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第3部 周りと仲良くしろと言われました

148.それは高嶺の花でありました(趙視点)

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―十年か。
 趙文英はため息をついた。
 すでに両親は他界しているが親戚がうるさい。今まで全然関わってこなかったというのに、趙が四神宮の主官になったことを知ったのだろう。四神に挨拶をしたいから会わせろと言ってきた。そんな権限が趙にあるわけがない。
 趙は、あくまで自分は四神宮に勤めているだけであり、管理は中書省がしているから無理だと突っぱねた。そうしたらどうだ。見合いをしろと釣鐘を寄こしてきた。
 四神宮にはほぼ住み込みだから結婚はできないと伝えれば、やはり四神に会わせろという。抗議してやるからと。
 四神や花嫁に関することでも常に頭が痛かったり胃が痛かったりするのに親戚までも……と趙はげんなりしていた。
 極めつけは、黒月の成人まであと十年あるという事実である。玄武の眷属と元は人の両親を持つ黒月の結婚は、成人しなければ絶対に実現しないそうだ。それに、趙も十年間黒月を待てるか自信はない。黒月と趙が”つがい”であれば十年ぐらい待てるだろう。だが今はその保証がない。

「難儀なものだ……」
「趙様、花嫁様が食堂へ向かいました」
「わかった。ありがとう」

 趙が四神宮の誰かを探しに行くことはあまりないが、白雲が趙を探しにくることはよくある。趙は基本謁見の間の後ろにある狭い部屋に詰めているが、食事の際は四神宮の従業員食堂へ向かう。白雲もあちらこちらへ趙を探しに行きたくはないようで、昼食や夕食に関しては花嫁が食堂へ向かった際に取るようにと言われたのだった。
 そんなわけで趙は花嫁が四神と食事をしている時に、四神宮の従業員食堂で食事をすることになった。もちろん食事中だろうと眷属が呼びに来たら行かなければならないが、四神や花嫁と食事時間を同じにすることで趙を休ませようとしてくれていることはわかった。

(こういう気遣いは……花嫁様がしてくれているのだろうな)

 たまに見かける香子の色香は抑えられていると思う。だが趙が普段四神宮に足を踏み入れる許可は得ていない。一応花嫁の動向は把握しているが、四神に無理をさせられてはいないかと趙は心配していた。
 今日は何を食べようかと選んでいたら、黒月の姿が見えた。

「黒月さん」
「趙殿か」
「何を召し上がりますか?」
「なんでもいい」

 この美しい眷属は人に近いせいか一日二、三食は人と同じように腹が減るらしい。だが特に好物などはないようで、いつもオススメを食べている。しかし好き嫌いがあるのか、時折顔をしかめながら食べていることはある。それでも残したりはしないのだからいい娘だと趙は思う。

「確か人参は苦手でしたよね。ではこの地三鮮ディーサンシエン定食などは如何でしょう」
「っ……何故知っている?」

 黒月は一瞬目を見開いた。

「共に食事をしていればわかりますよ」
「そういうものか……。では我もそれをいただこう」

 定食というのは花嫁が持ち込んだものである。メインの料理とごはんと汁物、そして付け合わせをセットにしたものを定食とすれば提供が楽になるのではないかと花嫁が提案したのだ。揚げ物などは適当に積み上げられているのでそれらは自分たちで食べられるだけ取るし、飲み物も並べられているのを自分で取ることになっている。地三鮮はかなり脂っこいので趙は黒月のも合わせてお茶を取った。
 最近は黒月も趙を見かければ共に食事をすることが増えた。黒月がそれについてどう考えているのかは知らないが、趙はそれを嬉しく思った。

「これは……何を使った料理なのだ?」

 黒月が首を傾げた。
 全体的に茶色いのでよくわからないようだ。

「ピーマンとジャガイモ、それからナスを素揚げして炒めたもののようです」
「ほう……悪くはない」

 黒月の言う悪くないはおいしいという意味だと趙が知ったのは最近のことだ。そうでなければ黒月は黙っている。趙はつい笑顔になった。
 黒月はほとんど表情は動かないが、時折口端が上がったりするのを見ると趙は幸せな気持ちになる。
 これが惚れているということなのだと趙は知ったが、さりとて関係を深める方法は未だ思いついてはいなかった。

「ため息をついてどうした?」

 無意識のうちに嘆息していたらしい。趙は、「申し訳ありません」と謝った。

「? どうしたか聞いているのだが?」

 黒月はまっすぐで、とても眩しいと趙は思う。ほんの少しだけ愚痴を言わせてもらうことにした。

「いえ……親戚が見合いをしろと言うのです」
「そうか」
「それがとても憂鬱なのですよ」
「ならばしなければいいだろう」
「人の世界はそうはいかないのです。ですが、想う方がいるのでその話をして断れたら断りたいと思っています」

 趙がそれを言ったのはわざとだった。少しでも自分の想いを知ってほしいと思ってしまった。まだ相手は未成年だというのに。

「想う方? その者を娶ればいいのではないか?」

 黒月が不思議そうに言う。

「そうできたらどんなにいいかと思うのですが……その方は遥不可及ヤオブクァジー(高嶺の花)なのですよ」
「遥不可及? 我が知っている者か?」
「はい」

 趙は笑んだ。目の前にいて、今話を聞いてくれている四神の眷属は、趙にとっての高嶺の花だ。
 黒月は目を細めた。少し思案しているようである。そうしてから、何かを思いついたように口を開いた。

「そうか。確かに延はそなたには手を出せぬであろう。なにせ青藍様の”つがい”だからな」
「ちょ、ちょっと待ってください! 違います、延さんではありません!」

 高嶺の花と聞いて黒月は延を連想したようだった。

「? では誰が遥不可及なのだ? 白雲様か? それとも紅夏様の伴侶か?」
「どうして誰かの伴侶だと思うのですか!」
「それ以外我の知る者で遥不可及など……もしや、皇后か?」

 黒月の思考はどんどんとんでもない方向へ飛んでいくということがわかり、趙はたまらず叫んだ。

「貴女です! 私が想っているのは黒月さん、貴女なんです!」
「……は?」

 しまった、と思った時には、言葉は口からこぼれ出てしまった後だった。

「言った!」
「言ったぞ!」
「とうとう告白したあ!」
「賭けは私の勝ちね!」

 厨師コックたちと近くにいた侍女たちが一斉に叫ぶ。どうやら聞き耳を立てられていたようだった。
 どうしよう。
 そんな言葉が趙の脳裏に浮かんだ時、

「うるさい!」

 黒月が一喝した。

「趙殿、その話は後で聞こう」
「は、はい……」

 黒月は冷静に言っているように聞こえたが、ふと趙がその顔を見れば耳がほんのり赤くなっているのが確認できた。
 少しは意識してもらえているのだろうか。
 趙は内心とても嬉しくなった。
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