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第3部 周りと仲良くしろと言われました
53.前門の楼台から四神の加護を授けてみました
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馬車に乗って前門まで移動する。王城の敷地はとにかく広い。
(このへんて、元の世界だと天安門広場だよねー……)
天安門広場も広かったな、と香子は少しだけ現実逃避した。何をするわけでもないとわかっているが、緊張はするものだ。前門の楼台に上がるには長く急な階段を上っていくしかない。狭いので輿を使うこともできない階段を作る際、皇帝がここを上るとは考えなかったのだろうかと香子はつい思ってしまう。
(前も同じことを考えたかも……)
春の大祭の時は朱雀が香子を抱いて上がった。今回は白虎の腕の中である。そのまま素直に階段を上っていくのかと思われたが、
『……面倒だな』
白虎は呟いたかと思うと、香子を抱いたまま階段の終点を見上げると飛んだ。
『っっっっ!?』
ふわり、と香子は自分の身体が持ち上がったように思えた。ぎゅうっと、白虎の首に回した腕をきつく締める。トン、と音が鳴ったようだったが音は何もせず、香子は一瞬で階段の上に上がったことに気が付いた。
『わあ……』
衛士たちが目を丸くしている。皇帝は何事もなかったかのように上がってき、その後からすらりとした背の高い者と太った者が続いた。
『監兵神君がまさか飛ばれるとは思いもしませんでした』
『……このような狭い階段を自力で上るとはご苦労なことよ』
すらりとした背の高い者は透き通るような白い肌をしていた。オロス王だと名乗った。確かに華美な衣裳を着ていると香子も思った。もう一人の太った者は全体的に身体がでかかった。こちらは貴金属をじゃらじゃら身に着けている、シーザン王だと名乗った。
『生きているうちに監兵神君のご尊顔を拝することができるとは夢にも思っていませんでした』
オロス王が感極まったように言う。シーザン王も思いは同じようだった。
『挨拶は我にするものではなかろう。皇帝よ、まだ始まらぬのか』
『はい、もう間もなく……』
楼台に続く建物に入り、ただその時を待っている時間というのは不思議なものだと香子は思う。儀式としての体裁もなにもかも整えて行われる行事は荘厳である。香子は白虎の腕の中でふるりとした。楼台に出るのはかまわない。それは前回もしたことだ。だが今回は月餅も投げるのだ。民衆に争いや、怪我などをしてもらいたくはない。月餅はその大きさこそ小さいが、前門の前に集まる人々にいきわたるだけの量は確保していると聞かされた。ちょっと疑わしいがそれはもう信用するしかない。
そして。
ボワアアアーーン ボワアアアーーン ボワアアアーーーーン!!
銅鑼の音が何度も響く。その余韻がなくなり、音楽が奏でられ始めてから楼台に続く扉が開かれた。
香子を抱いたまま白虎が扉の表に出るか出ないかのうちに、
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
というどよめきが響いた。
民衆の歓喜の声に香子はびくっとする。その背を白虎の手が優しく撫でた。それで香子はどうにか落ち着くことができた。香子は顔を動かさないようにして視線だけを巡らせる。暗い中でよくわからなかったが、楼台の下が人でいっぱいだということはわかった。
衛士たちが一斉に声を張り上げ、
『監兵神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!』
と白虎と香子が楼台に上がったことを告げる。それに集まった群衆もまた唱和した。
皇帝と、オロス王、そしてシーザン王が並ぶ。衛士たちと群衆が、
『皇上、万歳万歳万々歳!!』
『西蔵王、千歳千歳千々歳! 俄罗斯王、千歳千歳千々歳!』
それらに対して挨拶をする。
一通り終えた後、皇帝が声を張り上げて秋の大祭に白虎が出席したことを褒めたたえるようなことを口にしていたが、言い回しが難しすぎて香子にはよくわからなかった。
春に四神の花嫁を王城に迎えたこと。秋の大祭に白虎を招くことができたこと。そしてそれに際してオロス王とシーザン王がはせ参じたこと。
『大唐の治世を讃え、四神とその花嫁に感謝を捧げよ!』
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
(すごい……)
香子はその雰囲気に飲まれそうになったが、白虎の顔を見て少し落ち着いた。これらはいわゆる演出なのだ。さすがに皇帝は見せ方というものがわかっている。しばらく笑顔で群衆に手を振った後、
『花嫁様、月餅でございます』
後ろからそっと声をかけられ、大きな籠が隣に持ってこられた。香子が皇帝を窺うと頷かれた。香子はにっこりしてそれらを掴むと、群衆に向かってポーンッと投げた。白虎や皇帝、そして王たちもそれに続く。
ウワァァアアアアアーーーーーーーーーーーーッッッ!!!
民衆が怪我をしなければいいけれどと香子は思いながら、みなで籠の中身がなくなるまで次から次へと投げた。白虎が風を調整したりして、ぶつかっても痛くないぐらいの強さで月餅が民衆の上に落ちていく。民衆は争うようにして月餅に群がったが、衛兵たちが民衆の中にも配備されていたので大きな混乱は起こらなかった。
やがて籠の中身がなくなったので、香子は白虎に抱かれたまま楼台を辞した。この後は衛士たちが投げてくれるはずである。
(少しは喜んでもらえたかしら?)
自己満足だということを香子はわかっていた。だが四神の加護をどうにかしてこの国の民に届けたかったのだ。
『さあ、ではまた宴席を用意している。移動しようではないか』
皇帝の言葉を合図に移動をすることになった。白虎は先ほどと同じように、香子を抱いたまま階段の下まで飛ぶ。
『……白虎様、せめて一声かけてください。心臓が止まってしまうかと思いました』
『それは困るな』
抗議すると白虎が悪びれもせず笑った。これで民衆に対する挨拶は終わった。問題はこれからである。
(すっごく話したさそうな顔してたもんなぁ……)
王たちの表情を思い出して、香子は内心嘆息した。
ーーーーー
「貴方色に染まる」66話と連動しています。
(このへんて、元の世界だと天安門広場だよねー……)
天安門広場も広かったな、と香子は少しだけ現実逃避した。何をするわけでもないとわかっているが、緊張はするものだ。前門の楼台に上がるには長く急な階段を上っていくしかない。狭いので輿を使うこともできない階段を作る際、皇帝がここを上るとは考えなかったのだろうかと香子はつい思ってしまう。
(前も同じことを考えたかも……)
春の大祭の時は朱雀が香子を抱いて上がった。今回は白虎の腕の中である。そのまま素直に階段を上っていくのかと思われたが、
『……面倒だな』
白虎は呟いたかと思うと、香子を抱いたまま階段の終点を見上げると飛んだ。
『っっっっ!?』
ふわり、と香子は自分の身体が持ち上がったように思えた。ぎゅうっと、白虎の首に回した腕をきつく締める。トン、と音が鳴ったようだったが音は何もせず、香子は一瞬で階段の上に上がったことに気が付いた。
『わあ……』
衛士たちが目を丸くしている。皇帝は何事もなかったかのように上がってき、その後からすらりとした背の高い者と太った者が続いた。
『監兵神君がまさか飛ばれるとは思いもしませんでした』
『……このような狭い階段を自力で上るとはご苦労なことよ』
すらりとした背の高い者は透き通るような白い肌をしていた。オロス王だと名乗った。確かに華美な衣裳を着ていると香子も思った。もう一人の太った者は全体的に身体がでかかった。こちらは貴金属をじゃらじゃら身に着けている、シーザン王だと名乗った。
『生きているうちに監兵神君のご尊顔を拝することができるとは夢にも思っていませんでした』
オロス王が感極まったように言う。シーザン王も思いは同じようだった。
『挨拶は我にするものではなかろう。皇帝よ、まだ始まらぬのか』
『はい、もう間もなく……』
楼台に続く建物に入り、ただその時を待っている時間というのは不思議なものだと香子は思う。儀式としての体裁もなにもかも整えて行われる行事は荘厳である。香子は白虎の腕の中でふるりとした。楼台に出るのはかまわない。それは前回もしたことだ。だが今回は月餅も投げるのだ。民衆に争いや、怪我などをしてもらいたくはない。月餅はその大きさこそ小さいが、前門の前に集まる人々にいきわたるだけの量は確保していると聞かされた。ちょっと疑わしいがそれはもう信用するしかない。
そして。
ボワアアアーーン ボワアアアーーン ボワアアアーーーーン!!
銅鑼の音が何度も響く。その余韻がなくなり、音楽が奏でられ始めてから楼台に続く扉が開かれた。
香子を抱いたまま白虎が扉の表に出るか出ないかのうちに、
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
というどよめきが響いた。
民衆の歓喜の声に香子はびくっとする。その背を白虎の手が優しく撫でた。それで香子はどうにか落ち着くことができた。香子は顔を動かさないようにして視線だけを巡らせる。暗い中でよくわからなかったが、楼台の下が人でいっぱいだということはわかった。
衛士たちが一斉に声を張り上げ、
『監兵神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!』
と白虎と香子が楼台に上がったことを告げる。それに集まった群衆もまた唱和した。
皇帝と、オロス王、そしてシーザン王が並ぶ。衛士たちと群衆が、
『皇上、万歳万歳万々歳!!』
『西蔵王、千歳千歳千々歳! 俄罗斯王、千歳千歳千々歳!』
それらに対して挨拶をする。
一通り終えた後、皇帝が声を張り上げて秋の大祭に白虎が出席したことを褒めたたえるようなことを口にしていたが、言い回しが難しすぎて香子にはよくわからなかった。
春に四神の花嫁を王城に迎えたこと。秋の大祭に白虎を招くことができたこと。そしてそれに際してオロス王とシーザン王がはせ参じたこと。
『大唐の治世を讃え、四神とその花嫁に感謝を捧げよ!』
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
(すごい……)
香子はその雰囲気に飲まれそうになったが、白虎の顔を見て少し落ち着いた。これらはいわゆる演出なのだ。さすがに皇帝は見せ方というものがわかっている。しばらく笑顔で群衆に手を振った後、
『花嫁様、月餅でございます』
後ろからそっと声をかけられ、大きな籠が隣に持ってこられた。香子が皇帝を窺うと頷かれた。香子はにっこりしてそれらを掴むと、群衆に向かってポーンッと投げた。白虎や皇帝、そして王たちもそれに続く。
ウワァァアアアアアーーーーーーーーーーーーッッッ!!!
民衆が怪我をしなければいいけれどと香子は思いながら、みなで籠の中身がなくなるまで次から次へと投げた。白虎が風を調整したりして、ぶつかっても痛くないぐらいの強さで月餅が民衆の上に落ちていく。民衆は争うようにして月餅に群がったが、衛兵たちが民衆の中にも配備されていたので大きな混乱は起こらなかった。
やがて籠の中身がなくなったので、香子は白虎に抱かれたまま楼台を辞した。この後は衛士たちが投げてくれるはずである。
(少しは喜んでもらえたかしら?)
自己満足だということを香子はわかっていた。だが四神の加護をどうにかしてこの国の民に届けたかったのだ。
『さあ、ではまた宴席を用意している。移動しようではないか』
皇帝の言葉を合図に移動をすることになった。白虎は先ほどと同じように、香子を抱いたまま階段の下まで飛ぶ。
『……白虎様、せめて一声かけてください。心臓が止まってしまうかと思いました』
『それは困るな』
抗議すると白虎が悪びれもせず笑った。これで民衆に対する挨拶は終わった。問題はこれからである。
(すっごく話したさそうな顔してたもんなぁ……)
王たちの表情を思い出して、香子は内心嘆息した。
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「貴方色に染まる」66話と連動しています。
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