386 / 597
第3部 周りと仲良くしろと言われました
83.大陸の庶民の味も最高なのです
しおりを挟む
お茶菓子は相変わらず乾き物ばかりだが、今回香子は自分の大好物を持参してきた。
『老仏爺、いつものお菓子もとてもおいしいのですが……庶民の味も食べてみませんか?』
『ほう、どのような物かえ?』
皇后の顔がさっと青ざめた。別に揶揄したつもりはなかったので香子は内心慌てた。どうフォローしていいかもわからないので平然と会話を続けることにする。
『煎餅と言いまして、私が元の世界にいた時好んで食べていたものです。こちらでも庶民が食べるものと知りまして作ってもらいました』
『ほほう』
『しょっぱいというか少しばかり辛味があるものですが、老仏爺の口に合うと幸いです』
煎餅というのは簡単に言ってしまうと中華クレープのことだ。薄いクレープ状の生地に卵を割り落として広げ、辛味噌(甘味噌の場合もあり)を塗る。香菜、ネギなどを散らして小麦粉を薄く揚げた物を乗せてから生地で包み、ざくざくとヘラで軽く切って外側のクレープ生地を折り畳む。それを紙に包んで渡してくれるという本当に庶民の食べ物である。香子はこれが大好物で、大学が終るとわざわざ大学の外の屋台に買いに行っていたものだった。
馬遼と厨師たちに無理を言って作らせたそれは籠に入れ、暖石も一緒に入れてあるのでいつまでも温かい。こちらの世界に来て香子がよかったなと思うのはこの保温効果が保たれていることだ。石さまさまである。
もちろん余分に持ってきたので皇后の分もある。
お皿の上に、紙に包んだまま煎餅を置いてもらった。
『ふむ。これはどう食べたらよいものか』
皇太后の疑問に香子はにんまりした。
『見本をお見せしますね。これはこう持って、こう食べるのです!』
そう言って香子は紙のまま煎餅を持ち、がぶり、と噛みついた。うん、おいしいと香子は頷いた。出来立てではないけど中の薄脆(小麦粉を薄く揚げたもの)がサクサクしていてとてもいい食感である。
『どれ、我もいただくとしよう』
青龍も煎餅を紙に包んだまま持ち、香子のようにかぶりついた。皇后がとんでもないという顔をしているのが香子にはおかしく感じられた。
『なんとも豪快なことよのぅ。どれ』
女官に袖を抑えさせて、皇太后もまだその手に紙に包まれたままの煎餅を持った。
『ほう、随分と熱いものじゃ』
皇太后は感心したように言うとぱくりと食べた。本当は毒見が必要なのだろうが四神宮から持ち込まれた食べ物である。青龍が側にいる以上、毒などが入っていれば食べていなくてもわかるので毒見は不要だった。
『これは……食べづらいが、なんとも……うむ』
皇太后は軽く何度も頷いた。そしてまたぱくりと食べる。おいしくなければ二口目は躊躇するだろう。ということは皇太后の口に合ったようだと香子は内心胸を撫で下ろした。皇后をちら、と見ればおずおずとだが一応手に持ってはいた。まずこういう手に取って食べる物というのを食べたことがないのかもしれなかった。
『万瑛、そなたも一口食べてみよ。なんとも不思議な味がする』
皇太后に促され、皇后は意を決したように手に持った煎餅を凝視した。
『はい……』
そして一口、いつになく大きな口を開けてがぶりっと食べた。
香子はおお、と思った。初めてのものをあんなに一度に口に入れて大丈夫だろうかと少し心配になった。
どうしても食べ物というのは味の好みというものがあるから、口に合わなかったらどうしようと香子は思ったのだ。だがそれは杞憂だったらしい。
皇后はもぐもぐと食べ、ごくりと飲み込むともう一口ぱくりと食べた。
よかったと、香子は思った。
『これは……いろいろな味が混ざっていて面白いものじゃのぅ。こなにおいしいものを庶民は食べておるのか。材料はなんじゃ?』
皇太后が楽しそうに聞く。香子は材料を説明した。
『ほうほう、この食感は小麦粉を薄く焼いたものなのか。ああ、もったいないがもうおなかがいっぱいじゃ』
さすがに一個丸ごとは食べられなかったようで、皇太后はくやしそうな顔をしながら三分の一ほど残った煎餅を見た。
『これは冷えてもおいしいものか?』
『やはり温かい方がおいしいですね』
『そうか。残念じゃのう』
皇太后は本当に残念そうだった。皇太后の口に合ってよかったと香子はしみじみ思う。みなでおいしく食べるのはまた格別おいしく感じられた。
皇后はやはり若いのか、最後までキレイに食べてしまった。途中紙をどうしたらいいのかと目で訴えていたので香子が紙を折りたたんだりするところを見せるとそのようにした。こうして見ると皇后もなかなかに愛嬌がある。こういう姿を皇帝が見たら可愛く思うのではないかなと香子は思ったが、皇帝と皇后は政略結婚だからやはりどうなのだろう。香子は男性ではないからわからないが、政略結婚とはいえ肌を合わせた女性を大事にできない皇帝は最低だと思っている。
『香子、口の端についているぞ』
『あ……』
青龍の指がそっと香子の唇の端を拭ってそれを自分の口に咥えた。香子は頬を染めた。
『ほ、ほ。なんとも仲が良いものじゃのう。これはいいものを見せてもろうた』
皇太后がにこにこする。
『青龍様、布で拭ってくださいませ……』
香子は真っ赤になって、そう言うことしかできなかった。
(あれ? 私なんの為に皇太后を呼び出したんだっけ?)
煎餅でおなかいっぱいになった後なかなか目的を思い出せなくて困った。
(そうだ、仕立て屋を呼んでもらおうと思ったんだ)
煎餅はついでだったはずなのについつい紹介に熱が入ってしまった。香子はこっそり反省した。でもこれからもいろいろなものを皇太后に紹介したいと思ったのだった。
『老仏爺、いつものお菓子もとてもおいしいのですが……庶民の味も食べてみませんか?』
『ほう、どのような物かえ?』
皇后の顔がさっと青ざめた。別に揶揄したつもりはなかったので香子は内心慌てた。どうフォローしていいかもわからないので平然と会話を続けることにする。
『煎餅と言いまして、私が元の世界にいた時好んで食べていたものです。こちらでも庶民が食べるものと知りまして作ってもらいました』
『ほほう』
『しょっぱいというか少しばかり辛味があるものですが、老仏爺の口に合うと幸いです』
煎餅というのは簡単に言ってしまうと中華クレープのことだ。薄いクレープ状の生地に卵を割り落として広げ、辛味噌(甘味噌の場合もあり)を塗る。香菜、ネギなどを散らして小麦粉を薄く揚げた物を乗せてから生地で包み、ざくざくとヘラで軽く切って外側のクレープ生地を折り畳む。それを紙に包んで渡してくれるという本当に庶民の食べ物である。香子はこれが大好物で、大学が終るとわざわざ大学の外の屋台に買いに行っていたものだった。
馬遼と厨師たちに無理を言って作らせたそれは籠に入れ、暖石も一緒に入れてあるのでいつまでも温かい。こちらの世界に来て香子がよかったなと思うのはこの保温効果が保たれていることだ。石さまさまである。
もちろん余分に持ってきたので皇后の分もある。
お皿の上に、紙に包んだまま煎餅を置いてもらった。
『ふむ。これはどう食べたらよいものか』
皇太后の疑問に香子はにんまりした。
『見本をお見せしますね。これはこう持って、こう食べるのです!』
そう言って香子は紙のまま煎餅を持ち、がぶり、と噛みついた。うん、おいしいと香子は頷いた。出来立てではないけど中の薄脆(小麦粉を薄く揚げたもの)がサクサクしていてとてもいい食感である。
『どれ、我もいただくとしよう』
青龍も煎餅を紙に包んだまま持ち、香子のようにかぶりついた。皇后がとんでもないという顔をしているのが香子にはおかしく感じられた。
『なんとも豪快なことよのぅ。どれ』
女官に袖を抑えさせて、皇太后もまだその手に紙に包まれたままの煎餅を持った。
『ほう、随分と熱いものじゃ』
皇太后は感心したように言うとぱくりと食べた。本当は毒見が必要なのだろうが四神宮から持ち込まれた食べ物である。青龍が側にいる以上、毒などが入っていれば食べていなくてもわかるので毒見は不要だった。
『これは……食べづらいが、なんとも……うむ』
皇太后は軽く何度も頷いた。そしてまたぱくりと食べる。おいしくなければ二口目は躊躇するだろう。ということは皇太后の口に合ったようだと香子は内心胸を撫で下ろした。皇后をちら、と見ればおずおずとだが一応手に持ってはいた。まずこういう手に取って食べる物というのを食べたことがないのかもしれなかった。
『万瑛、そなたも一口食べてみよ。なんとも不思議な味がする』
皇太后に促され、皇后は意を決したように手に持った煎餅を凝視した。
『はい……』
そして一口、いつになく大きな口を開けてがぶりっと食べた。
香子はおお、と思った。初めてのものをあんなに一度に口に入れて大丈夫だろうかと少し心配になった。
どうしても食べ物というのは味の好みというものがあるから、口に合わなかったらどうしようと香子は思ったのだ。だがそれは杞憂だったらしい。
皇后はもぐもぐと食べ、ごくりと飲み込むともう一口ぱくりと食べた。
よかったと、香子は思った。
『これは……いろいろな味が混ざっていて面白いものじゃのぅ。こなにおいしいものを庶民は食べておるのか。材料はなんじゃ?』
皇太后が楽しそうに聞く。香子は材料を説明した。
『ほうほう、この食感は小麦粉を薄く焼いたものなのか。ああ、もったいないがもうおなかがいっぱいじゃ』
さすがに一個丸ごとは食べられなかったようで、皇太后はくやしそうな顔をしながら三分の一ほど残った煎餅を見た。
『これは冷えてもおいしいものか?』
『やはり温かい方がおいしいですね』
『そうか。残念じゃのう』
皇太后は本当に残念そうだった。皇太后の口に合ってよかったと香子はしみじみ思う。みなでおいしく食べるのはまた格別おいしく感じられた。
皇后はやはり若いのか、最後までキレイに食べてしまった。途中紙をどうしたらいいのかと目で訴えていたので香子が紙を折りたたんだりするところを見せるとそのようにした。こうして見ると皇后もなかなかに愛嬌がある。こういう姿を皇帝が見たら可愛く思うのではないかなと香子は思ったが、皇帝と皇后は政略結婚だからやはりどうなのだろう。香子は男性ではないからわからないが、政略結婚とはいえ肌を合わせた女性を大事にできない皇帝は最低だと思っている。
『香子、口の端についているぞ』
『あ……』
青龍の指がそっと香子の唇の端を拭ってそれを自分の口に咥えた。香子は頬を染めた。
『ほ、ほ。なんとも仲が良いものじゃのう。これはいいものを見せてもろうた』
皇太后がにこにこする。
『青龍様、布で拭ってくださいませ……』
香子は真っ赤になって、そう言うことしかできなかった。
(あれ? 私なんの為に皇太后を呼び出したんだっけ?)
煎餅でおなかいっぱいになった後なかなか目的を思い出せなくて困った。
(そうだ、仕立て屋を呼んでもらおうと思ったんだ)
煎餅はついでだったはずなのについつい紹介に熱が入ってしまった。香子はこっそり反省した。でもこれからもいろいろなものを皇太后に紹介したいと思ったのだった。
3
お気に入りに追加
4,015
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる