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第3部 周りと仲良くしろと言われました
104.おいしいごはんでも怒りをおさめるのは難しいのです
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食い物の恨みは恐ろしいのだ。
それは「食指」の逸話にも明らかではないかと香子は思う。「食指が動く」というのは広辞苑によると「食欲が起こる。転じて、物事を求める心が起こる」という意味だが、香子はその逸話の後の話の方を思い出した。
人差し指がぴくりと動いたので、これはおいしい料理にありつけるぞとわかったのに、意地悪をされてその料理にありつけなかった。それを恨みに思って殺してしまうとか、まさに食い物の恨みは恐ろしいではないかと香子は思うのだ。
もし四神が香子を抱くことを優先して夕飯を食べさせなかったら、香子は一生恨んでやるつもりである。それぐらい香子はこの国の料理が好きなのだった。
朱雀と白虎によって啼かされた香子だったが、朱雀が白虎を抑えてくれたから安心して身を委ねることができた。触れられるだけならばもうそれほど抵抗はない。だからといって昼間から抱き合いたいかと問われれば違うと答えるしかないのだが。
ちなみに、何故朱雀と白虎が怒っていたかというと皇太后との話に皇帝のことが出てきたかららしい。もう面倒だから皇帝もヤッちゃっていいよと香子は一瞬思ってしまった。
香子は皇帝が好きではない。嫌い、というか存在そのものを軽蔑している。それは出会った時に話した内容もそうだが、皇后をないがしろにしていたということが決定打になった。女性にそれ相応の対応ができない男には死を! とさえ香子は思っている。だから後宮なんてものは大嫌いだ。確かに皇帝は子孫を残す必要があるから妻が一人というわけにはいかないということはわかるが、それでもせいぜい五人もいればいいだろうと香子は思う。もちろん皇帝の妾が多いのは皇帝のせいばかりではないことぐらいわかっているが、女性に悲しい思いはしてほしくないのだった。
で、朱雀と白虎に襲われた理由が理由だっただけに香子は怒っていた。食指関係なく怒った。
『……いいかげん皇帝関係で嫉妬するのやめてもらえませんか?』
『わかってはいるのだがな』
朱雀がしれっと返す。
『全然わかってないでしょう? とりあえずどこかへ行こうとしたら、皇帝の許可を取らないわけにはいかないじゃないですか。離宮になんか足を踏み入れる気はないですし、外観だけが見たいって言ってるでしょう!』
『……それがよくわからぬのだ。外観とやらになんの意味がある?』
『ああ~、もう~……』
そういえば遺跡に対する思いなどについて、四神に詳しくは説明していなかったかもしれない。もしくは、説明していたにしても会ってすぐぐらいのことだろう。元々この国の遺跡などに欠片程も興味がない四神が覚えているはずもなかった。
とりあえず夕飯の時間になったので白雲が呼びに来た。一度部屋に戻り、髪形やら装いやらを変え、白虎が迎えにきてくれたのでその腕に身を預けて食堂へ向かった。これで夕飯を無視されていたら香子は本気で家出を決意しただろう。
その日の夕飯もおいしかった。凍石のおかげで海産物が手に入りやすくなったということもあり、その日の水餃子の中身は海老であった。
『海老餃子……たまりません……』
それで多少香子の機嫌は直った。香子は海老が大好きである。
(刺身が食べたいとかは……さすがに無理だよねぇ……)
海沿いの地域など生で食べる習慣などはないのだろうかと以前紅児に尋ねたことはあったが、とんでもないという顔をされてしまった。それでいて世界のどこかでは生肉を食べる習慣のある場所はあるのだから不思議といえば不思議である。よっぽど陸上の動物を生で食べる方が怖いではないかと香子は思うのだ。
香子はふと嫌なことを思い出した。
友人の話ではあったが、大陸の市場で生きたシャコが売っていたからとそれをさばいて食べたというのだ。当然友人はたいへんなことになったという。
その時、
「なんでそんなことをしたの!?」
と詰め寄ったら、彼女はあろうことか、
「生きていたから大丈夫だろうと思って」
と言うではないか。
「生きてる方が何食べさせられてるかわからないよ!」
と他の友人たちと共に怒鳴ったのは本当に嫌な思い出である。
それはともかく。
ごはんがおいしいのは嬉しい。だが香子の怒りはまだ解けてはいなかった。
『朱雀様、白虎様……それに、玄武様と青龍様もいいかげん理解していただきたいことがあります』
『うむ……』
玄武が代表して声を発した。
『私が四神以外に想いを寄せることはありえません。ですので、いくら誰かの名前を出したとしても嫉妬は抑えていただきたいのです。まして、私が毛嫌いしている相手の名を出しただけで今日のようなことになるのは非常に不愉快です』
『……香子』
玄武のバリトンが隣で響いた。
『そればかりは本能故、抑えることは難しい。だが、できるだけそなたに応えるよう努力しよう。それではだめか?』
そっと手を取られて、ずるいと香子は思った。玄武の大きな手も好きだ。耳に心地いいバリトンだってたまらない。
『……努力はしてください……』
結局、香子はそう答えることしかできなかった。
(ああもう負けたぁ~……)
しかし玄武に負けるのは、香子も嫌いではなかった。
ーーーーー
食指動く 春秋左氏伝より。説明はコトバンクを参照するとわかりやすいです。
それは「食指」の逸話にも明らかではないかと香子は思う。「食指が動く」というのは広辞苑によると「食欲が起こる。転じて、物事を求める心が起こる」という意味だが、香子はその逸話の後の話の方を思い出した。
人差し指がぴくりと動いたので、これはおいしい料理にありつけるぞとわかったのに、意地悪をされてその料理にありつけなかった。それを恨みに思って殺してしまうとか、まさに食い物の恨みは恐ろしいではないかと香子は思うのだ。
もし四神が香子を抱くことを優先して夕飯を食べさせなかったら、香子は一生恨んでやるつもりである。それぐらい香子はこの国の料理が好きなのだった。
朱雀と白虎によって啼かされた香子だったが、朱雀が白虎を抑えてくれたから安心して身を委ねることができた。触れられるだけならばもうそれほど抵抗はない。だからといって昼間から抱き合いたいかと問われれば違うと答えるしかないのだが。
ちなみに、何故朱雀と白虎が怒っていたかというと皇太后との話に皇帝のことが出てきたかららしい。もう面倒だから皇帝もヤッちゃっていいよと香子は一瞬思ってしまった。
香子は皇帝が好きではない。嫌い、というか存在そのものを軽蔑している。それは出会った時に話した内容もそうだが、皇后をないがしろにしていたということが決定打になった。女性にそれ相応の対応ができない男には死を! とさえ香子は思っている。だから後宮なんてものは大嫌いだ。確かに皇帝は子孫を残す必要があるから妻が一人というわけにはいかないということはわかるが、それでもせいぜい五人もいればいいだろうと香子は思う。もちろん皇帝の妾が多いのは皇帝のせいばかりではないことぐらいわかっているが、女性に悲しい思いはしてほしくないのだった。
で、朱雀と白虎に襲われた理由が理由だっただけに香子は怒っていた。食指関係なく怒った。
『……いいかげん皇帝関係で嫉妬するのやめてもらえませんか?』
『わかってはいるのだがな』
朱雀がしれっと返す。
『全然わかってないでしょう? とりあえずどこかへ行こうとしたら、皇帝の許可を取らないわけにはいかないじゃないですか。離宮になんか足を踏み入れる気はないですし、外観だけが見たいって言ってるでしょう!』
『……それがよくわからぬのだ。外観とやらになんの意味がある?』
『ああ~、もう~……』
そういえば遺跡に対する思いなどについて、四神に詳しくは説明していなかったかもしれない。もしくは、説明していたにしても会ってすぐぐらいのことだろう。元々この国の遺跡などに欠片程も興味がない四神が覚えているはずもなかった。
とりあえず夕飯の時間になったので白雲が呼びに来た。一度部屋に戻り、髪形やら装いやらを変え、白虎が迎えにきてくれたのでその腕に身を預けて食堂へ向かった。これで夕飯を無視されていたら香子は本気で家出を決意しただろう。
その日の夕飯もおいしかった。凍石のおかげで海産物が手に入りやすくなったということもあり、その日の水餃子の中身は海老であった。
『海老餃子……たまりません……』
それで多少香子の機嫌は直った。香子は海老が大好きである。
(刺身が食べたいとかは……さすがに無理だよねぇ……)
海沿いの地域など生で食べる習慣などはないのだろうかと以前紅児に尋ねたことはあったが、とんでもないという顔をされてしまった。それでいて世界のどこかでは生肉を食べる習慣のある場所はあるのだから不思議といえば不思議である。よっぽど陸上の動物を生で食べる方が怖いではないかと香子は思うのだ。
香子はふと嫌なことを思い出した。
友人の話ではあったが、大陸の市場で生きたシャコが売っていたからとそれをさばいて食べたというのだ。当然友人はたいへんなことになったという。
その時、
「なんでそんなことをしたの!?」
と詰め寄ったら、彼女はあろうことか、
「生きていたから大丈夫だろうと思って」
と言うではないか。
「生きてる方が何食べさせられてるかわからないよ!」
と他の友人たちと共に怒鳴ったのは本当に嫌な思い出である。
それはともかく。
ごはんがおいしいのは嬉しい。だが香子の怒りはまだ解けてはいなかった。
『朱雀様、白虎様……それに、玄武様と青龍様もいいかげん理解していただきたいことがあります』
『うむ……』
玄武が代表して声を発した。
『私が四神以外に想いを寄せることはありえません。ですので、いくら誰かの名前を出したとしても嫉妬は抑えていただきたいのです。まして、私が毛嫌いしている相手の名を出しただけで今日のようなことになるのは非常に不愉快です』
『……香子』
玄武のバリトンが隣で響いた。
『そればかりは本能故、抑えることは難しい。だが、できるだけそなたに応えるよう努力しよう。それではだめか?』
そっと手を取られて、ずるいと香子は思った。玄武の大きな手も好きだ。耳に心地いいバリトンだってたまらない。
『……努力はしてください……』
結局、香子はそう答えることしかできなかった。
(ああもう負けたぁ~……)
しかし玄武に負けるのは、香子も嫌いではなかった。
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食指動く 春秋左氏伝より。説明はコトバンクを参照するとわかりやすいです。
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