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第3部 周りと仲良くしろと言われました
102.やっぱりごはんがおいしいのは幸せです
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文明の発展には環境の犠牲がつきものなのだろうか。
空が綺麗すぎるが故に、香子はいろいろ考えてしまった。香子が知っている北京の空は、確かにいつも晴れてはいたけどなんとなく白っぽかった。それは近くに工業地帯があったり、車が多くて排気ガスがすごかったということもあるだろう。
大陸の発展は望ましい。だけど、と少しだけ思う。ただそれは、まだこちらの世界の空が澄んでいるから言えることだ。不便を不便と感じずに暮らしているから言えるだけである。
ただこの国には数々の便利な「石」がある。それを利用してうまく暮らしていってほしいと香子は思った。
『そなたが元の世界で見た景色とは違っているのか?』
朱雀に話しかけられて頷く。史跡などは北京でもそれなりに残っていたり、修復されたりしているが、ここには高層ビル群がない。空はどこまでも澄んでいる。北の方が少し靄がかって見えるのは石炭を使って暖をとっているからかもしれない。暖をとるのには是非暖石を北方に回してほしいなと香子は思う。
『朱雀様、暖石は朱雀様の領地付近で採れるのでしょうか?』
『紅夏』
『はい、暖石は南方であれば採れる場所は多いです。熱石ですと採れる場所は限られます』
『そうなのね。ありがとう』
今日は紅夏も一緒である。おかげで香子としては些か居心地が悪い。だからといって部屋付の紅児を連れてくるわけにもいかない。デートをしたのだから睨むのを止めてほしいと香子は思う。
『暖石に思うところでもあるのか?』
『……北方の民に配れたら、どんなにいいかと思うのです。エリーザがいた村にはそんな便利な石はなかったと言っていましたから。でも秦皇島はここよりも冬の寒さは厳しいはずですし』
『そなたは優しいな』
香子は自嘲した。
『優しくはないですよ?』
この空をできるだけ綺麗に保ちたいというのは香子のエゴだ。石炭はどうしたって空気を汚す。でも石炭の需要が少なくなれば石炭を掘る人たちの仕事がなくなってしまう。だからそれはそれで雇用先を考えなくてはならない。言うは易く行うは難しだ。
『ほ、ほ……花嫁様は妾が想像もつかないような世界からいらした。故にいろいろなことを考えられるのであろうな。妾もこの国の民が心安く暮らせることを望んではおるが、具体的にどうしたらいいのかまでは考えもつかぬ。花嫁様は凍石を発見したりと貢献してくださってるのじゃがのぅ……』
『老仏爺、私は思いつきをただ言っているだけです。それを四神が笑わないで聞いてくれているからこそ、凍石も普及し始めたのだと思っています』
この先の言葉を続けていいのか、一瞬香子は迷った。だが、実現したのは皇帝である。まだ道半ばではあるが、そこらへんは香子も評価していた。
『それに……皇帝がそれを利用することを進めてくれなければ凍石もそのままでしたでしょうし……』
『花嫁様はほんに気遣いが上手じゃのう。花嫁様が皇上を認めてくださるのなら治世も安泰じゃろう』
『……それならいいのです』
必要以上に関わりたいとは思わないが、香子が皇帝を気に食わないと思っていることは絶対に知られてはならない。かといって近づきすぎるのも危険である。周りが変な気を回しかねない。なにせこの国では、皇帝が国のトップなのだから。
そろそろ下りようという話になり、案内役と共に白虎が前へ出た。皇太后の乗った輿を守る為だろう。さりげなく白雲と紅夏も皇太后の側に付き、守ってくれるのが香子はとても嬉しいと思った。これだけの守りがあれば、何があっても大丈夫だろう。香子は朱雀がいれば十分だ。香子は皇太后が見ていないのをいいことに、己を抱いている朱雀に擦り寄った。
『香子、如何した?』
『ええと、なんか……もっとくっつきたくなったんです……』
口にするのは恥ずかしいが、そういうことである。朱雀はフッと笑んだ。
『……嬉しいことだが、毎晩これ以上ないほどくっついているではないか』
『……そういうことを言う朱雀様は嫌です……』
これらの会話はこそこそと行われていたが、周りにいる侍女や衛士たちには筒抜けだった。侍女たちは香子と朱雀の仲の良さに機嫌をよくし、衛士たちはリア充爆発しろと思っていたとかいないとか。これは余談である。
香炉峰を下りてからは見心斎に向かい、美しい江南の風景を眺めながら昼食をいただいた。真ん中には池があり、それを囲うようにある回廊もまた雅である。元の世界では明の時代に作られた庭園のようだが、この世界でも似たようなことがあったのだろう。そこらへんはもう香子は考えないことにして、北京では珍しい江南料理に舌鼓を打った。
そういえば雪菜毛豆(高菜漬けと枝豆の炒めもの)は杭州料理だと聞いたことがあった。どれも上品な料理であったが、そのメニューも出てきて香子は嬉しかった。それもこれも枝豆を乾物として保管してあるからできることだろうと、香子は保存技術にも敬意を評したのであった。
『ほんに花嫁様はおいしそうに食べるのぉ。おかげで妾もこんなに食べてしもうた』
『どの料理もとてもおいしいですから! 食べるって大事ですよ』
そんなことを話しながら、香子は皇太后と食事をした。最初、あの皇太后を歓迎する席で会った時はどうなることかと思ったが、今はそれなりに仲良くやっていることが香子は嬉しかった。
(でも、あんまり調子に乗らないようにしないと!)
香子はともすれば緩みそうになる己を、内心叱咤するのだった。
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文明の発展には環境の犠牲がつきものなのだろうか。
空が綺麗すぎるが故に、香子はいろいろ考えてしまった。香子が知っている北京の空は、確かにいつも晴れてはいたけどなんとなく白っぽかった。それは近くに工業地帯があったり、車が多くて排気ガスがすごかったということもあるだろう。
大陸の発展は望ましい。だけど、と少しだけ思う。ただそれは、まだこちらの世界の空が澄んでいるから言えることだ。不便を不便と感じずに暮らしているから言えるだけである。
ただこの国には数々の便利な「石」がある。それを利用してうまく暮らしていってほしいと香子は思った。
『そなたが元の世界で見た景色とは違っているのか?』
朱雀に話しかけられて頷く。史跡などは北京でもそれなりに残っていたり、修復されたりしているが、ここには高層ビル群がない。空はどこまでも澄んでいる。北の方が少し靄がかって見えるのは石炭を使って暖をとっているからかもしれない。暖をとるのには是非暖石を北方に回してほしいなと香子は思う。
『朱雀様、暖石は朱雀様の領地付近で採れるのでしょうか?』
『紅夏』
『はい、暖石は南方であれば採れる場所は多いです。熱石ですと採れる場所は限られます』
『そうなのね。ありがとう』
今日は紅夏も一緒である。おかげで香子としては些か居心地が悪い。だからといって部屋付の紅児を連れてくるわけにもいかない。デートをしたのだから睨むのを止めてほしいと香子は思う。
『暖石に思うところでもあるのか?』
『……北方の民に配れたら、どんなにいいかと思うのです。エリーザがいた村にはそんな便利な石はなかったと言っていましたから。でも秦皇島はここよりも冬の寒さは厳しいはずですし』
『そなたは優しいな』
香子は自嘲した。
『優しくはないですよ?』
この空をできるだけ綺麗に保ちたいというのは香子のエゴだ。石炭はどうしたって空気を汚す。でも石炭の需要が少なくなれば石炭を掘る人たちの仕事がなくなってしまう。だからそれはそれで雇用先を考えなくてはならない。言うは易く行うは難しだ。
『ほ、ほ……花嫁様は妾が想像もつかないような世界からいらした。故にいろいろなことを考えられるのであろうな。妾もこの国の民が心安く暮らせることを望んではおるが、具体的にどうしたらいいのかまでは考えもつかぬ。花嫁様は凍石を発見したりと貢献してくださってるのじゃがのぅ……』
『老仏爺、私は思いつきをただ言っているだけです。それを四神が笑わないで聞いてくれているからこそ、凍石も普及し始めたのだと思っています』
この先の言葉を続けていいのか、一瞬香子は迷った。だが、実現したのは皇帝である。まだ道半ばではあるが、そこらへんは香子も評価していた。
『それに……皇帝がそれを利用することを進めてくれなければ凍石もそのままでしたでしょうし……』
『花嫁様はほんに気遣いが上手じゃのう。花嫁様が皇上を認めてくださるのなら治世も安泰じゃろう』
『……それならいいのです』
必要以上に関わりたいとは思わないが、香子が皇帝を気に食わないと思っていることは絶対に知られてはならない。かといって近づきすぎるのも危険である。周りが変な気を回しかねない。なにせこの国では、皇帝が国のトップなのだから。
そろそろ下りようという話になり、案内役と共に白虎が前へ出た。皇太后の乗った輿を守る為だろう。さりげなく白雲と紅夏も皇太后の側に付き、守ってくれるのが香子はとても嬉しいと思った。これだけの守りがあれば、何があっても大丈夫だろう。香子は朱雀がいれば十分だ。香子は皇太后が見ていないのをいいことに、己を抱いている朱雀に擦り寄った。
『香子、如何した?』
『ええと、なんか……もっとくっつきたくなったんです……』
口にするのは恥ずかしいが、そういうことである。朱雀はフッと笑んだ。
『……嬉しいことだが、毎晩これ以上ないほどくっついているではないか』
『……そういうことを言う朱雀様は嫌です……』
これらの会話はこそこそと行われていたが、周りにいる侍女や衛士たちには筒抜けだった。侍女たちは香子と朱雀の仲の良さに機嫌をよくし、衛士たちはリア充爆発しろと思っていたとかいないとか。これは余談である。
香炉峰を下りてからは見心斎に向かい、美しい江南の風景を眺めながら昼食をいただいた。真ん中には池があり、それを囲うようにある回廊もまた雅である。元の世界では明の時代に作られた庭園のようだが、この世界でも似たようなことがあったのだろう。そこらへんはもう香子は考えないことにして、北京では珍しい江南料理に舌鼓を打った。
そういえば雪菜毛豆(高菜漬けと枝豆の炒めもの)は杭州料理だと聞いたことがあった。どれも上品な料理であったが、そのメニューも出てきて香子は嬉しかった。それもこれも枝豆を乾物として保管してあるからできることだろうと、香子は保存技術にも敬意を評したのであった。
『ほんに花嫁様はおいしそうに食べるのぉ。おかげで妾もこんなに食べてしもうた』
『どの料理もとてもおいしいですから! 食べるって大事ですよ』
そんなことを話しながら、香子は皇太后と食事をした。最初、あの皇太后を歓迎する席で会った時はどうなることかと思ったが、今はそれなりに仲良くやっていることが香子は嬉しかった。
(でも、あんまり調子に乗らないようにしないと!)
香子はともすれば緩みそうになる己を、内心叱咤するのだった。
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