
『私のことではないのです。ここのところ寒いので、私が部屋を出る際はどなたか抱いていっていただけませんか?』
『そうか……そなたの身体の感覚は人とそう変わらぬのだな』
玄武が頷く。
『我であれば、いつでも呼ぶがよい』
『ありがとうございます。でも、私ってもう病気という病気はしないのですよね?』
『ああ、そなたはもう病にはかからぬ』
『でも寒さは感じるなんて不思議ですね?』
そんなことを話していたら、侍女が白雲に耳打ちした。
『花嫁様、この者が花嫁様の身体の感覚のことでお耳に入れたいことがあるそうです』
『あら、なにかしら?』
侍女は縮こまった。そんな風に怯える必要はないのに、と香子は苦笑した。
『恐れながら、花嫁様は暖石などはお持ちなのでしょうか?』
『いいえ? 私は持っていないわ』
『そうですか。本日は本当に寒いので、渡り廊下を歩かれて少し寒く感じる程度でしたら、花嫁様の感覚も四神に近づいているのではないかと思うのですが……』
本来このようなことを主人に言えば、侍女はただではすまないだろう。だが相手は香子である。香子は目を丸くした。
『そう……今日はそんなに寒いの……だから私も少しは寒く感じたのかもしれないわね。ありがとう』
侍女に礼を言った。侍女はほっとしたようで、『差し出がましいことを申しました』と礼をし、部屋の隅に控えた。
北京の冬の寒さは、香子が大学に通った期間だけよく知っている。
暖石を持っている侍女たちがとても寒いというのだから、今日は本当に寒いのだろうと香子は改めて思った。
四神に抱かれれば抱かれるほど、香子の感覚は人から離れていく。四神は己の周囲を過ごしやすい気候に変えてしまうし、眷属は元より気候の変化は関係ない。それでも眷属の側にいれば気候が安定するなどの恩恵はある。だから黒月は慌てて香子を抱き上げたのだ。香子はさすがに面食らってしまったが。
そんな寒い中、春節についての話が持ち込まれた。
皇帝から新年の晩餐会への誘いと、できれば新年の祭祀を行ってほしいとの要請である。
(やっぱりしなきゃいけないことはあるのね~……)
晩餐会だけではどうやら済まないようだ。今年は四神だけではなく花嫁もいるということで各国の要人がまた訪れることになっているらしい。
ということを、香子たちは王英明によって謁見の間で聞かされた。謁見の間には一応大きな暖石が持ち込まれているので寒くはないはずである。(香子は四神の誰かに抱き上げられているから一切影響を受けない)
『詳細は皇上から説明があると聞いております』
『えええ』
香子は思わず不満の声を発した。はっきり言うが皇帝の顔など見たくはない。
『詳細とはなんのことか』
『祭祀についてでしょう』
白雲の問いに王はよどみなく答えた。
『皇上よりこれを預かってきております』
王が差し出したのは一通の書状だった。
『あいわかった。返事は明日以降でよいのだな』
『はい、趙にお渡しください。私が後日受け取りに参ります』
まどろっこしいと香子は思う。だがこれはこれで必要なやりとりであるらしい。
『……面倒ですね』
『参加は止めるか?』
楽しそうに朱雀が言う。
『いいえ。どうするか決めるのは詳細を聞いてからにしましょう』
その為に皇帝の顔を見るのは業腹だが、と香子は内心悪態をついた。また四神の反対を押し切らなければならないのかと思うと、香子はげんなりした。
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