438 / 608
第3部 周りと仲良くしろと言われました
135.残り時間を考えると聞かないではいられないのです
しおりを挟む
季節は冬。
北京はあまり雪が降らないが、その分風はとても冷たい。香子は常に四神宮の中にいるし、渡り廊下を自分の足で歩くこともほとんどないからあまり季節感はなかった。
それでも中庭に植えられている植物は季節をその陽射しで感じるのか、葉が落ちるものは落ち、花が枯れるものは枯れ、緩やかに冬を伝えていた。
香子は白虎と共に四神宮の庭に下りた。いつものことだが、香子は白虎の腕の中である。庭に下りるということで靴は履かされているが、少しでも歩いたら足が痛くなってしまいそうな布の靴だ。香子は四神全てに抱かれたことで精神が落ち着くようになったが、かえって四神の心を乱しているようである。
どうしてだろう? と香子は首を傾げた。
石で作られた椅子に白虎が腰を下ろす。今日はここでお茶をすることにした。
風が一度吹けば空気は一気に冷たくなる。陽射しも冬のものだから、やはり冬だと香子は改めて思った。
指折り数えてみる。
『あと、三、四か月ほどですか……』
『四神宮に滞在するのがか?』
『はい』
旧暦で日にちを数えるのであまりはっきりしたことがわからない。ただ香子はここに来た時は春だったと認識しているし、黄砂も経験している。だからあと三、四か月ほどではないかと思ったのだ。
『厳密に一年後のこの日と考える必要はないだろう。早まる分には全く問題ないだろうし、一、二か月滞在が延びたところでそう気にすることもあるまい』
『でも、私が誰に嫁ぐかを決められなかったら皇帝が決めるんでしょう? そんなの絶対に嫌ですよ』
『そんな話もあったな』
白虎がしれっと言う。香子は、忘れてたのかと呆れた。先日その内容は玄武と朱雀から通達されたはずである。長命なせいか、四神はそういう大事なこともすぐに忘れてしまうのだ。
『なんか腹が立ってきたので誰か改めて聞いてきてくれませんかね? 一年きっちりなのか、一、二か月猶予があるのか』
昼間である。今四神のうちの誰かが向かったら皇帝は朝議中かもしれない。だが香子にはそんなこと関係なかった。なにせそれによって予定が変わってしまうのだ。すぐにだって知りたかった。
『花嫁様』
延夕玲が窘めるように声をかけた。
『わかっているわ。言ってみただけよ。でも、それを聞かないと私も困るから』
『……花嫁様が夫を早めに決めてくださればいいことかと……』
珍しく黒月が言葉を紡いだ。香子は苦笑した。
わかっているのだ。黒月は玄武と香子が共になるのを誰よりも切望している。黒月は吹っ切れたような顔をしているが違うのだ。黒月は恋に恋をしていた自分をわかっていて、それでも玄武を想ってやまない。香子が玄武と一緒になればいいと本気で思っているのだった。
『少なくとも百年単位で一緒にいる相手を、そう簡単には決められないわ』
『香子、我はどうだ?』
『考えておきます』
『ああ、まだ時間はある。じっくり考えるがいい』
白虎が楽しそうに笑った。香子の「考えておきます」は断りの文句なのだが、四神には伝わっていないようだった。それとも、敢えて気づかないフリをしているのか。
『さすがにお茶が冷めるのが早いわね……』
侍女が香子の呟きに反応して茶器に触れようとするのを制した。
『大丈夫よ。冷めてもおいしいわ』
香子が笑いかけたら、侍女はほんのりと頬を染め、『……はい。失礼しました』と下がった。香子は蓋碗に入った冷めたお茶を飲み(味が濃くなっていた)、蓋をずらした。そうしておくと侍女が湯を注ぐのだ。
香子は白虎に振り向いて恨めしそうな顔をした。
話が違うと言いたげである。白虎は首を傾げた。
『香子、如何した?』
『どうしたじゃないですよ……』
香子は白虎に触れた。
〈私、四神全員と抱き合ったら色気とかも抑えられるんじゃなかったんですか? なんか相変わらず影響あるみたいなんですけど!〉
内容が内容だけに、香子は心話で白虎に苦情を言う。白虎が笑った。
『しかたあるまい。みなそなたが愛しくてならぬのだ』
『答えになっていませんよ!』
とりあえず、香子がここに来てから一年の定義を皇帝に聞いてもらうことにした。白雲から趙文英へ。そして王英明を経て……とやっているうちに皇太后が聞きつけたらしい。というか延夕玲はまだ慈寧宮に部屋があるので皇太后が無理矢理聞き出したのだろう。プライバシーとは、と遠い目をしてしまう香子だった。
そんなわけで皇太后も首をつっこんできて、翌々日には皇帝も交えてお茶をすることになってしまった。
『私……別に皇帝の顔は見たくないのだけど?』
香子以外が言ったらたいへんなことになりそうだが、香子は四神の花嫁である。侍女たちは苦笑した。
『花嫁様、老仏爺もご一緒しますので』
『そうね。それだけが救いだわ』
夕玲に言われても香子は不機嫌な顔を隠しもしなかった。
『花嫁様、眉間に皺が寄っております』
『あら、ごめんなさい』
白粉などは必要ないが、侍女たちはできれば香子の笑顔が見たい。香子に不機嫌そうな顔をさせる皇帝への評価は四神宮ではダダ下がりであった。
ーーーーー
香子が何故1年にこだわるのかは第三部108,109話参照のこと。
北京はあまり雪が降らないが、その分風はとても冷たい。香子は常に四神宮の中にいるし、渡り廊下を自分の足で歩くこともほとんどないからあまり季節感はなかった。
それでも中庭に植えられている植物は季節をその陽射しで感じるのか、葉が落ちるものは落ち、花が枯れるものは枯れ、緩やかに冬を伝えていた。
香子は白虎と共に四神宮の庭に下りた。いつものことだが、香子は白虎の腕の中である。庭に下りるということで靴は履かされているが、少しでも歩いたら足が痛くなってしまいそうな布の靴だ。香子は四神全てに抱かれたことで精神が落ち着くようになったが、かえって四神の心を乱しているようである。
どうしてだろう? と香子は首を傾げた。
石で作られた椅子に白虎が腰を下ろす。今日はここでお茶をすることにした。
風が一度吹けば空気は一気に冷たくなる。陽射しも冬のものだから、やはり冬だと香子は改めて思った。
指折り数えてみる。
『あと、三、四か月ほどですか……』
『四神宮に滞在するのがか?』
『はい』
旧暦で日にちを数えるのであまりはっきりしたことがわからない。ただ香子はここに来た時は春だったと認識しているし、黄砂も経験している。だからあと三、四か月ほどではないかと思ったのだ。
『厳密に一年後のこの日と考える必要はないだろう。早まる分には全く問題ないだろうし、一、二か月滞在が延びたところでそう気にすることもあるまい』
『でも、私が誰に嫁ぐかを決められなかったら皇帝が決めるんでしょう? そんなの絶対に嫌ですよ』
『そんな話もあったな』
白虎がしれっと言う。香子は、忘れてたのかと呆れた。先日その内容は玄武と朱雀から通達されたはずである。長命なせいか、四神はそういう大事なこともすぐに忘れてしまうのだ。
『なんか腹が立ってきたので誰か改めて聞いてきてくれませんかね? 一年きっちりなのか、一、二か月猶予があるのか』
昼間である。今四神のうちの誰かが向かったら皇帝は朝議中かもしれない。だが香子にはそんなこと関係なかった。なにせそれによって予定が変わってしまうのだ。すぐにだって知りたかった。
『花嫁様』
延夕玲が窘めるように声をかけた。
『わかっているわ。言ってみただけよ。でも、それを聞かないと私も困るから』
『……花嫁様が夫を早めに決めてくださればいいことかと……』
珍しく黒月が言葉を紡いだ。香子は苦笑した。
わかっているのだ。黒月は玄武と香子が共になるのを誰よりも切望している。黒月は吹っ切れたような顔をしているが違うのだ。黒月は恋に恋をしていた自分をわかっていて、それでも玄武を想ってやまない。香子が玄武と一緒になればいいと本気で思っているのだった。
『少なくとも百年単位で一緒にいる相手を、そう簡単には決められないわ』
『香子、我はどうだ?』
『考えておきます』
『ああ、まだ時間はある。じっくり考えるがいい』
白虎が楽しそうに笑った。香子の「考えておきます」は断りの文句なのだが、四神には伝わっていないようだった。それとも、敢えて気づかないフリをしているのか。
『さすがにお茶が冷めるのが早いわね……』
侍女が香子の呟きに反応して茶器に触れようとするのを制した。
『大丈夫よ。冷めてもおいしいわ』
香子が笑いかけたら、侍女はほんのりと頬を染め、『……はい。失礼しました』と下がった。香子は蓋碗に入った冷めたお茶を飲み(味が濃くなっていた)、蓋をずらした。そうしておくと侍女が湯を注ぐのだ。
香子は白虎に振り向いて恨めしそうな顔をした。
話が違うと言いたげである。白虎は首を傾げた。
『香子、如何した?』
『どうしたじゃないですよ……』
香子は白虎に触れた。
〈私、四神全員と抱き合ったら色気とかも抑えられるんじゃなかったんですか? なんか相変わらず影響あるみたいなんですけど!〉
内容が内容だけに、香子は心話で白虎に苦情を言う。白虎が笑った。
『しかたあるまい。みなそなたが愛しくてならぬのだ』
『答えになっていませんよ!』
とりあえず、香子がここに来てから一年の定義を皇帝に聞いてもらうことにした。白雲から趙文英へ。そして王英明を経て……とやっているうちに皇太后が聞きつけたらしい。というか延夕玲はまだ慈寧宮に部屋があるので皇太后が無理矢理聞き出したのだろう。プライバシーとは、と遠い目をしてしまう香子だった。
そんなわけで皇太后も首をつっこんできて、翌々日には皇帝も交えてお茶をすることになってしまった。
『私……別に皇帝の顔は見たくないのだけど?』
香子以外が言ったらたいへんなことになりそうだが、香子は四神の花嫁である。侍女たちは苦笑した。
『花嫁様、老仏爺もご一緒しますので』
『そうね。それだけが救いだわ』
夕玲に言われても香子は不機嫌な顔を隠しもしなかった。
『花嫁様、眉間に皺が寄っております』
『あら、ごめんなさい』
白粉などは必要ないが、侍女たちはできれば香子の笑顔が見たい。香子に不機嫌そうな顔をさせる皇帝への評価は四神宮ではダダ下がりであった。
ーーーーー
香子が何故1年にこだわるのかは第三部108,109話参照のこと。
12
お気に入りに追加
4,026
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。
昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。
入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。
その甲斐あってか学年首位となったある日。
「君のことが好きだから」…まさかの告白!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる