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第3部 周りと仲良くしろと言われました
54.中秋の夜の宴で誰かに会いました
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先ほどと同じ場所で宴会の続きをするのかと香子は思っていたが、今度は別の場所で行うのだという。
案内された場所は、舞台が露天で、その四方に屋根のついた建物があり、その建物で食事をしながら舞台が見られるという仕様になっていた。もう日はすっかり落ちて暗くなっている。月明かりだけが舞台を照らしているような、そんな夜だった。
四神と香子は一番奥の建物に案内されたが、それでいいのかと香子は思ってしまう。ただ、確かに秋の大祭の主役は白虎だから間違ってはいないのだろう。皇帝の側には各国の王とその特使が侍り、その子どもたちはまた別の建物にいる。女性たちは女性たちでまた別の建物に、というように四方はきっちり埋まっていた。
『秋の大祭の成功を祝って、乾杯!』
皇帝が音頭をとり、また宴会が始まった。今回は建物毎だからちょっかいをかけられる心配もないだろうと香子は思っていたが、そうは問屋が下ろさなかった。
給仕をしている侍女が困惑した顔でやってきて、誰に声をかければいいのかわからないという体で黒月を見た。黒月は女官でも侍女でもないが、それに気づいて侍女の話を聞いた。そして柳眉を吊り上げた。
『……あいわかった。そなたは伝えたとだけ申せ』
『ありがとうございます』
その内容はとても黒月にとって容認できることではなかったらしい。だが、侍女をいきなり怒鳴りつけるようなことはなかった。黒月は黒月なりに成長しているようである。
『白雲様』
黒月は白雲に声をかけた。そして何やら話していた。香子はその内容が気になったが、自分に関係することであれば話してくれるだろうと、今は舞台に集中することにした。月明かりに照らされて踊っている演目はどうやら四面楚歌の場面であるらしい。確か京劇に覇王別姫という演目があったと香子は思いだした。この宴席で催されるのは京劇ではないが、なかなかの迫力であった。さすがは王城の宴席である。
(香子、シーザン王の娘がそなたに会いたいそうだ。どうする?)
心話で白虎に話しかけられて香子はびくっとした。
(シーザン王の娘、ですか。私に会ってどうするんですかね?)
そういえばシーザン王国は、王は男性ではあるが基本女性上位の国だと香子は以前聞いたことがあった。そうなると娘といえども女性の意向には逆らえないのだろう。
(わからぬ)
香子は会ってもかまわないとは思ったが嫌な予感がした。別の建物の下にいるシーザン王の娘だろうと思われる女性を香子は眺めた。なるほど豪奢な帽子を被り、赤をベースとした煌びやかな衣裳を身に着けている。
(いいですけど、私からは参りませんよ。相手がこちらに来るならば少しは相手をしますが……)
シーザン王の娘のわがままなど蹴ってもかまわなかったが、香子はあえて会うことを選んだ。一応相手の面子を慮った形である。
黒月が侍女にその旨伝えると、侍女は足早に皇帝や各国の王子、王女がいる建物に入っていった。香子はその建物の方をじっと観察する。侍女がシーザン王女の侍女らしき者に伝え、その侍女が王女に伝える。王女は驚いたような表情をした。そして不快そうに顔を歪めた。
『あれでは美人が台無しだわ……』
香子はつい呟いてしまった。それにはっとして扇子で口元を隠す。
『どんな美女であってもそなたにかなう者ならおらぬ』
白虎が香子の椅子になったままそんなことを言う。香子は真っ赤になった。
『……四神は花嫁以外には興味ないじゃないですか……』
言われたことは嬉しいと香子は思ったが、なんとも気恥ずかしい。おかげでその後のシーザン王女の表情などは見逃してしまった。
『……花嫁様、シーザン王女がこちらへ来るそうです』
黒月が怒ったような声で後ろから伝えた。
『そう、ありがとう』
さすがにここで香子を呼びつけるようなことはしなかったようだ。そのようなことは大唐の皇帝でもできないだろう。シーザン王女が席を立ち、侍女を伴って歩いてきた。香子はふと目の端で、シーザン王が慌てたような様子なのを確認した。ということは王女の独断であったらしい。
王女は堂々と目の前に来て、四神と香子に挨拶をした。一人一人の名を呼んで、万歳万歳万々歳と挨拶をする様子はある意味滑稽ではあるのだが、この大陸で一番の覇者は大唐帝国だし、その守護をしている四神はまた別格である。ちなみに香子に対しては千歳千歳千々歳だった。だからなんだということもない。これはもう決められた言い方である。
『免礼(なおれ)』
白虎の声にシーザン王女は礼をとった。
『お初に御目文字致します。まさかこの年に四神に目通りがかなうとは思ってもみませんでした。して、そちらが四神の花嫁殿か』
殿? と一瞬香子は引っかかったがあまり深く考えないことにした。それよりも背後から漂ってくる黒月の殺気がすごい。誰か黒月を止めてほしいと香子は思った。
『はい、そうですが何か?』
返事がそっけなくなるぐらいは許してほしいと香子は思った。シーザン王女の口元が引きつる。いろいろ面倒なことになりそうだなと香子は内心げんなりした。
案内された場所は、舞台が露天で、その四方に屋根のついた建物があり、その建物で食事をしながら舞台が見られるという仕様になっていた。もう日はすっかり落ちて暗くなっている。月明かりだけが舞台を照らしているような、そんな夜だった。
四神と香子は一番奥の建物に案内されたが、それでいいのかと香子は思ってしまう。ただ、確かに秋の大祭の主役は白虎だから間違ってはいないのだろう。皇帝の側には各国の王とその特使が侍り、その子どもたちはまた別の建物にいる。女性たちは女性たちでまた別の建物に、というように四方はきっちり埋まっていた。
『秋の大祭の成功を祝って、乾杯!』
皇帝が音頭をとり、また宴会が始まった。今回は建物毎だからちょっかいをかけられる心配もないだろうと香子は思っていたが、そうは問屋が下ろさなかった。
給仕をしている侍女が困惑した顔でやってきて、誰に声をかければいいのかわからないという体で黒月を見た。黒月は女官でも侍女でもないが、それに気づいて侍女の話を聞いた。そして柳眉を吊り上げた。
『……あいわかった。そなたは伝えたとだけ申せ』
『ありがとうございます』
その内容はとても黒月にとって容認できることではなかったらしい。だが、侍女をいきなり怒鳴りつけるようなことはなかった。黒月は黒月なりに成長しているようである。
『白雲様』
黒月は白雲に声をかけた。そして何やら話していた。香子はその内容が気になったが、自分に関係することであれば話してくれるだろうと、今は舞台に集中することにした。月明かりに照らされて踊っている演目はどうやら四面楚歌の場面であるらしい。確か京劇に覇王別姫という演目があったと香子は思いだした。この宴席で催されるのは京劇ではないが、なかなかの迫力であった。さすがは王城の宴席である。
(香子、シーザン王の娘がそなたに会いたいそうだ。どうする?)
心話で白虎に話しかけられて香子はびくっとした。
(シーザン王の娘、ですか。私に会ってどうするんですかね?)
そういえばシーザン王国は、王は男性ではあるが基本女性上位の国だと香子は以前聞いたことがあった。そうなると娘といえども女性の意向には逆らえないのだろう。
(わからぬ)
香子は会ってもかまわないとは思ったが嫌な予感がした。別の建物の下にいるシーザン王の娘だろうと思われる女性を香子は眺めた。なるほど豪奢な帽子を被り、赤をベースとした煌びやかな衣裳を身に着けている。
(いいですけど、私からは参りませんよ。相手がこちらに来るならば少しは相手をしますが……)
シーザン王の娘のわがままなど蹴ってもかまわなかったが、香子はあえて会うことを選んだ。一応相手の面子を慮った形である。
黒月が侍女にその旨伝えると、侍女は足早に皇帝や各国の王子、王女がいる建物に入っていった。香子はその建物の方をじっと観察する。侍女がシーザン王女の侍女らしき者に伝え、その侍女が王女に伝える。王女は驚いたような表情をした。そして不快そうに顔を歪めた。
『あれでは美人が台無しだわ……』
香子はつい呟いてしまった。それにはっとして扇子で口元を隠す。
『どんな美女であってもそなたにかなう者ならおらぬ』
白虎が香子の椅子になったままそんなことを言う。香子は真っ赤になった。
『……四神は花嫁以外には興味ないじゃないですか……』
言われたことは嬉しいと香子は思ったが、なんとも気恥ずかしい。おかげでその後のシーザン王女の表情などは見逃してしまった。
『……花嫁様、シーザン王女がこちらへ来るそうです』
黒月が怒ったような声で後ろから伝えた。
『そう、ありがとう』
さすがにここで香子を呼びつけるようなことはしなかったようだ。そのようなことは大唐の皇帝でもできないだろう。シーザン王女が席を立ち、侍女を伴って歩いてきた。香子はふと目の端で、シーザン王が慌てたような様子なのを確認した。ということは王女の独断であったらしい。
王女は堂々と目の前に来て、四神と香子に挨拶をした。一人一人の名を呼んで、万歳万歳万々歳と挨拶をする様子はある意味滑稽ではあるのだが、この大陸で一番の覇者は大唐帝国だし、その守護をしている四神はまた別格である。ちなみに香子に対しては千歳千歳千々歳だった。だからなんだということもない。これはもう決められた言い方である。
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白虎の声にシーザン王女は礼をとった。
『お初に御目文字致します。まさかこの年に四神に目通りがかなうとは思ってもみませんでした。して、そちらが四神の花嫁殿か』
殿? と一瞬香子は引っかかったがあまり深く考えないことにした。それよりも背後から漂ってくる黒月の殺気がすごい。誰か黒月を止めてほしいと香子は思った。
『はい、そうですが何か?』
返事がそっけなくなるぐらいは許してほしいと香子は思った。シーザン王女の口元が引きつる。いろいろ面倒なことになりそうだなと香子は内心げんなりした。
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