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第3部 周りと仲良くしろと言われました

89.外国からの衣裳をどうにかしたいと思います

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 皇太后が居を構えている慈寧宮に足を踏み入れるのは、久しぶりだと香子は思った。
 ここのところずっと御花園などで皇太后と会っていたから猶更である。だがそろそろ朝晩は涼しくなってくる頃だ。昼も御花園では風が吹けば寒いと感じるかもしれなかった。

(風とかは……白虎様がいれば抑えられるのかな。でも今日は衣装箱もあるしね)

 慈寧宮では皇太后と皇后が待っていた。その背後に以前見たことがある仕立て屋の姿があった。

老仏爺ラオフオイエ、この度は……』
『ああ、よいよい! かような挨拶は不要じゃ。花嫁様も白虎様もよくおいでくださった。ささ、どうぞこちらへ』

 皇太后の歓待っぷりはどうしたの? と香子が聞きたくなるぐらいだった。白虎に会えて嬉しいのだろうか。これはもっと白虎と訪れなければならないかもしれないと香子は思った。
 隣の部屋へ案内されると共に香子たちは仕立て屋を紹介された。仕立て屋は前回と同じく女性である。
 まずは衣裳を、と衣装箱が次々と運び込まれ、仕立て屋がそれらの箱から恭しく衣裳を出した。

『ほうほう、これは……なんとも美しい刺繍でございますね……』

 仕立て屋は感心したように言う。飾りがついた美しい衣裳や、刺繍が見事なものなどいろいろあるのだがまず着方がわからなくて困っていると香子は伝えた。

『そう、でございますね。私共も長年様々な衣裳を扱わせていただいておりますが、このような形のものは初めて目にします。できましたら一度これらの衣裳を持ち帰らせていただき、着方がわかりましたらお伝えしたいと思います。もしどうしてもわからなければ鋏を入れることにはなりますが……』

 仕立て屋からすると、これらの衣裳を使って漢服に作り変えるのは嫌なようだった。

(そっか……そういうものなのか)

 香子はこの仕立て屋はとても誠実だと思った。言われた通りに漢服に作り変えるのはそれほどたいへんではないはずだ。もちろん刺繍や飾りを活かしたりというデザイン性の問題はあるだろうが、完成された衣裳はそのまま活用した方がいいという姿勢に感銘を受けた。
 皇太后が香子を見やる。

『はい、それでお願いします。これらの衣裳はこの大陸全ての国々から贈られてきたと聞いています。衣裳をそのまま着られるならそれにこしたことはありません』

 香子が答えると皇太后は笑んだ。よくわからないが皇太后の気に入る答えだったようである。

『でも……着る機会はございませんでしょう? 花嫁様がこれらの衣裳を着る際、妾も見ることは可能でしょうか?』

 それまで黙っていた皇后が控えめに聞いた。

『そうじゃのう。外国の衣裳を着る機会などそうそうあるものではない。かといって花嫁様を見世物にするわけにはいかぬ。どうじゃろう? 着方がわかる衣裳があれば、ここで着ていただき我らに見せてくれるというのは?』
『えええ……』

 香子は思わず声を上げてしまった。
 確かに四神宮で着てもすぐ四神に脱がされてしまいそうである。それならばここで着させてもらって皇太后や皇后と一緒にお茶をした方が楽しそうだと香子は思った。

『そう、ですね。衣裳を着せていただいて、そのままこちらでお茶をしたりできると嬉しいです』
『おお、それはよい。毎回違った衣裳の花嫁様を見られるのはとてもよいことじゃ』

 皇太后だけでなく皇后もにこにこしていた。
 仕立て屋に着方を調べるよう伝え、衣裳箱は一旦仕立て屋に持ち帰らせることにした。香子からしたら何枚かなくなったところで痛くも痒くもない。ただ目録はあるので衣裳がなくなった際咎められるのは仕立て屋である。それはどうにかならないものかと香子は考えた。

(白虎様、あれらの衣裳を衣装箱からあまり離れたところへ持ち出せないようにできたりはしませんか?)

 香子はさりげなく白虎に触れ、心の中で話しかけた。

(盗難防止というやつか。そうなると衣裳の着せ方などを調べるのが困難になるのではないか?)
(それもそうですね……)

 確かに持ち出して着方がわかる者に見せる可能性がないとはいえない。

(まぁよい。故意に持ち出そうとする者には触れぬようにしておこう)
(そんなことまでできるのですか)
(そなた……我らをなんだと思っているのだ?)

 少しばかり不安はあるが、香子は白虎を信じることにした。よく考えなくても失礼ではあったが、香子にとって白虎はそんな認識なので仕方がない。
 仕立て屋が辞した後、皇太后、皇后と共に香子はお茶を飲んだ。

『それにしても……四神の花嫁様への溺愛ぶりは気持ちいいほどじゃ。絶対に花嫁様を離さないのじゃからのぅ』

 皇太后が嬉しそうに言う。今だって白虎の膝の上に香子は腰掛けさせられている。改めて言われて香子は頬を染めた。

『……我らにとって唯一のものだ。花嫁以外愛せる存在などいない』

 片手で器用に蓋碗の蓋をずらして、白虎はお茶を優雅に飲んで見せた。手の大きさもあるのだろうが、香子はどうしても片手では難しい。今日のお茶は毛峰(マオフォン)だった。すっきりとした後味が甘味に合う。

『ほほ……お熱いこと。大事にせねばならぬのぉ』
『花嫁様は日に日に美しくなられますね。その透き通るような美しい肌はどのような手入れをしたら手に入るのかしら』

 皇后が無邪気に尋ねる。最近皇后はよく笑むようになった。やはりあの荒療治がきいたのだろうと香子は思う。

『肌の手入れは……侍女たちに任せているので私では……』
『それもそうですわね。後ほど人を向かわせますわ。よろしいでしょうか?』

 香子はちら、と延夕玲を見やる。彼女は軽く頷いた。

『はい、かまいません』

 とても和やかに茶会を過ごし、香子はほっとした。やはり茶会というのはこうであらねばと香子は満足そうに頷いた。
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