404 / 608
第3部 周りと仲良くしろと言われました
101.香炉峰に登りました
しおりを挟む
香山の敷地を示す門を抜けて、馬車は停まった。
そこはとても広い空間だった。そんなに人が訪れることがあるのだろうかと、香子は目を丸くした。ただ、今回はお忍びに近いので香子たちが乗っている馬車に護衛の騎馬と侍女や侍従、女官が乗った馬車が二台ほど続いたぐらいである。皇帝が狩りなどで訪れるとしたら馬車が何台着くかわからない。そう考えると、馬車を停める場所はこれぐらい広くてもおかしくないのだろうと思い直した。
静宜園(香山公園)は唐代に作られた香山寺を1186年(金の大定26年)、金の世宗が大永安寺として再建したのが始まりとされる。この世界ではずっと唐の時代が続いているので、香山寺は時代によって修繕や再建されたりしているのだろうと思われる。
元の世界では、かつての皇室所有の園林(中国庭園)を有料で一般公開している。
香子は朱雀の腕に抱かれ、辺りを見回す。
『わぁ……』
紅児が来た時も十分紅葉は素晴らしかったそうだが、本当に色鮮やかである。赤、橙色、黄、そしてところどころに見える緑がアクセントになり、とても美しい光景だった。
『とても、綺麗です』
『そうさのう……かような美しい景色を見ると心が洗われるようじゃ』
皇太后が儚い笑みを浮かべた。
すぐ近くに見覚えのない男性がいることに、香子は気づいた。おそらく案内役の者だろう。こちらが落ち着くまで声はかけてこないようだった。女官、侍従、侍女が流れるような動きをする。女官が皇太后に声をかけた。
『老仏爺、静宜園の案内がおります』
『そうか。では参ろうぞ』
案内役の挨拶を受け、まずは香山寺にお参りをした。
こちらの世界の静宜園は、香山の他に宮殿、楼閣、庭園などで構成されている非常に広い皇族所有の避暑地である。かつてこの敷地内で狩りなどを行った皇帝もいたらしいが、今上帝はそういったことはめったに行わないそうだ。
香子は寺を見て、この世界の仏教はどこから、と思ったが口には出さなかった。もしかしたらチベット仏教かもしれないとか、自分でもわけがわからないことを思う。香子に仏教の知識はほとんどなかった。
お参りをしてから道を戻れば輿が用意されているという。それに乗せてもらって香山に登るのだそうだ。
『江緑は輿に乗るといい。香子は……朱雀兄、頼みます』
『承知した』
白虎の言に朱雀はそのまま従った。白虎は輿に乗る皇太后に付き添うようだ。こういうところは優しいと香子はにこにこした。
『まあ……白虎様がこの年寄りに付き添ってくださるなんて……』
『……人間ではどうかは知らぬが、別段年寄りと言うほどの歳でもあるまい』
白虎はさらりと言って、皇太后が乗った輿を担ぐ者たちの邪魔しないよう上手に付き添った。そのせいか、皇太后はいつになくはしゃいでいた。
『美しい紅葉と共に白虎様のお姿が見られるなど、これ以上の贅沢がありましょうや。よき冥途の土産になりました……』
『何を申す。そなたの命が尽きるまでにはまだ何年もある』
それを朱雀に抱かれたまま後ろで聞いていた香子はえええと思った。
『朱、朱雀様……四神って人の寿命がわかるんですか?』
こっそりと、香子は思わず朱雀に尋ねてしまった。
『……はっきりした時間はわからぬが、死期が近づいている者はわかるぞ』
さらりと言われて戦慄する。
『死期が近づいている、というのはどれぐらい前からわかるものなのですか?』
朱雀は少し考えるような顔をした。
『……わかるはわかるが確定ではない。未来というのはきっかけ次第で変わるものだ。故に、江緑に関して言えば数年は死の影がないということぐらいしかわからぬ』
それに聞き耳を立てていたのか、延夕玲はほんの少し嬉しそうな顔をした。皇太后は本当に夕玲を可愛がっているから嬉しいのだろうと香子もにっこりした。
『朱雀様、ありがとうございます』
『まだ何年も妾は生きられるのですか? なんて嬉しいこと。その間は白虎様のお姿を拝見することができるのですね』
そう答える皇太后の声は嬉しそうに弾んでいた。
途中立ち止まっては景色を望み、ゆっくりゆっくりと頂上を目指す。今香子が朱雀の腕に抱かれて上っているのは香炉峰という険しく切り立った峰である。その形状故に「鬼見愁」とも呼ばれる最高峰557mの山だ。元の世界ではコンクリートの階段があったので、足は痛かったが登りやすかった。こちらは登山道ではあるが土の道である。香子としては自分の足で登りたいところだが、それは絶対に許されないので土の道を恨めしそうに眺めるだけだ。
二刻程の時間をかけて上に着く。香炉峰と彫られた石があった。重陽閣と書かれた建物でしばしの休憩をする。山を下りてから昼食にするようだ。
侍女たちが準備してきたお茶とお茶菓子を香子もいただいた。皇太后はさすがに茶菓子に手はつけなかった。白虎は全く気にせず食べていた。
重陽閣の楼台から見た景色は絶景だった。空気が澄んでいるせいか、北京の街をかなり遠くまで見渡すことができ、香子は感動した。
「こんなに綺麗じゃなかった……」
だが、香子にとってなんだか懐かしい景色だった。
4年をここで過ごした。
朱雀が香子を抱き込んだ。泣いてもいいのだと、香子は言われたような気がした。
涙をこらえる。
こんなに美しい景色が見られたことを、香子は感謝した。
そこはとても広い空間だった。そんなに人が訪れることがあるのだろうかと、香子は目を丸くした。ただ、今回はお忍びに近いので香子たちが乗っている馬車に護衛の騎馬と侍女や侍従、女官が乗った馬車が二台ほど続いたぐらいである。皇帝が狩りなどで訪れるとしたら馬車が何台着くかわからない。そう考えると、馬車を停める場所はこれぐらい広くてもおかしくないのだろうと思い直した。
静宜園(香山公園)は唐代に作られた香山寺を1186年(金の大定26年)、金の世宗が大永安寺として再建したのが始まりとされる。この世界ではずっと唐の時代が続いているので、香山寺は時代によって修繕や再建されたりしているのだろうと思われる。
元の世界では、かつての皇室所有の園林(中国庭園)を有料で一般公開している。
香子は朱雀の腕に抱かれ、辺りを見回す。
『わぁ……』
紅児が来た時も十分紅葉は素晴らしかったそうだが、本当に色鮮やかである。赤、橙色、黄、そしてところどころに見える緑がアクセントになり、とても美しい光景だった。
『とても、綺麗です』
『そうさのう……かような美しい景色を見ると心が洗われるようじゃ』
皇太后が儚い笑みを浮かべた。
すぐ近くに見覚えのない男性がいることに、香子は気づいた。おそらく案内役の者だろう。こちらが落ち着くまで声はかけてこないようだった。女官、侍従、侍女が流れるような動きをする。女官が皇太后に声をかけた。
『老仏爺、静宜園の案内がおります』
『そうか。では参ろうぞ』
案内役の挨拶を受け、まずは香山寺にお参りをした。
こちらの世界の静宜園は、香山の他に宮殿、楼閣、庭園などで構成されている非常に広い皇族所有の避暑地である。かつてこの敷地内で狩りなどを行った皇帝もいたらしいが、今上帝はそういったことはめったに行わないそうだ。
香子は寺を見て、この世界の仏教はどこから、と思ったが口には出さなかった。もしかしたらチベット仏教かもしれないとか、自分でもわけがわからないことを思う。香子に仏教の知識はほとんどなかった。
お参りをしてから道を戻れば輿が用意されているという。それに乗せてもらって香山に登るのだそうだ。
『江緑は輿に乗るといい。香子は……朱雀兄、頼みます』
『承知した』
白虎の言に朱雀はそのまま従った。白虎は輿に乗る皇太后に付き添うようだ。こういうところは優しいと香子はにこにこした。
『まあ……白虎様がこの年寄りに付き添ってくださるなんて……』
『……人間ではどうかは知らぬが、別段年寄りと言うほどの歳でもあるまい』
白虎はさらりと言って、皇太后が乗った輿を担ぐ者たちの邪魔しないよう上手に付き添った。そのせいか、皇太后はいつになくはしゃいでいた。
『美しい紅葉と共に白虎様のお姿が見られるなど、これ以上の贅沢がありましょうや。よき冥途の土産になりました……』
『何を申す。そなたの命が尽きるまでにはまだ何年もある』
それを朱雀に抱かれたまま後ろで聞いていた香子はえええと思った。
『朱、朱雀様……四神って人の寿命がわかるんですか?』
こっそりと、香子は思わず朱雀に尋ねてしまった。
『……はっきりした時間はわからぬが、死期が近づいている者はわかるぞ』
さらりと言われて戦慄する。
『死期が近づいている、というのはどれぐらい前からわかるものなのですか?』
朱雀は少し考えるような顔をした。
『……わかるはわかるが確定ではない。未来というのはきっかけ次第で変わるものだ。故に、江緑に関して言えば数年は死の影がないということぐらいしかわからぬ』
それに聞き耳を立てていたのか、延夕玲はほんの少し嬉しそうな顔をした。皇太后は本当に夕玲を可愛がっているから嬉しいのだろうと香子もにっこりした。
『朱雀様、ありがとうございます』
『まだ何年も妾は生きられるのですか? なんて嬉しいこと。その間は白虎様のお姿を拝見することができるのですね』
そう答える皇太后の声は嬉しそうに弾んでいた。
途中立ち止まっては景色を望み、ゆっくりゆっくりと頂上を目指す。今香子が朱雀の腕に抱かれて上っているのは香炉峰という険しく切り立った峰である。その形状故に「鬼見愁」とも呼ばれる最高峰557mの山だ。元の世界ではコンクリートの階段があったので、足は痛かったが登りやすかった。こちらは登山道ではあるが土の道である。香子としては自分の足で登りたいところだが、それは絶対に許されないので土の道を恨めしそうに眺めるだけだ。
二刻程の時間をかけて上に着く。香炉峰と彫られた石があった。重陽閣と書かれた建物でしばしの休憩をする。山を下りてから昼食にするようだ。
侍女たちが準備してきたお茶とお茶菓子を香子もいただいた。皇太后はさすがに茶菓子に手はつけなかった。白虎は全く気にせず食べていた。
重陽閣の楼台から見た景色は絶景だった。空気が澄んでいるせいか、北京の街をかなり遠くまで見渡すことができ、香子は感動した。
「こんなに綺麗じゃなかった……」
だが、香子にとってなんだか懐かしい景色だった。
4年をここで過ごした。
朱雀が香子を抱き込んだ。泣いてもいいのだと、香子は言われたような気がした。
涙をこらえる。
こんなに美しい景色が見られたことを、香子は感謝した。
2
お気に入りに追加
4,026
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。
昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。
入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。
その甲斐あってか学年首位となったある日。
「君のことが好きだから」…まさかの告白!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる