上 下
367 / 597
第3部 周りと仲良くしろと言われました

64.四神の眷属は誰の言うことも聞かないものらしいです

しおりを挟む
「貴方色に染まる」71、72話の場面です。
ーーーーー



 ところどころ、葉がほんのりと色づき始めているように香子には感じられた。
 四神宮では年中気候が変わらないのであまり感じ取ることはできないが、最近は朝晩もかなり涼しくなってきているに違いなかった。

(11月になれば香山シャンシャンの紅葉も色づくかしら)

 唐は陰暦なので香子の感覚では九月の終り頃になるだろうと思われた。基本は陽暦で暮らしていたので、香子はまだまだ陰暦には慣れそうもない。元の世界で香山公園と呼ばれている場所に、香子はかつて遠足で行ったことがあった。
 さて、香子がほんの少しだけ現実逃避していたが茶会である。主な参加者は皇帝、白虎、香子、シーザン王、シーザンの姫、紅児の六名だ。その後ろには警備の者たちと、侍女たち、シーザンの姫付きの侍女、そして白雲、紅夏、延夕玲、黒月が控えている。
 皇后はどうやら逃げたらしいと香子は内心ほくそ笑んだ。皇太后や皇后がいれば必然的にシーザンの姫に構うことになる。香子がシーザンの姫にあまりいい感情を持っていないということに気づいて回避したようだった。

(美人だし、嫌いじゃないんだけどねー)

 シーザンの姫は物を知らないだけだと香子は思っている。ようは育て方に問題があるのだ。

『天気のいい、良き日でございますな』

 シーザンの王が機嫌良さそうに身体を揺らして言った。

『そうだな。秋が一番過ごしやすい。シーザンは如何か』
『そうですな。こちらでは夏が一番ですかな』

 なんということのない会話である。香子は白虎の腕の中で当たり前のように蓋碗を手に取った。シーザンの姫がシーザン王をつつく。

『そろそろ葉が色づく頃でございましょうか、本日はなんとも華やかなものでございますな』

 シーザン王が姫に目配せした。

『華やかと言えば、花嫁殿の髪はほんに見事じゃ。確か朱雀様と同じ色であったか?』

 姫が好奇心いっぱいの目を紅夏に向けた。なんともあからさまで香子は内心苦笑した。それよりも「殿」とまた姫が言ったことで背後からの圧がかかる。夕玲と黒月からブリザードが吹いてきているかのようだった。

(こーわーいー)
『ええ』

 香子はそっけなく答えた。すると姫は矛先を変えてきた。

『花嫁の客人は……紅児ホンアールと申したか。そなたの髪も赤いが色合いが違うのう』

 紅児はそれに笑顔で応える。姫はまた紅夏に目を向けた。

『そこにいるのは朱雀様の眷属か。花嫁殿と同じく見事な髪じゃの』

 紅夏は紅児の後ろに控えていた。声をかけられたからといって特に反応もしない。紅夏は紅児以外に興味が全くないので返事をすることはなかった。それを姫は別の利用だと勘違いしたようだった。

『四神の眷属よ、わらわと言葉を交わす権利を与えよう』

 艶やかな笑みを浮かべて姫が言う。あちゃー、と香子は思った。シーザン王国であれば名誉とされるであろうそれも、四神の眷属からすると迷惑でしかないだろう。紅夏の目が鋭く細められたのを見てまずいと思ったのか、シーザン王が慌てて声を上げた。

『ドルマ、黙りなさい。皇帝陛下と四神の御前であるぞ』

 姫は不満そうに口を尖らせたがシーザン王の言葉にしぶしぶ従った。しかし何が問題だったのかは全くわかっていないようである。

『陛下、白虎様、花嫁様、娘がたいへんな失礼を。まだ成人前の未熟者にてどうかご寛恕を』

 シーザン王が深々と頭を下げた。その顔は青ざめている。ようやく誰に向かって口をきいているのか理解したようだが、それでもこれは形だけでまだ諦めてはいないようだった。

〈許す、とおっしゃってください〉

 白虎に密着していることで、香子は白虎に心話で話しかけた。

〈よいのか〉
〈波風を立てるほどではございません。相手は一国の王です。恥をかかせるわけにはいきません〉
『許す』

 白虎が応えた。シーザン王はしばらく伏した後ゆっくりと頭を上げた。だがその後はやはりいただけなかった。
 シーザン王は四神の眷属を姫の婿に迎えたいと言い出した。四神宮に来た眷属たちがことごとく人と番うのを知って、それならばと思ったようだった。シーザン王国は大唐の西側に位置している。そこは白虎の領地と隣接している為その付近には恩恵があるが、国全体は貧しいと訴えた。四神の眷属を婿に迎えることで四神の加護を受けたいと、少しだけもってまわった言い方で述べた。

〈白虎様、眷属が一人婿に行ったからって四神の加護が及ぶものなんですか?〉
〈一人ではせいぜい王宮の範囲ぐらいだろうな。眷属だけでは数がおらねばどうにもならぬ〉

 やはりそんなうまい話はなさそうである。どちらにせよ紅夏がシーザンの姫に婿入りすることなどありえない。
 香子はこっそり白虎と話しながらお茶を飲む。お茶は相変わらずおいしかった。

〈多分眷属のあり方とか説明しないと理解しませんよね。白雲に頼めます?〉
〈説明させよう〉

 白虎は楽しそうな顔をして、白雲に声をかけた。

『白雲、どうだ?』

 その面白がるような言い方に、白雲は一瞬眉を寄せた。そして苦笑し、眷属についての説明を丁寧にしはじめた。
 結局のところ、四神の眷属を人がどうこうできるはずがないということがわかったようで、結果的にシーザン王は引き下がった。シーザンの姫はそれに柳眉を逆立てたが、シーザン王の言葉は覆らない。
 いろいろな話を聞かされて紅児が疲れているのに気づき、香子はこれ幸いとその場を辞した。シーザンの姫が香子を引き留めようとしたが香子はそれを跳ねのけた。もう付き合う義理はないはずである。あと一度ぐらいはお茶を共にしてもいいかもしれないと香子は思ったが、誘われなければこれで終りだった。
 御花園を出た途端紅夏が紅児を抱き上げた。これはまずい、と香子は思った。連れて来なければよかったと思ったがもう後の祭りである。

(エリーザ、ごめんなさい)

 香子は内心謝った。

『紅夏、先に戻りなさい』
『ありがとうございます』

 紅夏は礼を言うと、飛ぶような速さで紅児を抱いて戻って行った。

香子シャンズ、我らも戻ろうぞ』
『はい。もう少しこの庭園を見とうございます。ゆるりと歩いて戻りましょう』
『……そなたにはかなわぬな』

 白虎が苦笑する。大して先延ばしはできないとわかっていたが、香子は御花園の色鮮やかな草木を眺めたのだった。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

処理中です...