451 / 597
第3部 周りと仲良くしろと言われました
148.それは高嶺の花でありました(趙視点)
しおりを挟む
―十年か。
趙文英はため息をついた。
すでに両親は他界しているが親戚がうるさい。今まで全然関わってこなかったというのに、趙が四神宮の主官になったことを知ったのだろう。四神に挨拶をしたいから会わせろと言ってきた。そんな権限が趙にあるわけがない。
趙は、あくまで自分は四神宮に勤めているだけであり、管理は中書省がしているから無理だと突っぱねた。そうしたらどうだ。見合いをしろと釣鐘を寄こしてきた。
四神宮にはほぼ住み込みだから結婚はできないと伝えれば、やはり四神に会わせろという。抗議してやるからと。
四神や花嫁に関することでも常に頭が痛かったり胃が痛かったりするのに親戚までも……と趙はげんなりしていた。
極めつけは、黒月の成人まであと十年あるという事実である。玄武の眷属と元は人の両親を持つ黒月の結婚は、成人しなければ絶対に実現しないそうだ。それに、趙も十年間黒月を待てるか自信はない。黒月と趙が”つがい”であれば十年ぐらい待てるだろう。だが今はその保証がない。
「難儀なものだ……」
「趙様、花嫁様が食堂へ向かいました」
「わかった。ありがとう」
趙が四神宮の誰かを探しに行くことはあまりないが、白雲が趙を探しにくることはよくある。趙は基本謁見の間の後ろにある狭い部屋に詰めているが、食事の際は四神宮の従業員食堂へ向かう。白雲もあちらこちらへ趙を探しに行きたくはないようで、昼食や夕食に関しては花嫁が食堂へ向かった際に取るようにと言われたのだった。
そんなわけで趙は花嫁が四神と食事をしている時に、四神宮の従業員食堂で食事をすることになった。もちろん食事中だろうと眷属が呼びに来たら行かなければならないが、四神や花嫁と食事時間を同じにすることで趙を休ませようとしてくれていることはわかった。
(こういう気遣いは……花嫁様がしてくれているのだろうな)
たまに見かける香子の色香は抑えられていると思う。だが趙が普段四神宮に足を踏み入れる許可は得ていない。一応花嫁の動向は把握しているが、四神に無理をさせられてはいないかと趙は心配していた。
今日は何を食べようかと選んでいたら、黒月の姿が見えた。
「黒月さん」
「趙殿か」
「何を召し上がりますか?」
「なんでもいい」
この美しい眷属は人に近いせいか一日二、三食は人と同じように腹が減るらしい。だが特に好物などはないようで、いつもオススメを食べている。しかし好き嫌いがあるのか、時折顔をしかめながら食べていることはある。それでも残したりはしないのだからいい娘だと趙は思う。
「確か人参は苦手でしたよね。ではこの地三鮮定食などは如何でしょう」
「っ……何故知っている?」
黒月は一瞬目を見開いた。
「共に食事をしていればわかりますよ」
「そういうものか……。では我もそれをいただこう」
定食というのは花嫁が持ち込んだものである。メインの料理とごはんと汁物、そして付け合わせをセットにしたものを定食とすれば提供が楽になるのではないかと花嫁が提案したのだ。揚げ物などは適当に積み上げられているのでそれらは自分たちで食べられるだけ取るし、飲み物も並べられているのを自分で取ることになっている。地三鮮はかなり脂っこいので趙は黒月のも合わせてお茶を取った。
最近は黒月も趙を見かければ共に食事をすることが増えた。黒月がそれについてどう考えているのかは知らないが、趙はそれを嬉しく思った。
「これは……何を使った料理なのだ?」
黒月が首を傾げた。
全体的に茶色いのでよくわからないようだ。
「ピーマンとジャガイモ、それからナスを素揚げして炒めたもののようです」
「ほう……悪くはない」
黒月の言う悪くないはおいしいという意味だと趙が知ったのは最近のことだ。そうでなければ黒月は黙っている。趙はつい笑顔になった。
黒月はほとんど表情は動かないが、時折口端が上がったりするのを見ると趙は幸せな気持ちになる。
これが惚れているということなのだと趙は知ったが、さりとて関係を深める方法は未だ思いついてはいなかった。
「ため息をついてどうした?」
無意識のうちに嘆息していたらしい。趙は、「申し訳ありません」と謝った。
「? どうしたか聞いているのだが?」
黒月はまっすぐで、とても眩しいと趙は思う。ほんの少しだけ愚痴を言わせてもらうことにした。
「いえ……親戚が見合いをしろと言うのです」
「そうか」
「それがとても憂鬱なのですよ」
「ならばしなければいいだろう」
「人の世界はそうはいかないのです。ですが、想う方がいるのでその話をして断れたら断りたいと思っています」
趙がそれを言ったのはわざとだった。少しでも自分の想いを知ってほしいと思ってしまった。まだ相手は未成年だというのに。
「想う方? その者を娶ればいいのではないか?」
黒月が不思議そうに言う。
「そうできたらどんなにいいかと思うのですが……その方は遥不可及(高嶺の花)なのですよ」
「遥不可及? 我が知っている者か?」
「はい」
趙は笑んだ。目の前にいて、今話を聞いてくれている四神の眷属は、趙にとっての高嶺の花だ。
黒月は目を細めた。少し思案しているようである。そうしてから、何かを思いついたように口を開いた。
「そうか。確かに延はそなたには手を出せぬであろう。なにせ青藍様の”つがい”だからな」
「ちょ、ちょっと待ってください! 違います、延さんではありません!」
高嶺の花と聞いて黒月は延を連想したようだった。
「? では誰が遥不可及なのだ? 白雲様か? それとも紅夏様の伴侶か?」
「どうして誰かの伴侶だと思うのですか!」
「それ以外我の知る者で遥不可及など……もしや、皇后か?」
黒月の思考はどんどんとんでもない方向へ飛んでいくということがわかり、趙はたまらず叫んだ。
「貴女です! 私が想っているのは黒月さん、貴女なんです!」
「……は?」
しまった、と思った時には、言葉は口からこぼれ出てしまった後だった。
「言った!」
「言ったぞ!」
「とうとう告白したあ!」
「賭けは私の勝ちね!」
厨師たちと近くにいた侍女たちが一斉に叫ぶ。どうやら聞き耳を立てられていたようだった。
どうしよう。
そんな言葉が趙の脳裏に浮かんだ時、
「うるさい!」
黒月が一喝した。
「趙殿、その話は後で聞こう」
「は、はい……」
黒月は冷静に言っているように聞こえたが、ふと趙がその顔を見れば耳がほんのり赤くなっているのが確認できた。
少しは意識してもらえているのだろうか。
趙は内心とても嬉しくなった。
趙文英はため息をついた。
すでに両親は他界しているが親戚がうるさい。今まで全然関わってこなかったというのに、趙が四神宮の主官になったことを知ったのだろう。四神に挨拶をしたいから会わせろと言ってきた。そんな権限が趙にあるわけがない。
趙は、あくまで自分は四神宮に勤めているだけであり、管理は中書省がしているから無理だと突っぱねた。そうしたらどうだ。見合いをしろと釣鐘を寄こしてきた。
四神宮にはほぼ住み込みだから結婚はできないと伝えれば、やはり四神に会わせろという。抗議してやるからと。
四神や花嫁に関することでも常に頭が痛かったり胃が痛かったりするのに親戚までも……と趙はげんなりしていた。
極めつけは、黒月の成人まであと十年あるという事実である。玄武の眷属と元は人の両親を持つ黒月の結婚は、成人しなければ絶対に実現しないそうだ。それに、趙も十年間黒月を待てるか自信はない。黒月と趙が”つがい”であれば十年ぐらい待てるだろう。だが今はその保証がない。
「難儀なものだ……」
「趙様、花嫁様が食堂へ向かいました」
「わかった。ありがとう」
趙が四神宮の誰かを探しに行くことはあまりないが、白雲が趙を探しにくることはよくある。趙は基本謁見の間の後ろにある狭い部屋に詰めているが、食事の際は四神宮の従業員食堂へ向かう。白雲もあちらこちらへ趙を探しに行きたくはないようで、昼食や夕食に関しては花嫁が食堂へ向かった際に取るようにと言われたのだった。
そんなわけで趙は花嫁が四神と食事をしている時に、四神宮の従業員食堂で食事をすることになった。もちろん食事中だろうと眷属が呼びに来たら行かなければならないが、四神や花嫁と食事時間を同じにすることで趙を休ませようとしてくれていることはわかった。
(こういう気遣いは……花嫁様がしてくれているのだろうな)
たまに見かける香子の色香は抑えられていると思う。だが趙が普段四神宮に足を踏み入れる許可は得ていない。一応花嫁の動向は把握しているが、四神に無理をさせられてはいないかと趙は心配していた。
今日は何を食べようかと選んでいたら、黒月の姿が見えた。
「黒月さん」
「趙殿か」
「何を召し上がりますか?」
「なんでもいい」
この美しい眷属は人に近いせいか一日二、三食は人と同じように腹が減るらしい。だが特に好物などはないようで、いつもオススメを食べている。しかし好き嫌いがあるのか、時折顔をしかめながら食べていることはある。それでも残したりはしないのだからいい娘だと趙は思う。
「確か人参は苦手でしたよね。ではこの地三鮮定食などは如何でしょう」
「っ……何故知っている?」
黒月は一瞬目を見開いた。
「共に食事をしていればわかりますよ」
「そういうものか……。では我もそれをいただこう」
定食というのは花嫁が持ち込んだものである。メインの料理とごはんと汁物、そして付け合わせをセットにしたものを定食とすれば提供が楽になるのではないかと花嫁が提案したのだ。揚げ物などは適当に積み上げられているのでそれらは自分たちで食べられるだけ取るし、飲み物も並べられているのを自分で取ることになっている。地三鮮はかなり脂っこいので趙は黒月のも合わせてお茶を取った。
最近は黒月も趙を見かければ共に食事をすることが増えた。黒月がそれについてどう考えているのかは知らないが、趙はそれを嬉しく思った。
「これは……何を使った料理なのだ?」
黒月が首を傾げた。
全体的に茶色いのでよくわからないようだ。
「ピーマンとジャガイモ、それからナスを素揚げして炒めたもののようです」
「ほう……悪くはない」
黒月の言う悪くないはおいしいという意味だと趙が知ったのは最近のことだ。そうでなければ黒月は黙っている。趙はつい笑顔になった。
黒月はほとんど表情は動かないが、時折口端が上がったりするのを見ると趙は幸せな気持ちになる。
これが惚れているということなのだと趙は知ったが、さりとて関係を深める方法は未だ思いついてはいなかった。
「ため息をついてどうした?」
無意識のうちに嘆息していたらしい。趙は、「申し訳ありません」と謝った。
「? どうしたか聞いているのだが?」
黒月はまっすぐで、とても眩しいと趙は思う。ほんの少しだけ愚痴を言わせてもらうことにした。
「いえ……親戚が見合いをしろと言うのです」
「そうか」
「それがとても憂鬱なのですよ」
「ならばしなければいいだろう」
「人の世界はそうはいかないのです。ですが、想う方がいるのでその話をして断れたら断りたいと思っています」
趙がそれを言ったのはわざとだった。少しでも自分の想いを知ってほしいと思ってしまった。まだ相手は未成年だというのに。
「想う方? その者を娶ればいいのではないか?」
黒月が不思議そうに言う。
「そうできたらどんなにいいかと思うのですが……その方は遥不可及(高嶺の花)なのですよ」
「遥不可及? 我が知っている者か?」
「はい」
趙は笑んだ。目の前にいて、今話を聞いてくれている四神の眷属は、趙にとっての高嶺の花だ。
黒月は目を細めた。少し思案しているようである。そうしてから、何かを思いついたように口を開いた。
「そうか。確かに延はそなたには手を出せぬであろう。なにせ青藍様の”つがい”だからな」
「ちょ、ちょっと待ってください! 違います、延さんではありません!」
高嶺の花と聞いて黒月は延を連想したようだった。
「? では誰が遥不可及なのだ? 白雲様か? それとも紅夏様の伴侶か?」
「どうして誰かの伴侶だと思うのですか!」
「それ以外我の知る者で遥不可及など……もしや、皇后か?」
黒月の思考はどんどんとんでもない方向へ飛んでいくということがわかり、趙はたまらず叫んだ。
「貴女です! 私が想っているのは黒月さん、貴女なんです!」
「……は?」
しまった、と思った時には、言葉は口からこぼれ出てしまった後だった。
「言った!」
「言ったぞ!」
「とうとう告白したあ!」
「賭けは私の勝ちね!」
厨師たちと近くにいた侍女たちが一斉に叫ぶ。どうやら聞き耳を立てられていたようだった。
どうしよう。
そんな言葉が趙の脳裏に浮かんだ時、
「うるさい!」
黒月が一喝した。
「趙殿、その話は後で聞こう」
「は、はい……」
黒月は冷静に言っているように聞こえたが、ふと趙がその顔を見れば耳がほんのり赤くなっているのが確認できた。
少しは意識してもらえているのだろうか。
趙は内心とても嬉しくなった。
23
お気に入りに追加
4,015
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる