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第3部 周りと仲良くしろと言われました
141.相手が人間だとわかっていないかもしれません
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紅児のことにかまけて、香子は油断していたようだった。
だがまさか四神の眷属の”つがい”がまた、ここで見つかるなんてことを香子が想像するはずもなかったのだ。そういう意味ではみな油断していたのだろう。
朝食を終えて香子が部屋に戻ると、部屋付きの侍女のもう一人である林雪紅が何か言いたげな顔をして香子を見た。でも仕事中だからと声をかけてはこない。なんともけなげな少女である。
『えーと、ちょっといい? 林? だったかしら?』
『は、はい』
その場で平伏しようとする雪紅を香子は制した。
『花嫁様』
『夕玲、なあに?』
『おそれながら、雪紅の件に関しましては私や紅児が相談に乗りますので花嫁様は関わらない方がよろしいかと』
香子はムッとした。言うようになったなと思う。
『……話を聞くだけでもだめ?』
『雪紅は成人しておりますので』
『あー……』
確かにそれは厄介だと香子は内心頭を抱えた。すでに成人している者の後見は香子にはできない。できることはただ見守ることぐらいである。
『大丈夫なの?』
『……大丈夫ではありませんが、花嫁様よりは眷属の扱いは心得ております。陳も協力してくれますので』
『ううう……』
話も聞かせてもらえないなんてあんまりだ。
『あのぅ……もしよろしければ花嫁様にも話を聞いていただきたいです……』
消え入りそうな声で雪紅が告げた。
(うわーん、イイ子だー!)
『え? いいの。じゃあ聞かせてもらっていい?』
『はい……その……』
頬を染めた雪紅はとても困ったような顔で、紅炎とのことを香子に話した。
それは紅児を送り出した日に遡る。紅炎はこちらに来たばかりであったが、紅児を送り出した後香子の部屋の前に控えた。香子の部屋の寝室に朱雀がいたからであった。
どうせ香子たちはなかなか寝室から出てこないだろうと、延夕玲は先に雪紅に夕飯を食べに向かうように言った。それに雪紅は素直に従い、部屋の外に控えていた黒月と紅炎に会釈をして食堂へ向かった。
食堂からの帰り、雪紅は何故か強い視線を感じて顔を上げた。
『っ!?』
紅炎がじっと雪紅を見ていた。何か眷属が気に食わないようなことをしてしまったのではないかと雪紅は狼狽えた。
『紅炎様……そのように女性を見つめてはいけませぬ』
黒月が紅炎を窘めた。
『ふん……まだ成人もしていない娘に言われたくはない。おそらく、あの娘は我の”つがい”であろう』
『……気のせいではないのですか?』
『あのはかなげに怯える様子はどうだ。我のものに違いない』
『……仕事中ですよ。控えてください』
『そうであったな……』
雪紅はびくびくしながら香子の部屋の中に戻った。何を言われたのかさっぱりわからなくて混乱した。
黒月や夕玲が一緒にいるようにはなったが、紅炎は構わず近づいてきてつい先日こう言った。
『我が”つがい”よ。花嫁がどなたかに嫁ぐ際、我と共に来るがよい』
と。
どうしたらいいのかわからず、雪紅は返事もできず混乱するばかりだった。さすがにそのことは香子の耳に入ったので、就業中は口説くなという命令が朱雀から出されたが、問題はその後の時間である。紅炎は全く周りに隠すつもりはないようで、平気で『我の室に参れ』などと言うのだ。
香子は頭痛がするのを感じた。
やヴぁい。朱雀の眷属やヴぁすぎである。
『それは……ねぇ、うん……どうかと思うわ……』
こちらに戻ってきた紅児もそれを聞いてとても同情したようだった。
だが四神の眷属から逃れられるかというと、それは不可能と言わざるを得ないことも紅児や夕玲は痛いほど知っていた。
『まだそんなに経ってないものね。いくら”つがい”だなんて言われても四神の眷属じゃないんだからわかるはずがないわ。夕玲、エリーザ、これからどうやって紅炎に対処するつもりなの?』
手を出すなと言われてしまったのならば見守る他ない。
『そうですね。いきなり迫るのではなく、お互いのことを知るところからが大切ですとはお伝えしたのですが……』
紅児が嘆息した。
そうしたらおおっぴらに室に誘うようになったという。
(アイツらは獣なの?)
香子は呆れた。
『お互いを知るとは、身体の相性ではなく、趣味であるとか、好きなことやものなどを話したり、どこかへ共に出かけたりすることでうすと私はお伝えしましたが、あまりピンときていないご様子でした』
『……かもね』
四神もそうだからなんかわかると香子は思った。四神はできることなら日がな一日香子を抱いていたいのだ。香子はそれが嫌だからと戦っているような状況である。
『ほんと、ヤることしか頭にないのかしら』
猿かよ、と香子は遠い目をした。言葉が通じる分猿未満かもしれない。むしろ猿に謝れと言われそうな勢いである。
『エリーザ、夕玲、それじゃ全く対処できてないんじゃないの?』
『……花嫁様に相対させるよりはましですわ』
夕玲が硬い声を出した。
『どう、まし、なの?』
聞いてもいいのかしら? と香子は首を傾げる。
『花嫁様が直接声をかけると角が立つのです。余計に迫ってきたりしますのでご遠慮ください』
『えええ!?』
それでは見守ることしかできないのか。それはそれで頭痛がしそうだった。
ーーーーー
紅児が出て行った頃の話は第三部126話参照のこと。香子が朱雀と寄り添っていた裏でそんなことに。
だがまさか四神の眷属の”つがい”がまた、ここで見つかるなんてことを香子が想像するはずもなかったのだ。そういう意味ではみな油断していたのだろう。
朝食を終えて香子が部屋に戻ると、部屋付きの侍女のもう一人である林雪紅が何か言いたげな顔をして香子を見た。でも仕事中だからと声をかけてはこない。なんともけなげな少女である。
『えーと、ちょっといい? 林? だったかしら?』
『は、はい』
その場で平伏しようとする雪紅を香子は制した。
『花嫁様』
『夕玲、なあに?』
『おそれながら、雪紅の件に関しましては私や紅児が相談に乗りますので花嫁様は関わらない方がよろしいかと』
香子はムッとした。言うようになったなと思う。
『……話を聞くだけでもだめ?』
『雪紅は成人しておりますので』
『あー……』
確かにそれは厄介だと香子は内心頭を抱えた。すでに成人している者の後見は香子にはできない。できることはただ見守ることぐらいである。
『大丈夫なの?』
『……大丈夫ではありませんが、花嫁様よりは眷属の扱いは心得ております。陳も協力してくれますので』
『ううう……』
話も聞かせてもらえないなんてあんまりだ。
『あのぅ……もしよろしければ花嫁様にも話を聞いていただきたいです……』
消え入りそうな声で雪紅が告げた。
(うわーん、イイ子だー!)
『え? いいの。じゃあ聞かせてもらっていい?』
『はい……その……』
頬を染めた雪紅はとても困ったような顔で、紅炎とのことを香子に話した。
それは紅児を送り出した日に遡る。紅炎はこちらに来たばかりであったが、紅児を送り出した後香子の部屋の前に控えた。香子の部屋の寝室に朱雀がいたからであった。
どうせ香子たちはなかなか寝室から出てこないだろうと、延夕玲は先に雪紅に夕飯を食べに向かうように言った。それに雪紅は素直に従い、部屋の外に控えていた黒月と紅炎に会釈をして食堂へ向かった。
食堂からの帰り、雪紅は何故か強い視線を感じて顔を上げた。
『っ!?』
紅炎がじっと雪紅を見ていた。何か眷属が気に食わないようなことをしてしまったのではないかと雪紅は狼狽えた。
『紅炎様……そのように女性を見つめてはいけませぬ』
黒月が紅炎を窘めた。
『ふん……まだ成人もしていない娘に言われたくはない。おそらく、あの娘は我の”つがい”であろう』
『……気のせいではないのですか?』
『あのはかなげに怯える様子はどうだ。我のものに違いない』
『……仕事中ですよ。控えてください』
『そうであったな……』
雪紅はびくびくしながら香子の部屋の中に戻った。何を言われたのかさっぱりわからなくて混乱した。
黒月や夕玲が一緒にいるようにはなったが、紅炎は構わず近づいてきてつい先日こう言った。
『我が”つがい”よ。花嫁がどなたかに嫁ぐ際、我と共に来るがよい』
と。
どうしたらいいのかわからず、雪紅は返事もできず混乱するばかりだった。さすがにそのことは香子の耳に入ったので、就業中は口説くなという命令が朱雀から出されたが、問題はその後の時間である。紅炎は全く周りに隠すつもりはないようで、平気で『我の室に参れ』などと言うのだ。
香子は頭痛がするのを感じた。
やヴぁい。朱雀の眷属やヴぁすぎである。
『それは……ねぇ、うん……どうかと思うわ……』
こちらに戻ってきた紅児もそれを聞いてとても同情したようだった。
だが四神の眷属から逃れられるかというと、それは不可能と言わざるを得ないことも紅児や夕玲は痛いほど知っていた。
『まだそんなに経ってないものね。いくら”つがい”だなんて言われても四神の眷属じゃないんだからわかるはずがないわ。夕玲、エリーザ、これからどうやって紅炎に対処するつもりなの?』
手を出すなと言われてしまったのならば見守る他ない。
『そうですね。いきなり迫るのではなく、お互いのことを知るところからが大切ですとはお伝えしたのですが……』
紅児が嘆息した。
そうしたらおおっぴらに室に誘うようになったという。
(アイツらは獣なの?)
香子は呆れた。
『お互いを知るとは、身体の相性ではなく、趣味であるとか、好きなことやものなどを話したり、どこかへ共に出かけたりすることでうすと私はお伝えしましたが、あまりピンときていないご様子でした』
『……かもね』
四神もそうだからなんかわかると香子は思った。四神はできることなら日がな一日香子を抱いていたいのだ。香子はそれが嫌だからと戦っているような状況である。
『ほんと、ヤることしか頭にないのかしら』
猿かよ、と香子は遠い目をした。言葉が通じる分猿未満かもしれない。むしろ猿に謝れと言われそうな勢いである。
『エリーザ、夕玲、それじゃ全く対処できてないんじゃないの?』
『……花嫁様に相対させるよりはましですわ』
夕玲が硬い声を出した。
『どう、まし、なの?』
聞いてもいいのかしら? と香子は首を傾げる。
『花嫁様が直接声をかけると角が立つのです。余計に迫ってきたりしますのでご遠慮ください』
『えええ!?』
それでは見守ることしかできないのか。それはそれで頭痛がしそうだった。
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紅児が出て行った頃の話は第三部126話参照のこと。香子が朱雀と寄り添っていた裏でそんなことに。
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