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第3部 周りと仲良くしろと言われました
126.食べることは最大の癒しかもしれません
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手紙を出したら、もう相手に着いているものと思ったことはないだろうか。
実際には早くても翌日か、翌々日に着くというのに。
それと同じで、香子は紅児の手を離したらもう、紅児がとても遠くに行ってしまったような気がした。
二、三日は新たな侍女を探さないよう趙には伝えてある。不便で申し訳ないだろうが、特に誰かに会う約束もないので趙は快く請け負ってくれたようだった。
『エリーザが行ってしまいました……』
香子の目にぶわっと涙が浮かんだ。
朱雀が無言で香子を抱きしめた。
『エリーザがぁ……』
もしかしたら船に乗れなくて戻ってくるかもしれないが、今の香子は紅児との別れがつらくてたまらなかった。
見知らぬ国にきて、言葉もわからなくて、保護者から離れて養父母の元で過ごした三年間。紅児はどれほどの苦労をしただろう。
(どうか幸せになってほしい)
心から香子は願う。
『朱雀様……私は、エリーザに本当に幸せになってほしいのです。願いは届きますか?』
『届くだろう。そなたの願いであれば、届かぬわけがない。手紙を渡したようだが、何と書いたのだ?』
『え』
香子は頬を染めた。
『”帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきて”って書きました……』
朱雀はククッと喉の奥で笑った。香子はなんだか恥ずかしくなった。
『そなたらしいな』
『……だって、エリーザの叔父さんのところには子どもが生まれているんですから、跡取りはその子たちだっていいはずでしょう? もちろんエリーザが継げるような環境であればいいですけど、あの子は今回船に乗れたとしてもそうそう船に乗りたいとは思わないはずです』
『そうだろうな』
いくら四神が加護を与えた船は決して沈まないと知っていても、そう何度も乗りたいとは思わないに違いない。そうなってくると貿易商の仕事をどうするのかという問題も出てくる。どうしても紅児が船に乗る必要はないのだが、重要な決め事があった時は船に乗れた方がいいだろう。
『香子』
今は香子の部屋の、寝室にいる。朱雀は床に香子を優しく押し倒した。
『そなたの気にかける娘がこの国を離れるにしろ、戻ってくるにしろ結果が出るのは明日だろう。だから、今は我を見てくれぬか?』
『……夕飯は食べたいです』
香子は顔を真っ赤にしたまま訴えた。
『……わかっている』
『なら、いいです……。あ、肉団子と春雨のスープが食べたいって伝えてください!』
『……わかった』
朱雀は苦笑した。色気がないことぐらい香子もわかっている。でも香子は三食きっちり食べたいのだ。
夕飯がリクエスト通りだったのは言うまでもない。
『……あー……』
いつも通りの朝だった。
何が変わるわけでもない。ただ、部屋付の侍女が一人いなくなっただけだ。
玄武がいて、朱雀がいて、おなかがすいて……そう、香子にとって当たり前となった朝である。
(相変わらず爛れている……)
香子は頭を抱えたくなった。抱かれている間はいいが、認識してしまうとだめだった。今日は張錦飛が来ることになっている。床で悶えているヒマはなかった。
『玄武様、朱雀様……おなかすきました……』
『伝えてはある』
玄武が答えた。
『ありがとうございます……』
いつものやりとりだ。玄武が横向きに転がっている香子の項に口づけた。
「んっ……」
それぐらいで火がついたりはしないが、落ち着かないのでやめてほしいと香子は思う。
どこまでも四神は甘く優しくて、このまま、またまどろんでしまいたくもなるが空腹には勝てなかった。おなかがすいていなければと思うこともあるが、この反応が香子を守っているということもわかっている。もし香子が空腹を感じなかったら、四神はいつまでも香子を抱き続けるだろう。それはそれでどこのエロマンガなのと言いたくなるぐらいどろどろにされてしまうはずだ。
そう時間も置かずに、居間の方から『朝食の準備が整いました』と黒月から声がかかった。ここは玄武の室である。
玄武と朱雀が動き出し、香子の睡衣をざっと整え、玄武の長袍に包まれて居間へ移動する。
今朝もおいしそうな前菜が沢山卓に並んだ。
くらげの和え物がとてもおいしい。コリコリしていて最高である。だが同じコリコリしていてもきくらげ(木耳)は何故か苦手だった。他に苦手なものとしてつるむらさきがある。つるむらさきは中国語で木耳菜と呼ばれることから、どうもきくらげの名称がついた食材はだめらしいと香子は思った。きくらげのコリコリ感が苦手なのはどうしようもないが、つるむらさきは調理の方法によるだろう。かなりしっかりした葉だというのに切ればねばるというギャップのせいかもしれない。(注:モロヘイヤのようにお浸しにするとおいしいです。香子はねばりそうもないものがねばったというギャップで苦手意識を持っているだけです)
金針菇(エノキダケ)の和え物も香子は好きだ。ブラウンエノキがお気に入りである。前菜が片付く前に饅頭(マントウ)などの主食が届く。
やっぱり春巻が一番好きかも、と思いながら、香子はその日の朝も沢山食べた。
腹が減っては戦はできぬのである。
ーーーーー
「貴方色に染まる」の本編は115話で完結しています。(その後の番外編も含めて完結済)
お付き合いありがとうございました。
実際には早くても翌日か、翌々日に着くというのに。
それと同じで、香子は紅児の手を離したらもう、紅児がとても遠くに行ってしまったような気がした。
二、三日は新たな侍女を探さないよう趙には伝えてある。不便で申し訳ないだろうが、特に誰かに会う約束もないので趙は快く請け負ってくれたようだった。
『エリーザが行ってしまいました……』
香子の目にぶわっと涙が浮かんだ。
朱雀が無言で香子を抱きしめた。
『エリーザがぁ……』
もしかしたら船に乗れなくて戻ってくるかもしれないが、今の香子は紅児との別れがつらくてたまらなかった。
見知らぬ国にきて、言葉もわからなくて、保護者から離れて養父母の元で過ごした三年間。紅児はどれほどの苦労をしただろう。
(どうか幸せになってほしい)
心から香子は願う。
『朱雀様……私は、エリーザに本当に幸せになってほしいのです。願いは届きますか?』
『届くだろう。そなたの願いであれば、届かぬわけがない。手紙を渡したようだが、何と書いたのだ?』
『え』
香子は頬を染めた。
『”帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきて”って書きました……』
朱雀はククッと喉の奥で笑った。香子はなんだか恥ずかしくなった。
『そなたらしいな』
『……だって、エリーザの叔父さんのところには子どもが生まれているんですから、跡取りはその子たちだっていいはずでしょう? もちろんエリーザが継げるような環境であればいいですけど、あの子は今回船に乗れたとしてもそうそう船に乗りたいとは思わないはずです』
『そうだろうな』
いくら四神が加護を与えた船は決して沈まないと知っていても、そう何度も乗りたいとは思わないに違いない。そうなってくると貿易商の仕事をどうするのかという問題も出てくる。どうしても紅児が船に乗る必要はないのだが、重要な決め事があった時は船に乗れた方がいいだろう。
『香子』
今は香子の部屋の、寝室にいる。朱雀は床に香子を優しく押し倒した。
『そなたの気にかける娘がこの国を離れるにしろ、戻ってくるにしろ結果が出るのは明日だろう。だから、今は我を見てくれぬか?』
『……夕飯は食べたいです』
香子は顔を真っ赤にしたまま訴えた。
『……わかっている』
『なら、いいです……。あ、肉団子と春雨のスープが食べたいって伝えてください!』
『……わかった』
朱雀は苦笑した。色気がないことぐらい香子もわかっている。でも香子は三食きっちり食べたいのだ。
夕飯がリクエスト通りだったのは言うまでもない。
『……あー……』
いつも通りの朝だった。
何が変わるわけでもない。ただ、部屋付の侍女が一人いなくなっただけだ。
玄武がいて、朱雀がいて、おなかがすいて……そう、香子にとって当たり前となった朝である。
(相変わらず爛れている……)
香子は頭を抱えたくなった。抱かれている間はいいが、認識してしまうとだめだった。今日は張錦飛が来ることになっている。床で悶えているヒマはなかった。
『玄武様、朱雀様……おなかすきました……』
『伝えてはある』
玄武が答えた。
『ありがとうございます……』
いつものやりとりだ。玄武が横向きに転がっている香子の項に口づけた。
「んっ……」
それぐらいで火がついたりはしないが、落ち着かないのでやめてほしいと香子は思う。
どこまでも四神は甘く優しくて、このまま、またまどろんでしまいたくもなるが空腹には勝てなかった。おなかがすいていなければと思うこともあるが、この反応が香子を守っているということもわかっている。もし香子が空腹を感じなかったら、四神はいつまでも香子を抱き続けるだろう。それはそれでどこのエロマンガなのと言いたくなるぐらいどろどろにされてしまうはずだ。
そう時間も置かずに、居間の方から『朝食の準備が整いました』と黒月から声がかかった。ここは玄武の室である。
玄武と朱雀が動き出し、香子の睡衣をざっと整え、玄武の長袍に包まれて居間へ移動する。
今朝もおいしそうな前菜が沢山卓に並んだ。
くらげの和え物がとてもおいしい。コリコリしていて最高である。だが同じコリコリしていてもきくらげ(木耳)は何故か苦手だった。他に苦手なものとしてつるむらさきがある。つるむらさきは中国語で木耳菜と呼ばれることから、どうもきくらげの名称がついた食材はだめらしいと香子は思った。きくらげのコリコリ感が苦手なのはどうしようもないが、つるむらさきは調理の方法によるだろう。かなりしっかりした葉だというのに切ればねばるというギャップのせいかもしれない。(注:モロヘイヤのようにお浸しにするとおいしいです。香子はねばりそうもないものがねばったというギャップで苦手意識を持っているだけです)
金針菇(エノキダケ)の和え物も香子は好きだ。ブラウンエノキがお気に入りである。前菜が片付く前に饅頭(マントウ)などの主食が届く。
やっぱり春巻が一番好きかも、と思いながら、香子はその日の朝も沢山食べた。
腹が減っては戦はできぬのである。
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「貴方色に染まる」の本編は115話で完結しています。(その後の番外編も含めて完結済)
お付き合いありがとうございました。
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