上 下
453 / 598
第4部 四神を愛しなさいと言われました

1.北京の冬は本当に寒いのです

しおりを挟む
 冬である。
 北京の冬はとても寒い。雨や雪はろくに降らないが、とにかく寒いのだ。
 四神宮の中は基本過ごしやすい気候なのだが、時折吹く風などは防げない。その為、庭や渡り廊下はそれほど恩恵を受けているとは言い難かった。

『……表は少し冷えるわね』

 香子は食堂へ向かう為渡り廊下を歩いていた。渡り廊下には屋根はあるが、壁と言えるものは腰の辺りまでしかない。だからいわゆるふきっさらしなのだった。もちろん食堂までの距離は短いが、風が吹けばそれなりに冷える。黒月は慌てたように、『失礼します!』と言ったかと思うと香子を抱き上げた。

『えっ!?』
『申し訳ありません。我らと花嫁様の感覚が違うことを失念しておりました。四神と共にいらっしゃらない時は我がこうしてお運びしますので、どうかご容赦を! ああ、ですがこれでは花嫁様に何かあった場合どうすれば……』
『ちょ、ちょっと黒月落ち着いて! 食堂へ連れて行ってくれる?』
『はい、ただいま』

 最近、黒月が取り乱すことが多くなったと香子は思う。それはきっと……。

『趙のおかげなのかしら?』

 香子はレンコンを摘まんで小首を傾げた。

香子シャンズ、如何した?』

 玄武に聞かれ、香子はふふっと笑んだ。食堂に控えているのは給仕の侍女たちと白雲、そして紅炎のみである。本来ならば青藍もいるべきなのだが、今日は延夕玲を攫っていってしまった。本当に眷属は”つがい”に忠実で、なんの為に四神宮に来たのか悩むところである。”つがい”にさえ出会わなければ、今でも普通に控えていたのだろうか。ふとそんなことを香子は思ったが、結局のところそうでなくてもかまわない為、その考えはすぐに霧散した。

『私のことではないのです。ここのところ寒いので、私が部屋を出る際はどなたか抱いていっていただけませんか?』
『そうか……そなたの身体の感覚は人とそう変わらぬのだな』

 玄武が頷く。

『我であれば、いつでも呼ぶがよい』
『ありがとうございます。でも、私ってもう病気という病気はしないのですよね?』
『ああ、そなたはもう病にはかからぬ』
『でも寒さは感じるなんて不思議ですね?』

 そんなことを話していたら、侍女が白雲に耳打ちした。

『花嫁様、この者が花嫁様の身体の感覚のことでお耳に入れたいことがあるそうです』
『あら、なにかしら?』

 侍女は縮こまった。そんな風に怯える必要はないのに、と香子は苦笑した。

『恐れながら、花嫁様は暖石などはお持ちなのでしょうか?』
『いいえ? 私は持っていないわ』
『そうですか。本日は本当に寒いので、渡り廊下を歩かれて少し寒く感じる程度でしたら、花嫁様の感覚も四神に近づいているのではないかと思うのですが……』

 本来このようなことを主人に言えば、侍女はただではすまないだろう。だが相手は香子である。香子は目を丸くした。

『そう……今日はそんなに寒いの……だから私も少しは寒く感じたのかもしれないわね。ありがとう』

 侍女に礼を言った。侍女はほっとしたようで、『差し出がましいことを申しました』と礼をし、部屋の隅に控えた。
 北京の冬の寒さは、香子が大学に通った期間だけよく知っている。
 暖石を持っている侍女たちがとても寒いというのだから、今日は本当に寒いのだろうと香子は改めて思った。
 四神に抱かれれば抱かれるほど、香子の感覚は人から離れていく。四神は己の周囲を過ごしやすい気候に変えてしまうし、眷属は元より気候の変化は関係ない。それでも眷属の側にいれば気候が安定するなどの恩恵はある。だから黒月は慌てて香子を抱き上げたのだ。香子はさすがに面食らってしまったが。
 そんな寒い中、春節についての話が持ち込まれた。
 皇帝から新年の晩餐会への誘いと、できれば新年の祭祀を行ってほしいとの要請である。

(やっぱりしなきゃいけないことはあるのね~……)

 晩餐会だけではどうやら済まないようだ。今年は四神だけではなく花嫁もいるということで各国の要人がまた訪れることになっているらしい。
 ということを、香子たちは王英明によって謁見の間で聞かされた。謁見の間には一応大きな暖石が持ち込まれているので寒くはないはずである。(香子は四神の誰かに抱き上げられているから一切影響を受けない)

『詳細は皇上から説明があると聞いております』
『えええ』

 香子は思わず不満の声を発した。はっきり言うが皇帝の顔など見たくはない。

『詳細とはなんのことか』
『祭祀についてでしょう』

 白雲の問いに王はよどみなく答えた。

『皇上よりこれを預かってきております』

 王が差し出したのは一通の書状だった。

『あいわかった。返事は明日以降でよいのだな』
『はい、趙にお渡しください。私が後日受け取りに参ります』

 まどろっこしいと香子は思う。だがこれはこれで必要なやりとりであるらしい。

『……面倒ですね』
『参加は止めるか?』

 楽しそうに朱雀が言う。

『いいえ。どうするか決めるのは詳細を聞いてからにしましょう』

 その為に皇帝の顔を見るのは業腹だが、と香子は内心悪態をついた。また四神の反対を押し切らなければならないのかと思うと、香子はげんなりした。



ーーーーー
第四部スタートですが、更新頻度を戻します。よろしくー
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

処理中です...